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オーダメイド承ります。

「オーダーメイド承ります」 そう書かれた看板を掲げ、路地奥でひっそりと店をする彼女と出会ったのは、もう一ヶ月も前の事である。その日、僕は雑踏の中、地べたに這いつくばるように、散らばった自分の荷物を拾い集めていた。通り過ぎては、あらたにやってきて。そして又、過ぎていく。忍ぶような声、殺したような周囲の笑い声は、多くある

が、手を貸そうとする者は一人もいない。

 何故、僕がこんな目に合わなければならないのだ。悪いことも、誰かに迷惑をかけた訳でもない。ただ、バス停の椅子に座って、バスを待っていただけだ。それなのに、背後から静かにやって来た、明らかに人の悪そうな顔し、地獄の針山のような髪をした、恐らく高校生くらいであろう三人組の男に、鞄を奪われた。そうして、それをバスケットボールの如く投げ合われ、中身をぶちまけられるという、全くもって意味の分からん親父狩りに遭遇したのである。挙句、財布を持って行かれそうになったので、そこでようやく己を取り戻し、僕は必死に抵抗した。が、これが連中の狙いだったのだろう。財布に気を取られ、二人と争っていた僕は、背後に忍び寄って来た特攻隊員に気が付かず、そしてヅラを毟り取られた。僕がそのことを、はっきりと認識したのは、この悪魔のような連中に、足元へヅラを投げ付けられてからである。

 頭の中が真っ白に、なんて言葉は、目の前の事態から逃げる為のボロ船だと考え、馬鹿にしていたが、今ならよく理解することができる。僕はしばらくの間、足元に投げ置かれたヅラを見つめ、呆然とした。

 そんな僕を見て、三人の子鬼共はゲラゲラと、腹を抱え飛び跳ねている。そうして、ある程度笑うと、何の反応も示さず、木のようになっている僕に飽きたのだろう。連中は、鋭いかがちのような目で、僕を見つめ、舌打ちをしながら、鬼ヶ島へ帰って行く。もし、僕がお伽噺に登場する桃太郎や英雄であったら、あの猫背に、跳び蹴り又は、袈裟斬りなんかを、お見舞いしてやったのであるが…。残念なことに、生まれてこの方、運動という運動は学校の授業でしか行ったことが無いため、絶対に無理な空想にしかならない。だから、無駄な妄想はやめることにし、散らばった荷物を拾うことにする。

 ここで、冒頭付近の見苦しく、無様な姿に戻るのであるが…。非常に恥ずかしい。荷物をばら撒かれたことや、ヅラを奪われ投げ合われたことよりも、この後、どうやってヅラを拾うか、拾ってからどうするのか、そちらの方が辛いものである。僕はこれから、この砂まみれになった、残り少ない資料を集め、その選択を下さなければならない。拾って頭に乗せるべきか、乗せずに鞄に仕舞うべきか、それとも何気ない顔をして、手に持ったまま歩こうか。否、一層のこと知らぬ顔をして、拾わずに立ち去ってやろうか…。考えれば、考える程、羞恥は増す。穴があったら入りたい。できれば蓋もして欲しい。そんなことを考え、最後の資料に手を伸ばした時、僕の眼前に、すっと、それが差し出された。

 それは、見間違うことなき、僕の安価なヅラである。色白の形の良い手に乗せられているそれを見た僕は、突然のことに呆気に取られながらも、顔を上げた。そこには女が立っていた。やんわりと巻かれた髪に、浅葱色のワンピース、肩には白いカーディガンをかけ、まるで天女の羽衣のようである。

 「大丈夫ですか」と、その天女の柔らかそうな唇が、小さく動く。子猫が鳴いたような声であった。彼女は、栗色のふわふわとするセミロングの髪を、ヅラを乗せていない片方の手で、撫で付けながら、僕と同じ目の高さにまで、腰を屈めた。そうして、小首を傾げながら微笑んだ。

 「これは、貴方のお帽子ですよね」

 「えっ、あ、はい。僕のお帽子です」

 …。何を言っているのだ、僕は。これはどう見ても、どう考えても帽子ではない。否、ある種、帽子でもあるが、そう呼ぶ人は世界中の何処を探してもいないし、万が一いたとしても、そんな奴は、お伽噺か童話の住人だけである。もしかして、彼女はそこから抜け出してきた、天女なのだろうか。きっと、そうに違いない。だとしたなら、僕は今すぐに、彼女の肩の、白いカーディガンを奪って、燃やしてしまわなければ。亀の背中に乗せられたような気分の僕の手を、天女はそっと握った。

 「あの、大丈夫ですか」 

僕をじっと見つめる目の上の、少し八の字気味の眉毛が、可愛らしい。ところで、大丈夫でないと言えば、彼女はどうしてくれるのだろう。邪な考えが、僕の頭中で旋回する。

 「もし、お時間がおありでしたら、私のお店で休まれますか。安物のお茶と、お菓子しかありませんけれど。そのシャツにボタンくらいなら、付けられますよ」

 「あっ…、うわっ」 

僕は、彼女に言われてから、ようやく自分のワイシャツのボタンが二つ程、無くなっていることに気が付いた。さっき争った時に失くしたのだ。一体、今の僕はどんな姿になっているのだろう。全く想像はつかないが、一つだけ分かることは、非常に惨めな格好だということだ。それにも関わらず、どうして彼女と向き合い、話なんかをしてしまったのだろう。ハンサム男子として、プライドも面目も丸潰れである。それを意識した僕は、自身のワイシャツボタンホールから生える、白い糸を見つめたまま、顔を上げられなくなった。そもそも、ヅラを取られている時点で、ハンサム男子としてあるまじき姿なのだが、それはさておき、流石にいつまでも、この状態でいることもできず、僕は戦場に向う侍の如く意を決し、顔を上げる。

 「天女、いなくなってるんですけど」 

顔を上げた先には、誰もいなかった。もしかして彼女は、天へ帰ってしまったのだろうか。虚しさという水が、胸から溢れそうになった時、子猫のような鳴き声が、遠い所からかすかに耳に入ってきた。あれ、と思いながら辺りを見渡すと、少し先にある路地裏へと続く道に天女が立っているではないか。彼女は、僕が顔を上げ、自分に気が付いたことを知ると、お上品に肩の位置から手を振った。それから、手招きをしてくる。それを見た僕は、催眠術にかけられた者のように、もっとお洒落に言えばマリオネットのように、彼女に引き寄せられた。この後、僕は彼女の店に導かれ、そうして言葉通りお茶とお菓子を美味しく頂きながら、シャツにボタンを付けてもらった。天女がボタンを縫い付けていくその様は、手慣れたものを感じさせる。

僕は、それを美しいと思いながらも又、恨めしく思った。彼女が不器用であれば、もう少しこの店にいて、彼女と話ができるのに。出来上がったシャツと引き換えに、そこに留まる理由を失くした僕は、あまり、長居をしてはいけないと思い、名残惜しくも帰ろうとした。だが、何かを言わなければ、彼女にもう二度と、会うことができないと感じ、必死に言葉を探すが見つからない。ドア付近で、もじもじとしている僕を見て、彼女は微笑み言った。

 「又、いらして下さい。もし、オーダーメイドのお帽子に興味があって、私と話すのが、お嫌でなければ、ですけれど」

 

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