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最終話

 あれから、5年が過ぎた。
 サーデライト魔術学院はチョコの取引、文房具、活版印刷で大いに発展を遂げていた。
 オーギュストが主導して行った医師への無料の文と医学の講義は、生徒達の手を借りて広範囲に広がり、やがて国全体の魔術師がそれぞれの専門家、または子供達に週一日の青空授業をするようになっていた。
 文字が広まれば本も広まる。幸い、本は安くなっていた。
 また、学院は魔力を持たない者の編入を模索し始めていた。
 学院の技術は国に流され、その国は魔術の国としてだけでなく、知識の国として名を上げ始めていた。ただ、獣人を国を挙げて買い取るという奇妙な行動。静かに流行りはじめた悪い魔物の腹を切って中から子供達を助け出すという歌。奇妙で便利な見た事も無い植物。
 それらが、何者かの存在を示していた。
 当然、他国の者は調査した。得体の知れない魔術師の存在を。
 決して近づけない獣人で包囲された丘の上の一軒家を。
 そして見つけた。魔術師の弱み………。
 ディーンを。

「ラキ、今日の授業は大変だったな」
「うん、制御が難しかった」

 二人、夜道を歩くディーンとラキ。急に、ディーンが止まった。

「そこの人達、俺に何か用か?」
「おとなしくしろ」

 端的に用件を言った男に、ディーンは一歩前に出て言った。

「ラキ、目的は多分俺だ、逃げろ。風太の時もあったんだ」
「そんな!」
「大丈夫、武器は持ってる。誰か呼んで来てくれ。できれば先生」

 ディーンは、もしもの時にと渡されたスタンガンを取り出した。
 ラキは男達とは反対方向、学院のほうに走り出す。
 風太もディーンも、マッドサイエンティストとしてあちこちで業績を上げ、恐れられ、敵視されているハヤトの弟子である為、誘拐の危険は常にあると考えねばならない。実際、風太は一度誘拐されていた。風太が誘拐された時のハヤトの

「俺、風太ほど戦いは上手くないんだけどな……」

 残念ながら、男達はプロだった。



「ハヤト殿!申し訳ない!!ディーンが浚われた!」






 丘の上の一軒家に駆け込んできたザイルが言う。

「ほぅ…?相手は調べてあるのだろうな」

 ハヤトは、すっと冷たい目をして言った。

「わからん!チョコレートの製法や数々の知識をもたらした異国の魔術師の身柄を寄越せと」
「そうかね」

 聞いたタケルは、青い顔をしてハヤトの方を見ていた。
ハヤトの家にいた獣人も、脅えるようにハヤトを見守る。

「この件についてはわしに任せておけ。関わるんじゃないぞ」
「しかし…!」
「黙れ」

 ハヤトは扉を閉め、ザイルは締め出された。

「ハヤト!落ち着いてくださいハヤト!」

 タケルはハヤトを止めようとする。
ハヤトは表情一つ変えずタケルの足を小型の銃で撃った。

「ぐっあっ……!!ハヤト……!」
「ロビー。治療を。そこでおとなしくしとれ」

 獣人達は恐慌に陥る。脅えながら、息を潜めてしゃがみこんだ。
銃が取り出されたら、とりあえずしゃがめと教えられている。
獣人の女性のアリアが、心配そうにハヤトを見つめる。
彼女は、しゃがまなかった。
ハヤトは別のロビーを呼んだ。

「ディーンの位置を解析しろ。早く」
「ディーンの体内に埋め込まれた発信機の位置は、ここから西へ340キロ、東へ250キロを示しています」
「夜を待つか」

 ハヤトはカチャカチャと武器の組み立てを始めた。



夜となり、ハヤトはロビーと共に薄暗い色に塗った小型の飛空挺に乗る。
二時間ほどで、場所に着いた。
離れた場所にロビーを下ろし、ハヤトも外に出る。
小型カメラの付いた小型ロビーに、窓から様子を見に行かせる。
床に転がされ、殴られ蹴られてぼろぼろのディーンを確認後、ハヤトは次々と銃を撃った。何事かと飛び起きた者達が、次々と撃たれていく。ディーンは目を見開いてその光景を見た。
ハヤトが怒り狂っている。
こういう時、ディーンにすら黙っている以外に方法が無い。
でなくば、ディーン自身すら撃たれるだろう。
正確に状況を理解したディーンは、必死に泣き声を抑えながら泣いていた。
ハヤトはスタスタと部屋に入り、泣いているディーンを見て言った。

「ロビー。治療を」

小型カメラを通して、急所は外してあった。ハヤトはまだディーンに嫌われたくは無い。
それを見てディーンはほっとした。良かった。ハヤトはまだ完全には狂ってはいないのか。
猿轡をハヤトに外され、ディーンは言う。

「師匠、ごめん、俺……」
『気にするな。なぁディーン、一つ宣言したいのだが』
『なんだ?師匠』
『お前が夢を見てきたように、わしも幼い頃から夢を見てきた。世界が、欲しい。わしの世界で言えば狂人だ。しかし、この世界なら』『何を言っているかわからない、師匠』
『そうだな、まずはこの国だ。この5年で魔術の形態は調べた』
「師匠!」

 ディーンは泣きながらハヤトの胸に取りすがった。
 ハヤトはまだ壊れている。風太が誘拐された時に現れた獣が、まだハヤトの心に巣くっている。
 ディーンのせいでこうなってしまった。
 ディーンはひたすら泣いた。

「行くぞ、ディーン」

 呼ばれて、ディーンは頷いた。
 


「ディーンを傷つけた代償に国をよこせですって?」

 あまりといえばあまりな要求に、セラフィードは頭を抱えた。
 前からハヤトは狂人だと思っていた。ただの狂人ではない。力を持った、狂人だ。

「わしの大切なディーンの護衛を怠ったのだから当然だろう」

 ディーンはハラハラとハヤトとセラフィードを交互に見ている。

「国を手に入れてどうするのです」
「この世界の全ての興味深い生き物を手に入れる。そして、世界を発展させて理想の科学社会を作るのだ。わしの国は発展の際、数々の間違いを起こしてきていた。環境問題がそれだ。しかし、それは仕方の無い事だ。一から発展を摸索していったのだからな。失敗もして当然の事だ。しかし今、わしは答えを知っている。この世界を、わしの理想通りに発展させるのだ」

 狂人らしい言葉に、セラフィードはむしろ安堵の溜息を吐いた。

「国は差し上げられませんが、ハヤトの目的には全面的に協力していると思いますが。今でも足りないと言うなら、妖魔でも、亜人でも、植物でも、あらゆるものを差し上げましょう。ハヤトの発明品を使いましょう。他の国にもハヤトに従うように圧力を掛けてもいいでしょう。ただし、条件があります」

 言われて、ハヤトはぐっとつまり、松葉杖をついていたタケルははっとした。

「そうですよ、目的が果たせるなら手段なんて関係ないじゃないですか」

 タケルはそう言って、ハヤトを説得する。

「むぅ…。しかし、条件とは何だ」
「魔王を倒す事です。5年前から続く調査の結果、あまりにも獣人が生まれすぎ、魔物が多すぎる事が判明しました。魔王が生まれたのです。魔王さえ倒していただければ、全ての国が納得するでしょう」

 その言葉に、ハヤトはむしろ瞳を輝かせる。

「魔王がいるのか」

 タケルは、ハヤトに撃たれたタケルは、それでもハヤトを心配して言う。

「魔王なんて、大丈夫なのでしょうか」
「いざとなれば人工衛星からレーザー砲で問題あるまい」

 その言葉に、タケルは納得する。
 ハヤトは魔王のいる予測地点を聞くと、ロビー達を引き連れて移動を開始した。
 治癒術を掛けてもらいタケルが完治するのを待ってから、ディーンと風太も同行する。
 獣人達はハヤトを恐れていたので、留守番をする事になった。
 ロビー達が、魔物をなぎ倒していく。
 あと少しで魔王城に入れるという時、それは現れた。
 フェイクキッズの、男だった。金の髪の短髪に、風太と似た顔立ちの男だった。

「勇者でもない人間風情がここまで来るとは…しかも、それだけ強力なフェイクキッズを引き連れて。しかし、それはもうここまでです。貴方は一番大切なものを私に差し出すことになる」

 男の目が妖しく光る。魔力に耐性のないハヤトに、逆らう術などない…はずだった。
 ハヤトは苦しんだのち、搾り出すように言ってタケルを示した。

「大切なのはタケルだ。タケルが最も愛しい人間だ」

 その言葉に、ディーンと風太とタケルは目が点になった。

「ええ!?それだけはあり…そうだったんですか、ハヤト!」

 自分と風太が一番大切ではないというのもあるが、ハヤトはタケルを撃ったではないか。
 ディーンは疑問に思うが、タケルは慌てて話をあわせる。
ハヤトの言葉に、フェイクキッズの男はタケルを捕らえ、人質に取った。

「タケルに触るな。タケルが一番大切なのだ」
「ならば、ここは引いてもらいましょう」

 フェイクキッズはにやりと笑う。
 ハヤトは、悔しげにロビーを引き連れて戻った。



「ハヤト師匠、どうするんだよ!タケル師匠が…」
「ああ、それは問題ない。問題はフェイクキッズの思考操作にどうやって抗いきるかだ」
「ハヤト師匠、抗ってたよね?」

 風太の言葉に、ハヤトは言った。

「可愛い風太とディーンの為なら、自分を騙すこと等造作もない。初めからこうすれば良かったのだ。風太とディーンなどどうでもいいと、タケルこそ一番大切だと言えば良かった。そうすれば風太とディーンが誘拐されずにすんだのに。すまんな」

 ハヤトは、風太とディーンを抱きしめる。
 改めて風太とディーンは、自分達がハヤトを繋ぎとめる楔であることを知る。
 二人は、何より愛しい狂人を、それでも、父であり師匠である人を、きつく抱きしめた。

「ザイル先生に頼めば、思考操作は何とかなると思う」
「僕も、次はあの術を使う前になんとかしてみます」

 そうだ、あの時魔力で勝る風太が動くべきだったのだ。なのに、驚きのあまり動揺してしまった。それに……多分、あれは父だと思うのだ。ハヤト達には決して言えないが。フェイクキッズは、魔物と同じで殺していい存在なのか。魔物とは、殺していい存在なのか。風太は迷い、こぶしを握り締めた。
そうして風太はディーンと移動呪文を使い、対魔術の魔力を持たない人間でも使える装備を持ってきた。
その装備をディーンはハヤトに渡す。
ロビーと集まると、ハヤトは発信機を確認し、笑っていった。

「では、いくぞ。タケルの元へ」

 次の瞬間、ハヤトはタケルの所にいた。
 タケルは、小さい子供をあやしていた。

「なんだ、おまえは?」

 圧迫感のある、恐ろしい、しかしそれは小さな子供だった。
 角の生えた小さな子供。
 子供の前に、フェイクキッズが立ちはだかる。
 ハヤトは、ロビーを操作してレーザー砲を使う。
 魔王の横の壁に大穴が開いた。

「新たな世界の支配者だ」

 端的に言った言葉に、魔王とフェイクキッズは顔を青ざめさせた。

「ハヤト……魔王っていっても子供だろ?」

 心配そうに言うディーンの頭の上に、ハヤトはぽんと手を置いた。

「貴様さえ倒せば!」

 その隙に、フェイクキッズがハヤトに襲い掛かり、庇ったディーンをハヤトは突き飛ばした。






「結婚してくれ、ラキ」
「ディーン……嬉しい」

 あの日から、5年が立っていた。
 丘の上はもはや一軒家ではなく、異形の者の町と化していた。
 ここだけ機械化されていて、
 魔物の森にも徐々に手が入り始めている。
 ディーンは、ラキの指に指輪を嵌める。ハヤトの国の風習だった。
 その後にラキを抱きしめる。二人はキスをして、そっと寄り添った。
 ハヤトに魔王は殺せなかった。だから、世界征服の話は無しだ。
 何せ、魔王がいる限り魔物は生まれ、獣人が出続けるのだから。
 ディーンもラキも、いつ獣人になるかわからない。恐れは無かった。
 人を食べなくても、生きられる薬はもうとっくに出来ている。
 獣人に対する偏見も、消えつつあった。
二人が丘の上に戻ると、小さな町で歓声が上がる。

「ディーン!ラキさんのその指輪は…おめでとうございます!」

 タケルが、獣人の子供をでれでれとした顔であやしていたが、ディーン達を見つけて駆け寄った。

「ありがとう、タケル師匠」
「これは、ぜひともハヤトに報告しなくては。さあ二人とも、行きましょう」

 二人は頷いて、丘の上の一軒家へと向かった。

「うわーーーーーーーん」
「よーしよし、大丈夫だよ」

 魔王が泣き、風太がそれを抱きしめてあやしている。
 さりげなく魔力をコントロールして、鎮めた。
 辺りには、テジナの品が転がっている。

「やれやれ、力を抑える研究って難しいね。色々試してみたけど、やっぱり上手くいかないや」

 風太は、肩をすくめて愚痴を言う。

「風太、俺、ラキと結婚するんだ」

 それを聞いた風太は、ぱっと顔を輝かせた。

「それはおめでとう。ハヤトにも是非報告しないと」

 風太は、家の裏手へと駆け込んだ。

「ハヤト、ディーンがラキと結婚するって!」
「それはめでたいな!…などと言うとでも思ったか。このモルモットが。全く嬉しくないぞ。それとタケル、愛しとるからなー」

 光草を摘んでいたハヤトは、歓声を上げた。続けて言われる、棒読みの台詞。
 あの時、とっさにタケルがフェイクキッズを取り押さえたが、ハヤトは重傷を負っていた。その時のハヤトの言葉が、風太の父を殺すなだった。
 ハヤトを「止める」機会は、あの時だけだったろう。
 それでも、タケルも、ディーンも、風太も、必死でハヤトを救った。
 狂えるハヤトの心の空洞を、きっと癒せると信じて。
 ハヤトの言葉に心配したドロスが、テレパシーを送ってくれる。
ハヤトの、深い喜びの心。そんな自分に、少しの恐れ。大切なものは傷つけられる。この恐れは、未だにハヤトの心から消えず、事実、ハヤトは常に狙われていた。そして、それをごまかす方法をハヤトは見つけた。タケルを愛すると公然と言う事で、狙いがタケルにそれるようにとの祈り。タケルならばあらゆる難事を切り抜けるという信頼。

「もう、ハヤトったら。愛してるのは私でしょう?大丈夫よ、誰も私を傷つけることは出来ない。私は獣人だもの」

 アリアが、ハヤトを抱きしめて言う。この10年で、アリアとハヤトの距離は少しずつ近づいていったのだ。ハヤトが摘んでいたのは、アリアに渡す光草だった。ハヤトはいらない草の処分を言いつけるのだと言い張っていたが。

「僕だって、結局大丈夫だったじゃない。強いよ、僕達は。だからハヤト、安心して?」

 毎日のように言われる言葉は、少しずつ狂人を引き戻していく。
 いまや、守るものと守られるものは反転しつつあった。
 しかし、それにハヤトは気づかない。気づきたくない。

「なぁ、師匠。結婚式には、来てくれよな」

 ディーンが笑う。全てを包み込むような笑みで。
 ハヤトは、黙って頷いた。
 ディーンは今、ラキと共に世界中を旅して魔物を退治している。
 ディーンが使うのは変わった武器の数々、そして人を楽しませる魔術。
 それは確かに魔術も使っているけれど、それは既存の魔術とは大いに異なり、道具の仕組みと、ごく僅かな魔力に頼るものばかりで。
 結果、ディーンはこう呼ばれている。
異国の魔術師と。

しおり