バナー画像 お気に入り登録 応援する

文字の大きさ

始動

 オーギュストは帰るとまず、手術の成功をしたという手紙をセラフィードに出した。
ディーンはザイルとラキに師匠が無事である事と風太の成人を伝える。それを我が事のように喜んでくれるザイルとラキだった。

「でさ、タケル師匠が戦い方の講義に出るから来年までに魔物の情報と出現地区が欲しいって」
「出現地区?」

 ザイルが問うと、ディーンが詳しく説明する。

「何処にどういう魔物が現れやすくて、どういう対応を取ればいいかマニュアルを作るって。師匠、大きい休暇を取ろうと思ったら一年に一度しか取れないから」
「マニュアル」
「魔物ごと、地区毎にどうすればいいか書いた本。どんな攻撃が効くとか、どうすれば逃げられるとか。魔物学の教授いただろ。頼んでもらえないかな」

 ザイルは頷いた。なるほど、魔物学なら現在もある。それを詳しく纏めて広めるのか。ザイルはディーンの言いたい事を見抜くと、頷いた。

「ディーン、ここにいたのか。講義の助手をしてくれないか。これから一週間後に、治癒学の全学生を集めて、会議を行う。資料を準備するのを手伝ってくれ」

 それに、ディーンはザイルの顔を見る。ディーンはザイルの研究室の所属だから、どうしてもザイルの許可が必要になるのだ。ザイルは、頷いた。

「よし、では来てくれ。私が作った資料をまず読んで欲しい。それから、わからない所があったら教えてくれ。其れを聞いて手直しして、全て書き写す。200枚近く書き写すから大変だぞ。学生総出でやってもらう」

 ディーンはオーギュストの言葉を聞き、顔を顰めた。資料が大量なのは知っている。大量の文章を書き写すのは遠慮したい。

「……なあ、そのまんま書き写すだけなら子供達にやらせちゃ駄目か?文字がかけない子供でも、そのまんま書き写させる事は出来るだろ。器用な子供達を何人か知ってるぜ。それか、転移呪文で師匠の所に戻って…危ね。とにかく、形を真似するだけなら子供達にも出来るだろ」

 本当はコピー機と言いたかったディーンだが、我慢する。

「ふむ。そんな不確かなものに重要な書類は任せたくないのだが、量がな…。よし、考えてみよう。いいテジナがあるようだから、使えるようならハヤト師匠に頼んでくれないか」

 オーギュストは了解した。ディーンは自分の失言に口を押さえ、こくこくと頷く。
 その晩、早速ハヤト師匠の所に電話するのだった。

「ハヤト師匠、いい方法無いか?」
「活版印刷の技術なら広めていいんじゃないか?今から説明する。そちらの技術の範囲で道具も作って送ろう。それからだと間に合わないから資料を送れ。後、手紙を出せよ。疑われないように」
「わかった」

 ディーンは頷く。さすが自分の師匠だ。ディーンは早速今電話したままの手紙を書いて、資料をオーギュストにもらい、共に送ろうとする。ディーンが手紙を学園の郵便配達に頼もうとすると、オーギュストが転送呪文を申し出たので頼むことにする。
転送呪文でディーンも同行すると、ロビーが出てきた。

「ディーン、ご用件をどうぞ」
「師匠に頼みたい事があるんだよ」

 ディーンとオーギュストに気付いて、風太が出てくる。

「あ、風太。これのインサツを頼みたいんだけど…テジナって駄目かな」
「ディーン。どうかな…。せっかくだからハヤトに会っていく?」

 風太はハヤトの所へと案内する。寝室の、ベッドの上に備え付けの台があり、そこでハヤトは作業をしていた。

「ディーン!よく帰った!今日はどうしたんだ?わしの顔が見たくなったか?」

 ハヤトは嬉しそうに答える。もうでれでれだ。

「師匠、これのインサツって出来るかな。テジナで。200枚あればいいらしいから」

 資料を渡しながらディーンが言う。

「渡せる技術ですむな。面倒だが、ロビーに頼めば一週間で終わるだろう。わかった、任せて置け。一週間後に取りに来い」
「ありがとう、師匠」
「今度肩でも揉んでくれればそれでわしは十分だよ」
「うん、師匠が良くなった頃にまた来る」

 ディーンは笑顔で言った。

「ハヤト先生、助かります。ですが、もう少し早く出来ませんか。手直しが終わっていないので。誰にでも理解できるよう、学生の力を借りて推敲するつもりなのです」

 オーギュストが礼を言う。オーギュストは今はもう完全にハヤトに敬意を払っていた。普通、魔術師は魔術師以外の者で身分も無い者を完全に上において先生と呼ぶことは無い。これは異例の事だった。もっとも、それが魔術師以外には敬意を払わないという事ではないのだが。

「3日でしてもいいが、条件がある」
「それは?」
「魔術を使わない講義は、一般の医師達にも開放しろ。資料は1000枚作るから、近辺の医師に送れ。それと、読み書きの出来ない医師がいたら教えてやれ」
「1000枚!わかりました、ハヤト先生。ハヤト先生の志、身にしみました」

 オーギュストは感動した。全て無料でというわけにはいかないだろうが、各町に資料を送付して読み書きを含んだ有料講義の案内を送る事は出来るだろう。オーギュストの休日を使う事になるだろうが、それは構わない。知識を埋もれさせず、広める事。それこそオーギュストの願いなのだから。
オーギュストは身を翻して、急いで転移呪文を使った。ディーンが置いていかれないよう、走らなくてはならないほどに。



有志の治癒学の学生と先生、オーギュストとディーン、手伝いに来たラキの戦いが始まった。大量の資料を、直さなくてはならない。またハヤト師匠に頼まれた大量の材料の手配が大変だった。特に門外漢のラキにわかるように、オーギュストたちは説明していく。何しろ、この資料は外の医師にも配るのだ。
三日、徹夜が続いた。体力が余っていないので、転移呪文はザイルに行ってもらう事にする。その間、ディーンとラキは授業を欠席である。
 徹夜をしていた面々は、材料と資料だけザイルに渡し、倒れこんだまま会話していた。

「俺、そろそろ勉強ついていける自信ねぇ。ラキは?」
「ラキもまずいかも」

 ディーンとラキ、二人は今まさに進学できるかどうかの悩みにさらされていた。

「何、ディーンは治癒学に来れば面倒を見てやるぞ」

 オーギュストは言う。学生の治療で力を発揮したディーンを、オーギュストは良く覚えている。

「治癒学はすごく興味あるけど、師匠が治ったから…。そっか、俺、攻撃呪文習うべきなのか」

 術具学と治癒学に力を入れてきたし、興味もあるが、ハヤトが技術は流さないといっている以上、重要なのは攻撃呪文といえた。いや、それを選ぶという事はハヤトの道と完全に分かれるという事だ。ディーンは頭を抱えた。

「攻撃呪文には向かんと思うがな。あれは魔力の強さが大事だ。ディーンは魔力がさほど無いだろう。もちろん、最低限の攻撃呪文は魔物退治に必要だから習うが……。いっその事、召喚術を覚えて風太を召喚したらどうだ?それなら他のものには召喚できない。それと、風太は後学の為にまた学院に来て欲しいんだが。そこでディーン以外に召喚できないよう、術を施そう」
「風太は兄弟子だし、もう決めてんだよ。師匠のあとを継ぐって。邪魔は出来ないよ。でも召喚術ができないようにするのはありがてぇな。サンキュ」

オーギュストとディーンの会話に、ラキは泣きそうになった。

「ラキはどうしよう」
「ラキは術具を学ぶんじゃないのか?」

  問われた言葉に、ラキはきょとんとする。

「そっか、術具の研究に専念すればいいのか…。ラキ、術具好きだし」
「ラキは魔力が高いから攻撃呪文に向いてるんだがな。うまくいかんな」

 学生達の悩みは尽きないようである。
 
 三日後、何組もの活版印刷の道具がサーデライト魔術学院に運び込まれる。
ザイルは目を輝かせて学生を呼び、数々の本を量産している。
その間、オーギュストが治癒学の学生をかき集めて講義をしていた。
主だった医者への資料の送付は既にすませてある。
また、それらの技術が売られる事により、本の価格の下落という問題と医療技術の発展という問題が起こったのだった。
これは、さらにサーデライト魔術学院の名声を高めると共に、医師に限った学院への受け入れの問題の定義を起こした。
その一方、本を書き写す仕事をしていた者達の顰蹙を買う事になる。
また、ザイルは多くの輸血パックを持ってきていて、学院による獣人狩りが始まったのだった。

しおり