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心の形

 ハヤトは世界一の科学者である。
 それは誇りでも驕りでもない、単なる事実だ。
 ハヤトはいうなれば突然変異であり、体の作りが人とは僅かに違っている。
 一番それが顕著なのが、脳と性別に関することだった。
 脳は人より僅かに肥大、またその構造にも偏りがある。
 生殖能力はゼロといってよく、男性ホルモン、女性ホルモンの分泌にも異常があった。
 その結果、ハヤトは心の構造自体が根本的に違ってしまっていた。
 幼児の時、ハヤトの心は既に科学者だった。
 見つめ、聞き、触り、嗅ぎ、舐めてみる。
 それは小さなハヤトにとって、立派な研究だった。
 一通り調べてみたものから、興味を失っていった。
 大きくなって、他の研究方法を発見するまで、それは認識の外だった。
 生物は研究に時間が掛かる。だが、それだけに過ぎなかった。
 そして、ハヤトは研究以外の事には興味を示さなかった。
 知るという行動以外の思考をするのに、ハヤトの脳は適していなかった。
 その代わり、あるいは機械をその構造ごと正確に思い浮かべ、
 あるいは設計図をバージョン事に正確に記憶でき、
 あるいは頭の中で、紙に書くがごとく正確に新しい設計図を書く事が出来た。
 それしか出来ないゆえに、それしかしないゆえに、それに特化しているゆえに、ハヤトは世界一の科学者である。
 風太を拾ってからは、そのテンプテーションの力により他者を認識する回路が育ち、微妙に研究以外の事にも興味を持ち始めるようにもなったが、それでも他者の追随を許す事は無かった。
 もちろん、ハヤトとて専門分野でないものは専門家に勝てはしない。
 それでも、ハヤトは一度も敗北感を感じた事は無かった。
 どんな研究だろうと、時間と情熱をかければ、方法は違っても必ず達成できるはずだと
確信していたからだ。
 ゆえに、これが初めての敗北であるorz






 エルフの作ったというゴーレムが、情けなくへたり込んで泣いている。

「ふぇぇぇーん、マスタァ、私の負けですかぁー?」

 長く、途中で折れた耳。
 瞳孔だけで出来ているような真っ赤な瞳。
 一目で人工的とわかる肌。
 人型に極端に似せてあり、しかし作り物と一目でわかり、なおかつ可愛らしい。
この時点で、既に完敗だ。
 しかも、ロビーに勝つ為に、幅の広い剣を並べて盾にしてみたり、罠を仕掛けてみたり、
ロビーの継ぎ目に砂をかけるなど、自発的に行動した。
 実はハヤトも、人型ロボットを研究した事がある。
 風太を拾って以来、研究対象として以上の興味を示し始めたハヤトは、自分の後継者たるロボットを作ってみようと思い立ったのだ。
 なのでハヤトは、早速最新の人型ロボットのデータを取り寄せてみた。
 ハヤトが今まで作っていたロボットと大分勝手が違うので機体については難航したが、AIについては、元から研究していたので問題は無かった。

 結果から言えば、ハヤトは諦めた。
 まず外面。人に似せるのは難しい。完全に人そっくりに作るには、時間が10年単位で掛かる。
 そして、半端に人に見せたロボットは気味が悪かった。今のハヤトは外見を気に掛ける。
 天才であるがゆえに完璧主義であるハヤトは、気味が悪いと感じるようなものを作り続ける事を好まなかった。成功作だけ作る事は、いかにハヤトでも不可能だ。
 不可能だが、だからといって失敗作と感じるものを作り続ける事はプライドが許さない。
 なにより、人の姿より、用途に特化した今のロビーの姿の方が使いやすい。
 そして内面。使う分には今のままでも問題ない。ただし、応用を極端に苦手とし、自発的に何を研究するか考え、実行する事は絶対に出来ない。
 人の脳を模倣してしまえば、心は与えられる。
 しかし、そうして作った心は人と同じように自由を求めるだろう。
 それを押さえつければ、ストレスで壊れてしまう。
 人より能力が高く、従うべき人間、従うべき命令を判断でき、時には自分だけで行動する。ハヤトにそんな都合がいい性格を作る自信は無かったし、他の誰にも出来ないと思った。
 しかし、成功作が目の前にいる。出力はまだ低いが、最大の問題は克服している。
 魔術で作られたという事はなんの言いわけにもならない。
 魔術は杖を振れば何でもできるという訳ではない。
 風太の刀のように魂を宿らせたというわけでもない。完全にその技術力によって……魂?

「ロザンヌ。意思を持つ道具はどうやって作ればいいのかね?」
「ふふ…ロビーくんの思考はまだ心があるとは言い難いものね。
でも、ローズの思考回路を作るのは貴方には難しいと思うわよ?
貴方の力は認めているけれど、魔力を感じ取れない貴方に仕組みを
説明する自信はないわ」

ハヤトは首を振った。

「体に関しては今ので大分参考になった。後はロビーの機能を使いこなす心があればいい。
今気づいたのだが、風太の刀くらいの思考ならちょうどいい。あれは、自分で主を選び服従するが、自分でも行動できるし下手に考えすぎないしな」
「ううん……難しいわね?物に命を与えるのは簡単よ?時間と愛と道具さえあれば、誰にだって出来るわ。でもロビーくんの力を使いこなさせるのはね。実は、私もその方法、やってみた事があるのよ。
 ローズは与えた以上の力を出せる代わりに、どうしても思考の制御に魔力を取られてしまうから……。でも駄目。命を与える側が理解していない機能は、使いこなさせる事はできない。命を与える側が考える限界は、超えさせる事はできない。
 機能だけじゃない。性格だって、こちらの性格や想いをそのまま反映してしまうのよ?
ロビーくんがどういうものか心の底から理解して、限界なんて存在しないって信じて、ひたすら愛してくれる存在が必要よ」
「ふむ……」

 ハヤトは、しばし黙考した。




 ディーンに小型ロビーを渡して、一ヶ月がたった。


「師匠、俺、すげー頑張ったぜ!戦闘テストはちょっと全部落ちたけど、どんなコンピューターウィルスも取り出して見せるんだぜ!」

 誇るディーンの足元で、小さなロボットがキャタピラを動かしてハヤトの元に向かう。

「師匠ーvv」

 小さなロボットの出す声は幼く、愛らしい。
 一回転んで、泣くのを堪えてついにハヤトの元へ辿り着き、人懐っこく足に抱きつくロボットに相好を崩しながら、ハヤトは言った。

「風太と違って、ディーンは科学者になれるかもな。では、見せてもらおうか」
「「おう!」」

 わざとコンピューターウィルスに感染させたパソコンに小さなロボットを接続……しない。

「なあ、ウィルス!こっちに移動してくれないか?そのパソコン、使いたいんだ」

 空のCDを入れ、お願い!と可愛くおねだりのポーズを取るロボット。
 すると、唐突にCDが排出された。

「凄いだろ、俺のロビーのウィルスチェック!」

 誇らしげなディーンだが、その方法ならロビーでなくてそこらの人形とかでも可能である。逆に凄くはあるのだが。

「………役には立つが、ディーン、お前もか……」



風太に小型ロビーを渡して、一時間がたった。

「師匠、ごめんなさい…。僕頑張ったけど、頑張ったけど…!」

 風太が泣く。ふよふよと浮く小さな部品達。
 心なしか、楽しそうに追いかけっこしているように見える。

「気にするな、予想できていた事だ。本格的に機械いじりしなければ発動しないしな」

 ロビーが妙に突き放した口調で話す時、必ず風太が近くにいるが、気にしてはいけない事だ。捕まった部品が粉砕されたが、やはり気にしてはいけない事だ。
 性格を反映すると言うのは、あくまでも仮説に過ぎないのである。



 自分で試してみた。

「ディーン、風太。頼んだぞ」
「師匠、ロビーって凄くかっこいいんだ」
「ぼく、ロビーの事好きだなぁ。強いし、賢いし」

 濃厚な魔力を漂わせた部屋。
 ハヤトは二人の声を聞き、ロビーに対する愛情が不自然なまでに高まるのを感じる。
 その想いに身を任せて、じっと小さなロビーを見つめた。

「駄目だ、師匠……。全然魔力が纏まろうとしない」
「ハヤト師匠が魔力を使えないのもありますけど、根本的に向いてないです」
「それに、師匠は魔力と相性が良くないと思う。長期間の実験は反対だ」

 確かに、ハヤトは疲れを感じていた。それに、この手法はハヤト本人がやるには
 あまりに手間と時間が掛かりすぎる。

「そうか。仕方あるまい」

 あっさりと答えて、ハヤトは次の被験者を呼ぶべく部屋を出て行った。
 ディーンと風太が静かにロビーの前に移動する。

「ハヤト。一応、他のロビーに変えておくね?」
「そうだな、でないと正確な実験にならないし」

 振り返ったハヤトだが、ロビーは二人の後ろに隠れて見えなかった。
 そのまま扉を閉める。パタン、と小さな振動が起こる。
 風太とディーンが恐る恐る振り返ると、ドアを閉めた振動でロビーが粉々に崩れ落ちていた。




「というわけで魔力結晶とロビーを送るので試して置くように。ああ、何か不都合があったら開発チケット一枚で黙らせておけ」

 開発チケットとは、ハヤトが発行する「指示されたものを開発して試作品あげるよ」
 と言う券である。研究規模、条件と個数は枚数に比例する。
 条件は指定してあるとはいえ、大抵のものは作れると言う無茶苦茶な自信と、ハヤトの作る物は必ず値段以上の働きをするという通常ありえない信頼が可能とするものだ。
 本来だったら大盤振る舞いできないが、自衛隊に限っては、100枚単位のチケットを
必要とする物を複数個欲しがってもめてる状態だから問題はない。




 手紙の内容に、タケルはため息をついた。

「ロビーは確かに便利ですが、愛情までは感じないんですよね……。説明書見てもよくわかりませんし。これなら、戦闘機の方がよほど……」

 タケルは陸上自衛隊ではあるが、戦闘機が好きだ。特にF-15など、写真を自室に飾っておくほどだ。あれならスペックもわかるし、愛情も持っている。

 どうせ今は実験段階だから、何もロビーを対象とせずとも良いだろう。
 それに、ハヤトがやってもどうにもならないなら、自分にどうにかできるはずが無い。
 自分や子供達に任せて様子見しているこの段階なら、成功させる気も皆無。
 間近で戦闘機を見る口実も出来る。
 だからタケルは、極々気軽に、事情をそのまま説明して協力をお願いした。
 わくわくと魔力結晶を持って席に着く。
 パイロット気分を味わいなら、魔力結晶を握り締めると、パキンと割れて宙に溶けた。
 その後、十分に堪能をしたタケルは、何事も無い事を確認。満足して帰っていった。


 その3ヵ月後、真夜中に散歩をする戦闘機がニュースで大騒ぎになるのだが、
 航空自衛隊でないタケルには関係の無い事である。






 航空自衛隊とその戦闘機の意思付加実験報告書を読みながら、ハヤトは頷いた。

「なるほど。不特定多数の思念でも問題ない……どころか、多様性も考えるとこの形が一番のようだな。周りが専門家だった為か、ディーンや風太のロビーとは違って正常に稼動している。若干個性が強すぎるF-15があるが、与えられた能力をより強化させている傾向が強いな。却って有益か。問題は多様な機能のついたロビーか。展覧会でも開いて一度試すか。ディーン達の魔力と魔力結晶とでどれだけ誤差が出るか知りたいな」



「F-15の新AIと同じ物を使ってるって本当か!?」
「あらゆる物につけられる上に、3ヶ月念じればそのとおりに動くだと?」
「あのハヤト博士が機能をここまで詳しく公開するとはな」

 目論見どおり、ロボット工学者を中心とした科学者達が興味深げにロビーを見て回っている。
 小さな部屋に一体のロビー。全部で10部屋ある。
 それぞれのロビーの仕様書を、あるいは技術的に詳しく、あるいは何が出来るかだけ、バラバラに纏めてICカードと共に信頼できる研究室、企業、個人に送ったのだ。

 個人認証はしているが、持ち主の意思でユーザーを追加できるものとした。
 しかも、承認時に心拍数を調べ、脅迫されていると判断された時はセキュリティシステムが作動するようになっている。
 ロビーには戦闘特化型、情報処理特化型を除いてあるから、仮にロビーが凶悪な性格に
なったとしても十分セキュリティシステムで対応できる。
 魔力の補給ついでに、ディーンと風太が一日三食差し入れに来させるようにも言った。
 客引きも安全対策も十分。これで安心して留守に出来る。
 魔力の充満している所に長期間留まるのは良くないとディーンに言われているし、自衛隊が突然チケットを使い出したので忙しいのである。
 曰く、F-15がレーダーしか目が無いなんて不便だし可哀想だ。
 曰く、F-15と喋りたい。
 曰く、F-15にロボット変形装置を。
 当然他社で作ったものを改造と言う形になるから、そちらにも話を通さなくてはならない。戦闘機に心を与えるのだから、制御装置の設置と心理学研究も必須だ。
 ディーンや風太の魔力を浴びせてイレギュラーな事態が起きては困るから、上質な魔力結晶も作らなくてはならない。
 初日の盛況さを確認し、ハヤトは研究資料を持ってザイルの元に向かったのだった。



 3ヵ月後。
 やや疲れた様子のハヤトが、実験施設の入り口にICカードを通す。
 軽く様子を確認するだけならば、疲れた状態でも問題ない。
 ここでロボットを眺めながら食事をして、それから眠るつもりだった。
 ドアが、開く。

 そこにあったのは………。
 壁に配置された機材の数々。
 床に散らばった様々な工具や塗料、書類やお菓子。そしてもう思い残す事は無いとばかりに笑みを浮かべながら眠る科学者。
 国籍も年齢もバラバラだが、等しく少年のように目を輝かせる観客。

『ジークジオン!ジークジオン!』
『もっとだ!もっと俺に改造を!!俺を強くしろぉぉぉ』
『変形合体!!』
『あ、アンタなんかを守る為じゃないんだからね!私が守りたくて戦うんだから!』
『ラブアンドピーーーーーース!』
『この人間め!』
『………いざ、勝負』

 ハヤトは、ドアを閉じた。













 もはや人形に魂を与えてロビーと名乗らせてもいい気がする。
 そう思って人形でも一通りテストしたが、意外な事に高い能力を示す事は無かった。
 たとえ念を込める側が同じロビーと考えていたとしても、人形が対象では動くとか喋るのがやっとなのだ。
 また、同じ人形でも元の用途や材質で、かなり違った。
 意味が無いように見えて、しっかり反映はされているようだ。
 魔術とは奥深い。
 ハヤトは、資料を閉じた。
 求める水準を超える物は出来たし、この分野の研究は本格的にやろうとすれば数十年は掛かるだろう。意思を持ったものが研究対象なので、自然、非人道的な研究になるのも必至だ。
 ハヤトはその点は別に構わないのだが、この研究で協力を仰ぐ事になる全てのものが
構うのだ。材料となる魔力結晶はあまりにも貴重な品だし、難航は目に見えている。
 目的のものを手に入れた以上、そこまで苦労したいとは思わなかった。
 作り出したものは、意思自体が宿らない明確な失敗作は、浄化と言う形でザイルに処分してもらい、
 他の物も全て配置先が決まった。
 使えないと思われる物も、処分されるよりはと自衛隊が引き取ってくれたので問題ない。
 特に、初期に作った7体(1体駆け落ち、2体が揉めに揉めた挙句旅に出ると主張している)のロビーを引き取ってもらえたのが大きい。
 好戦的な為下手な所に置けないし、安易に流出させられない技術を入れてあるし、バラバラに動くので傍において手綱を持ち続ける自信も無いので、好都合だった。



 残る問題は不殺か人間撲滅かで揉めている二人と旅に出てしまった風太をどう連れ戻すか、だけである。

しおり