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魔物退治のその後で

 ザイルがチョコを食べていると、アルが近づいてきた。

「こんな時にお菓子とは呑気だな。防御結界もなく、戻る手段もないというのに」

 タケルに護衛をお願いして、防御結界は既に解いていた。
 広い防御結界は魔力を消費する。一人で長時間張るのは無理だ。

「疲れているんだ。腹ごしらえぐらいしてもいいだろう。タケルが守ってくれると言うし、一晩休めば魔力も多少は回復する」
「一晩持たないかもしれない。ヴィレッジイーターの魔力の影響を強く受けてしまっている子がいて……。弱っていてヴィレッジイーターの魔力に抗しきれないんだ。
なにか自身の魔力を強化する術具はないか?」

 もちろんある。だが、それは普通の術を強力にする為に作られたものであり、微量の魔力には反応しない。
 そして、ハヤトからもらったお菓子は二つ食べただけでまだ大分残っている。

 今、最上の行動はザイルがハヤトのチョコを独り占めして一刻も早く移動呪文を使う事だ。それはわかっていた。わかっていたが、ザイルは一欠けらのチョコを渡した。

「今、ハヤトと学院が交渉してる魔力回復薬だ。食べさせるといい」
「本当か!?副作用は!?いや、多少は仕方ないか。今は治療だ」

 アルは急いでチョコを生徒に持っていく。チョコは即効性だから、あの生徒は助かるだろう。
 他の生徒は大丈夫かと辺りを見回せば、術の使いすぎでぐったりしている生徒達が所々で休んでいる。
 ザイルは、悩んだ。ハヤトならば、躊躇無く生徒にチョコを渡すだろう。
 そこへ、タケルがやってきた。

「あの、術の使いすぎで体調の優れない人たちがいるんですけど、すぐ治療しないとまずかったりしますか?」
「安静にしていれば問題はないのだが……夜は冷え込むからな。少しきついかもしれないな。チョコを食べさせれば持ち直すだろうが、私も回復が必要だ。
……恐ろしいな。私はもう、チョコがある便利さでなく、チョコが十分にない不便さを感じている」
「つまり、移動の術を諦めれば生徒達は回復するんですね」

 タケルは、頭を抑えながら言った。

『ハヤト。ディーンに連絡を取りましょう。ここは私が見ていますから、風太と森の中へ行って通信機使ってきて下さい。一晩持たせるのは無理だと思います』
『まあそうだろうな、ほら風太。肉を取りに行こう』
「ワシは魔物の肉でも拾いに行って来る」

 ハヤトと風太は連れ立って行ってしまう。

「ザイルさん、チョコ、生徒の治療に使ってください。セラフィードさんがきっと迎えに来てくれます。信じましょう」

 タケルがザイルに笑いかける。

「しかし……」
「大丈夫ですよ」

 タケルの笑みに、ザイルはふと気づいた。

「また何かハヤトのテジナが?」
「まさか。サーシャさんが帰ってもう3時間ですよ?」

 言われて見ればそうだった。そろそろ準備も整う時間だ。
 タケルを信じよう。面白くないが、タケルもハヤトもザイルよりよほどしっかりしている。

 しばらくして、ハヤトが風太を連れて戻ってきた。
 その手にはホワイトラビルの耳が握られている。弱く小さい魔物だ。

「ウサギが手に入って良かったな、風太」
『今、安全を確認したので直ぐに助けに来るそうだ。ディーンがオーギュストに頼んで治療の準備をしてくれている。口裏も合わせてある』
『そうですか、彼らには移動呪文があるから本当に直ぐですね』

 ハヤトとタケルはたまに自国語で話をする。
 公然と内緒話をしているようで、どうしても気になってしまう。
 多分、実際にそうなのだろう。何ヶ国語も覚えているのは便利だと思う。
 その時、移動用魔法陣から少し離れた場所にセラフィードが幾人かの魔術師を連れて現れた。

「これは…!!本当にヴィレッジイーターが倒されていますね。今期の卒業生は大分期待が出来そうです。しかし、随分妙な倒され方を……ああ、ハヤト、無事でよかった。風見の術で確認はしていましたが、心配しました」
「セラフィード様!怪我人が大勢います、一刻も早く転移の術を」

 アルの言葉にセラフィードは頷く。

「移動用魔法陣に全員移動しているようですね。よろしい。直ぐに転移の術を」

 セラフィードの合図で、ハヤトが燃やしていた火が消され、魔術師達が移動用魔法陣に入った。
 転移の術は普通よりずっと早く発動し、ザイル達は帰還を果たした。

 学院側の移動用魔法陣で待機していたオーギュストが、寝かされている生徒達を見て即座に指示を始めた。

「急げ!全員運ぶんだ!ハヤトと風太が治療の仕方を知っているそうだから、二人と連携して治療を行う!」
「ええ!?」

 風太がハヤトを振り仰ぐ。

「安心しろ風太、指示はワシが出す。風呂に入った後でな。ディーンの事だから、準備はわかっているな?」
「師匠、良かった!丸腰だし病気だから、俺、凄く心配で。無理すんなよ! ヴィレッジイーターなんて、そんな状態で倒せるかよ!準備はもう始めてるけどよ……。
 指示さえ出してもらえば俺が頑張るから、師匠は休んでくれよ」

 涙ぐんで抱きついてくるディーンを宥めながら、ハヤトは風太とともに風呂へと向かう。

「こんな時にも風呂なのか?治療は……」

 ザイルが言うと、タケルがザイルの背を押した。

「ザイルさんも皆さんもお風呂に入ってきてください。何よりもそれが先です。こんなに汚れていては治療が出来ませんから。まだ元気のある人は食事の用意を手伝ってください。
どうせ重症の子達の治療が終わるまで私達の治療は後回しです。食事を先にしてしまいましょう」

 タケルが言うと、ディーンが遠くから声を投げかけた。

「食堂に栄養のあるもの頼んどいたから、行けば出してもらえるはずだぜ。もう少し待つ事になるだろうけど。師匠達と風太の分も荷物から材料だしてレシピつきで頼んどいた!」

「助かります、ディーン。では、お風呂に。ほら、魔物の肉は食べると有害なんでしょう?なら、血で汚れるのも良くないんじゃありませんか?そうだ、骨折している子もいましたね……。お風呂に入るのも無理なほど重症の子は後で体を拭くの手伝います」

 タケルがザイル達を追い立てながら、ふと気づいた。

「ちょ。ハヤト!子供達と一緒にお風呂は駄目って言ったでしょう!何どさくさに紛れて二人とも連れて行ってるんですか!」

 タケルがハヤト達の所へ走り出す。

「確かに、風呂が先だな。オーギュスト教授が生徒達を預かってくれるし」

 アルが言って、風呂へと向かう。

「治療したいものがいたら第三治療室へ向かえ。うちの学科はこれくらいの怪我人で手が足りなくなるほど人手不足じゃない」
「オーギュスト教授、助かります。あの子達以外にも魔力を使いすぎた子や怪我人がいてね」

 生徒を運びながらのオーギュストの言葉に、アルはお礼の言葉を述べた。
 その時、アルの胸にサーシャが飛び込んでくる。

「ああ、アル。心配したわ。私、私、貴方を置いていってしまって」
「サーシャ。君も休んだ方がいい。顔色が悪い」

 アルとサーシャが連れ添って歩き出す。
 ザイルも、生徒達は気になったが、準備は整っているようだし、風呂に先に入ってしまう事にした。
 そういえば、ディーンと一緒に風呂に入るのは初めてだった。
 立派に育って……などと言ってタケルに殴られているハヤトを無視しつつ、ディーンが取り出したものを眺める。

「それは?」
「石鹸だよ。学院の物はあんまり好きじゃなくてさ。師匠に定期的に送ってもらってる。師匠も急がないと。シバイは全身シャンプーでいいのか?リンスインシャンプーしか持ってないけど…」

 ディーンが言うと、タケルは大急ぎでディーンの持つ器を取り上げた。

「洗うのを手伝います!」

 シバイはまだ獣人の姿だった。タケルは器から白いものを取り出してシバイの毛皮に塗りつけ、撫でる。

「うちじゃ犬は飼えなかったから、犬を洗うのって憧れだったんですよ」

 聞き捨てならないことを呟きながら、シバイの毛皮を撫で回す。
 タケルが撫でるたび、白い泡が陣地を広げている。いい匂いが広がった。

「タケル殿、タケル殿!ちょっ 自分が何をしているか」
「タケル師匠。怪我人が待ってるんだけど…ハヤト師匠も、風太の翼洗うのは後回しにしてくれよ。泥を落とすぐらいであがろうぜ。後でまたゆっくり入ればいいし」
「しかし、これから治療をするのだから念入りに清潔にしとかんとな」

 ディーンが手早く石鹸を泡立てる。これ、かなり高級な石鹸ではないだろうか。
 ハヤトも、同じ石鹸を使っていた。
 泡立ち方といい、漂ういい匂いといい……眺めていると、ディーンが石鹸を渡してくる。
「ザイル先生は、ゆっくりしていってくれよ。石鹸は後で返してくれればいいから」

 ディーン達は手早くお風呂をすませると、さっさとあがってしまった。
 ザイルの元に残されたのは3種類の石鹸だった。

「せっかくだから使ってみるか……」

 ザイルは、一つ目の石鹸を手に取った。





 肌が異常なほどに艶々している。髪の毛がサラサラと流れた。
 何か変な薬品でも入っているのではないか。
 ちょっと髪を触ってみながらザイルは思った。
 ザイルが風呂から上がって第三治療室に向かうと、タケルがベッドに寝ている子の体を拭いてやっていた。
 常々思うが、ハヤト一行の風呂好きは異常の域に入るのではないだろうか。
 重傷の者を目の前にして、出てくる発想がまずお風呂である。

「ザイルさん。食堂に行けば直ぐに食事が出るようですよ。込み合っているし、まず食事を取ってはいかがですか?」
「ハヤト達は?」
「直ぐに第一治療室に向かいました。ディーンが摘めるものを持ってきてくれるそうなので、食事は大丈夫です」
「しかし、その子は早く治療をしないと…体を拭いている場合かね?」
「応急処置はしてありますよ。今は順番待ちです。怪我の周辺だけ綺麗にしようとも思いましたが、これだけ泥だらけですし、どうせ即入院でしょうし。清潔にしておかないと治るものも治りませんよ。もっとも、消毒薬に関しては最近の学説では否定されてるようですが」

 それにザイルは納得する。

「そういう学説があるのか」
「清潔は治療の基本です」

 タケルが言い募るが、医療に関する学説が二転三転する事は良くある事だ。
 信憑性も皆無といっていい。こういうとオーギュスト教授は怒るだろうが、
つい先月と正反対の事をやりだすような事がしょっちゅうなのだから、少なくとも半分は確実に嘘だ。
 正確さが最大でも50%以下なのは信憑性はないというのに差し支えないだろう。
 ハヤト達の国ではとにかく清潔がいいという学説が流行っているのだろう。
 こういうときは、自分が対象にならない限り逆らわない方がいい。
 幸い、今回は清潔にするという学説だから、さほど害はないだろう。
 以前、頻繁に風呂に入るのは健康に悪いという学説が流行ったことがあったが、少ないときでも一日一回は風呂に入るディーンは健康だ。
 その時ディーンがセラフィードと共にお盆に食事を持って現れた。

「タケル師匠、欲しいものはあるか?俺、師匠の家に戻って追加の薬を取ってくるんだ」
「本当は転移の術を乱用するのは疲れるのですが……。家においてあるチョコレート全て渡してもらえるとの事ですし」
「ごめんな、セラフィード様」

 ディーンの言葉に、タケルは考えるそぶりを見せた。

「うーん、直ぐに帰りますし、必要なものは大体持ってきてますし……皆に配るお菓子でも。お菓子の好みは共通しているようですから」
「わかった」

 ディーンがセラフィードを促すと、二人は転移の呪文で消え去った。
 お盆の上にはザイルの見知った料理も載っていた。

「私もここで食事しようかな。その後タケルを手伝おう」
「良かった。じゃあ、あちらの子を」
「わ、私は自分で出来ます!」

 タケルに指し示された女の子が頬を赤らめて言う。まあ、当然の反応だろう。
 体を拭くには服を脱がねばならないし、ここには何人もの生徒がいる。
 その時突然、タケルが声をあげた。

「ちょっと待って下さい!血で汚れた手で違う生徒の治療をしないで!」

 タケルに注意された魔道医はその剣幕におされて隣に用意してあった桶で手を洗った。

「神経質になりすぎだと思うがね」

 魔道医がぶつくさ言うと、タケルはきっぱりと断言した。

「統計を取ってもらえばわかります。生存率が全然違いますから。それに、それくらいなんですか。貴方が知りたいといったシュジュツに必要な清潔さはこの比じゃないですよ?」

 それを聞いて魔道医はおとなしくなる。シュジュツが何かは知らないが、何かの未知の治療法だろう。
 魔道医が部外者に対しておとなしくなるなどそれ以外にない。
 ハヤトもタケルも博識だ。
 ザイルがタケルが体を拭く間、体を隠す衝立を用意すると、生徒達に感謝された。
 しばらくすると、ディーンが来て、魔力を使いすぎた子と魔道医の為にチョコを持ってくる。タケルが頼んでいたお菓子も持ってきてくれた。
 生徒達を全員清潔にして着替えさせ、お菓子を配ってしまうと、もうタケル達にできる事はない。
 二人とも応急処置程度の事は知っているが、あくまでも応急処置程度だからだ。
途中、術具が壊れて修理をしたから、ザイルの残り魔力ももうない。
第一、第二治療室は未だに戦場らしかったので、タケルとザイルも何か手伝えることはないかと移動する。
 扉を開けたら、そこはまさに戦場だった。
 ディーンが、メモを見ながら異国語でハヤトに何かしら捲くし立てる。

『だけど、医者から聞いてきた指示は……その薬草は俺も使った事あるけど、効果は』
『治癒呪文があるからな。効果を見たが、これを使えば処置は』
「オーギュスト!麻酔薬はワシが打つ。注射器も麻酔薬も使い方を誤ると大変な事になるからな」
「空気を入れたら死ぬのだろう。一度聞けばわかるし、これだけ見ればやり方もわかる。
血が通う場所を私が感知できないと思うか?馬鹿にするな」
「ハヤト師匠、次はどうすればいいですか?」
「オーギュスト教授、次はどうしましょうか?」
「「少し待っててくれ!今行くから」」

 パタン、とザイルとタケルは扉を閉めた。

「私達にできる事はなさそうですね。しかし、注射器を初めてで患者に使用って大丈夫でしょうか……。麻酔薬とか量間違うと死ぬような」
「ディーンは凄いな、あの中に違和感なく混じりこむとは」
「ええ、私も驚きました。ビョウキがどういうものかも理解してないのに。
どういう学び方したんでしょう。こちらの治療法を勉強してたのは知ってましたが。
ディーンも風太も、こうしてみると本当にハヤトにそっくりですね。
ちょっとした仕草や手順が全く同じです。いつのまに覚えたのか……。さて、皆を待つ間移動用魔法陣の掃除でもしますか」
「それは当番のものがちゃんとやるさ」
「じゃあ、もうできる事はない……でしょうか。先に休むのは悪いような気も」

 すると、扉からハヤトが呼びつける。

「タケル!治療の終わった生徒に包帯を巻くのを手伝ってくれ」

 その声に、タケルは僅かに目を丸くしてから笑った。

「まだ休めないようです。ハヤトが呼んでるので。おやすみなさい、ザイルさん」
「いや。私も手伝おう」

 二人で戦場に飛び込む。今日は長くなりそうだった。


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