バナー画像 お気に入り登録 応援する

文字の大きさ

「落ち着け!落ち着いて話し合おうではないか!患者にも医者を選ぶ権利が……」

 縛られたハヤトはわめくが、誰も聞いていなかった。

「症状はどうなのかね?」

 オーギュストが術具の準備をしながら聞く。

「病名は訳せませんが、2種類上げられます。頭脳の異常発達と生殖能力の欠如、えーと……サイボウなんて言葉ないですよね。寿命が短い……事?これが生まれつきのもの、それと、ハヤトの胸のここら辺に悪いものが出来ていまして、症状としては吐血、胸の痛み、呼吸異常があります。これらの症状は薬で完全に抑えられていますが、数年ほどでわるいものが胸全体に広がり、死に至ります。問題点は前者は生まれつきの体質で治し難いということ、後者は前者による症状で、ハヤトに治療に耐える体力がないという事です」

風太がハヤトの胸のやや左の辺りを指差しながらすらすらと言う。

「薬?医者には掛からないんじゃなかったのかね?まあいい、胸だな」

 オーギュストはハヤトの胸に魔法陣を描くと、時間をかけて探査をした。
探査の術と言っても、ディーンが時折使われるものとは違う、診察専用の術だった。
サーデライト魔術学校の創設者の一人が開発したもので、術の発動もそうだが、
術で手に入れた情報を活用できるものは指折り数えるほどしかいない。
魔術の知識と医術の知識、両方無いと意味の無い術なのだ。
治療魔術は多くの魔術師が専攻しているに関わらず、オーギュストが教授の地位を手に入れたのはこの術が使える事が大きい。

「ふむ……確かに魔が潜んでいるようだ。よく見つけたものだ。しかし、これは……厄介だな。直せるだろうか……」
オーギュストは、一つ目の術具に手を伸ばした……。



散々叫んだせいか、ハヤトはぐったりとしていた。途中吐血をしたが、とりあえず生きている。
オーギュストは分厚い本を閉じると、ため息をついた。

「駄目だ、今のところ治療法が見つからない。ゆっくり色々試していくしかないな。奇形による虚弱体質なら、時間をかければどうにかなるし、魔力増加の術を使えば子供も作れるようになるが……。年単位の治療が必要になる。治療に耐える体力がないといったが、ハヤトの国ではどんな治療を?」
「体を切って悪い所を取り出します。ただ、それにハヤト師匠が耐えられないんですよね」

 オーギュストは目を細めた。

「それこそ野蛮だな。魔を見つけたのは褒めてやるが…その手の治療はたまにするバカがいるが、致死率は99%に近いぞ。先程は我が国の医療をけなされて怒ったが、実を言うと私も病気の場合は医者は頼らない方がいいと思っている。魔術師でもないものが、魔を退治などできるはずがない。多くの医者がする術の三分の一は私に言わせれば無意味だ。怪我の治療や薬草の処方ならば問題ないがな。これは私個人の考えだが、祈祷は私はほとんど意味が無いと思っている。祈祷は魔を攻撃すると同時に、取り付かれている人をも傷つけてしまうからな。薬草と魔力による患部への干渉。それのみが魔を退治するすべだと私は思っている」

 風太とタケルは苦笑いしながら、曖昧に同意する。

「そう、でしょうねぇ……。なんか僕、不安になってきました」
「えーとシュヨウは発見できたわけですし、技術が無いわけでは……発想がいまひとつ追いついていないだけで」

 医者の治療風景を見て、唯一人立派そうな医者で良かったなとハヤトに笑いかけたディーンは、心配そうな顔でハヤトを見守っている。

「オーギュスト教授はこの国で一番病魔退治がうまいって言われてるから、大丈夫だよな」

 そんな事を呟いたディーンに、風太は呆れて呟いた。

「ディーン……。病気と妖魔を混同しているようで、よく外で医療を勉強するなんて」

 呟いてから、ふと思い出す。そういえば、ハヤトは向こうの医学をディーンに教えることはなかった。
精々が薬草の調合の仕方や包帯の巻き方ぐらいだ。それに、研究室には絶対に入らせない。
風太はディーンよりマシだが、それでもハヤトが教育を制限している事はわかる。
風太も、ハヤトから見ればディーンのようなものなのだろう。呆れるほどに知識不足。
なのにハヤトは、簡単に知識を譲り渡してはくれない。
風太もディーンもハヤトの弟子なのに、いつになったら認められるのだろうか。

「まあ、一時的な体力補強だけなら簡単な術でどうとでもなるがな」

思考の海に沈んでいた風太は、オーギュストの言葉に顔をあげた。

「なら、それをお願いします。ハヤト師匠の治療、それで何とかなるかもしれない」

言い募る風太に、オーギュストは片眉をあげた。

「致死率は99%に近いと言ったろう?」
「体力の補強が本当に可能なら、成功率は90%に近いです。一ヶ月、いえ一週間の体力補強でハヤト師匠は耐え切れるはずです」

 オーギュストは風太をじっと見つめる。

「………………………本当に可能なのかね?致命傷が即座に治るとか、そんな術は使えんぞ?」
「可能です。体力が普通の人並にあれば耐えられるはずなんです」
「それほどの長期間ならば、私も傍についていなくてはならない。それでもいいなら、してやろう」

 オーギュストはゆっくりと言葉を吐き出す。傍についていなくてはならないなど、嘘だった。
多分聞き入れられないだろうが、駄目で元々だ。
オーギュストは先程医者は役に立たないと言ったが、世の中には例外と言うものがある。
まれに、名医が現れるのだ。致死率99%の手術。それを成功させる医師が。
だが、その技術は常に門外不出だった。以前は魔術師もそうだったが、
サーデライト魔術学校が出来て以来、そこから生まれる技術は完全にではないとはいえ、広く開放されている。
その事による魔術師と魔術師以外の専門家の対立の問題は、サーデライト魔術学校設立からずっと続いていた。
いい例が薬草学だった。オーギュスト達医療や草木を操る術士は、魔力に関する知識だけでなく、薬草学も必要とする。
なので、薬草学も共に発展する事になった。薬草学の教科書はやがて一般の書籍となり外へ放出され、大いに役立った。それと同時に、それは医者や薬師の立場を危うくするものだった。
彼らにとってみれば、自分達しか出来なかった薬草の煎じ方が、字さえ読めれば誰でもわかるようになったのだから。
その字すら、サーデライト魔術学校が時折行うボランティアの読み書きの授業が発端で、少しずつ広がっている。
以来、いくら魔術師が医者の協力を要請してもそれが聞き届けられた事はない。
薬草学は魔術師にとっては付加的なもので、それを専門としている医者や薬師の方が深い知識を持っている。
その知識が欲しいからと言って、付加的なものである薬草学に一生を費やす魔術師はいないから、当然だ。
その知識を求めて、何度も協力の要請はしたが、逆に秘匿性は強くなる一方だった。
だから名医が現れても、その知識は受け継がれる事なくそこで途絶える。
オーギュストはそれが歯がゆくて仕方なかった。愚かで、頑固で、折角の宝石の如き知識をたやすく時の海に沈めてしまうもの。
魔術師として、1%でも宝石の可能性のある石は、拾い上げて、世に出してやらなくてはならない。

「ハヤト、このままいろんな治療をゆっくり色々試すのと、体力補強の術をしてもらって手術を受けてみるのと、どちらがいいですか?」

 タケルがハヤトに聞く。

「………ディーンの養子の手続きして遺言書いて心の準備をするまで待て50年ほど待て」

 タケルはにこやかに笑った。

「待ちません」
『理由1!オーギュストを向こうに連れて行くことは困難だ!理由2!どうやって説明する?秘密を守ってくれるとでも思うのか?理由3!医者がそんな部外者……』

 必死に理由を言い募るハヤトを、タケルは穏やかに遮った。

『ロビーに確かこのタイプの病気の治療技術を叩き込んでましたよね?
この前実用段階に入って病院に配備までされましたよね?』
『しまったぁぁぁ!いやロビーも見せるわけにはいかぁぁぁん!』
「家に帰ってぜひ治療をしたいそうです」

 タケルはオーギュストにお願いしますと頭を下げる。

「ここでは出来ないのかね」
「ええ、まあ。色々と準備が必要ですし」

 オーギュストは残念そうにため息をついた。

「そうか…。家にはいつ帰るのかね?タケルが治療を?」
「数日後ですね。私は医者ではありませんよ。ハヤトと風太とディーンが懸命に病気について勉強していますが、私はそういうのはさっぱりで」

 しかし、風太とディーンは医師としてはあまりにも幼い。

「ハヤトが魔を見つけたのかね?」

 オーギュストの問いに、ハヤトが口を挟む。

『く……仕方ない。ロビーほど複雑なら、そうそう複製はできないだろう。だが、向こうの事を話す気はないからな。風太が医師だと言う事にしておけ』
『そうですね。自分で自分の手術は出来ませんし。でも風太はまだ子供ですから、師はハヤトという事で』
『わかりました。できるだけ口裏を合わせます』
「風太です。風太は優秀ですから」

 タケルが言うと、オーギュストは驚いて風太を見た。

「まだ子供じゃないか!フェイクキッズは成年するまでは外見年齢は人とかわらないはずだが……」
「僕は親殺しをしてませんから、成長が止まっているんです」
「ふむ……どうやって魔を見つけたのか聞いても良いかね?」
「家にある道具がないと。僕もハヤト師匠と同じで道具にこだわるんですよ」

 風太はにっこりと笑った。

「それは興味深い。もちろん見せてもらえるね」
「家に帰ったら見せてあげますよ。あげるのは無理ですけど」
「それは楽しみだ。見学会が終わったらだから、一週間後か。予定を空けておこう」

 オーギュストは頷いた。
ディーンが、深々と頭を下げる。

「お願いします、オーギュスト教授」
『ワシもあと一週間の命か……』

 ハヤトの呟きは、ディーンですら聞き入れなかった。

しおり