バナー画像 お気に入り登録 応援する

文字の大きさ

過去話 ディーンの冒険

「なあ母さん。風太ってなんで翼が生えたんだ?」

 ディーンは風太に興味津々だった。風太と遊ぶ許可は出ないが、観察ぐらいはできる。
魔術師と共に住んでいる少年は、とても変わった服装をしていて、やけに清潔で、かっこいい剣を持っている。
最近やってきたらしい傭兵の青年と仲睦まじく剣を振っている姿を見ると、ディーンは羨ましかった。

「奇形の子供なのよ」

 母は火トカゲから取り出した火袋を裂いて藁にかけ、火打石を鳴らす。
ぽっとついた火が安定するのを確認すると、かまどに鍋をかけた。

「おい、子供にいい加減な事を言うなよ」

 農作業に出かける準備をしていた父が言うと、母は笑って答える。

「怖がらせるよりいいじゃない。大丈夫よ。魔術師様が使役してるんだから」
「使役?」

 少年が聞くと、母は少年の頭をぽんぽんと叩いた。

「仲良しって事よ」
「全く、お前はのんきだなぁ。けど、女だてらに学者様を目指していたお前が言うなら、信じるよ」
「ふふ。私には皆の方がわからないわ。確かに魔術師様は無愛想で声をかけても何も答えてくれないけど、飢饉の時はちゃんと助けてくれたじゃない。そんなに怖がるものでもないと思うけど」

 父はそれを聞いて考えるそぶりをする。

「だがなぁ。助けてくれたのは飢饉の時だけじゃないか」

 母はそれに呆れたように答えた。

「貴方、魔術師様への依頼料がどれだけ高いか知らないのよ。干渉を嫌う魔術師様も多いわ。無報酬で助けてくれたんだから、感謝しなくちゃ。ディーンだって、それで助かったのよ?」

 ディーンを抱きしめて、父に見せ付けるように母は言った。
ディーンが首をかしげて父を見ると、父は降参のポーズをする。

「わかった。魔術師様がいい人だって認めるよ。可愛い息子を助けてくださったんだからな」

 母はにっこり笑うと、ディーンの背中を押す。

「わかればいいのよ。さ、ディーン。お父さんの手伝いをしてらっしゃい。昼には美味しいスープが出来ているからね」

 ディーンももう10才。立派にお手伝いが出来る年だ。

「おうっまかせとけ!」

 張り切って父の元へ向かう。農作業の手伝いなら、丘の上を見る事が出来る。
風太と青年が剣を振る様を、見れるかもしれない。

「おお、頼もしいな!」

父が抱き上げてくれる。ディーンは幸せだった。これが最後の抱擁だと、思いもしなかった。




 バキバキバキッ

「やめろ、入ってくるなぁ!」
「お父さん!お母さん!!」

 悲鳴が響き渡る。ディーンは母に縋りつき、震えていた。
あれはサミーの家だった。恐らく全滅だろう。

「どうしよう、ヴィレッジイーターが出るなんて……。このままじゃこの村が全滅してしまうわ」

母は泣きそうな顔で言った。

「どうにかならないのか!」

 父が恐怖に顔を歪めて母に詰め寄った。

「魔術師様なら、もしかして…」
「そうだ、風太がいるし、傭兵らしい奴もいたな。もしかしたら気づいて……」
「無理だよ、魔術師様の家から、また凄い物音がしてたもん。気づかないよ」

 ディーンが口を挟む。
魔術師の家は、危険な森の近く、目立つ丘の上、遮るものは何もなしという立地条件で、
ディーン達の石で出来た家と違って随分弱そうな家だ。
実際は見た目どおりでは全然無くて、家からはしょっちゅう不気味で大きい物音がしていたり、家に近づいた魔物が急に逃げていくのを村人は何度も目撃している。
今日もディーンが丘を見上げると、遠く不気味で耳障りな音が響いていた。
今は悲鳴で殆ど聞こえないが。

「助けを求めに行くしかないわ」

 母はきっぱりと言う。

「外にはあいつがいるんだぞ!どうやって助けを求めに行くんだ!」
「私が囮になる。だからディーン、魔術師様の所に行くのよ。たとえ助けに来てくれなくても、魔術師様の所にいればディーンは助かるわ。魔術師様だって、魔物に食べられるのは嫌なはずよ。ディーン、貴方はもう10歳だから、できるわね?」

 母はディーンをきつく抱きしめて言った。

「お前にそんな事させられるか!」

 父が顔色を青くして叫ぶ。その時、またバリバリと言う音と悲鳴が響いた。
魔物が次の家に移ったのだ。

「貴方も手伝って。このままじゃ全員死ぬ。ヴィレッジイーターは外に逃げた獲物、特に大きな獲物から食べていく習性があるの。私と貴方が先に出て逆方向に走って、ディーンがその後にこっそり出れば多分逃げ切れるわ」
「おまえ……」

父と母はきつく抱き合った。父は護身用の剣を、母は弓を抱える。

「ディーン、私が走ってと言ったら走るのよ?」

 父と母は外へと駆けた。ヴィレッジイーターが二人に気づき、追いかける。

「走ってディーン!必ず生き延びて!!」
「捕まるんじゃないぞ!愛している、ディーン!!」

 扉から不安げに両親を見つめていたディーンが、外へと飛び出す。
早く、早く助けを求めに行くのだ。両親が逃げ切れているうちに。
ディーンは魔物の後ろをすり抜けて、魔術師の家にまっすぐ走った。
見晴らしがいい為はっきりと見えるが、丘の上の家は遠い。
ディーンは走った。ぽろぽろと涙がこぼれるが、泣いている暇は無い。
泣いている暇は無いのだ。
息も切れ切れに走るディーンの脳裏に、魔術師の家に近づいて急に悲鳴をあげて逃げていく様子が蘇る。
恐怖に震えるが、魔物の方が、両親を失う方が怖かった。

「うわあああぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 目を瞑って、突っ込んでいく。
足が段差に躓き、ディーンは派手に倒れた。

『大丈夫かね。ドアに向かって一直線に走ってくるとは、馬鹿な子だ。体当たりでドアが破れるとでも思ったのかね』

 ディーンの叫びを聞いて監視カメラを確認、とりあえず扉を開けてみたハヤトが言う。
もちろん、玄関の奥にはロビーが控えている。

「ま、魔術師様…助けて、魔術師様!!」
『翻訳開始……翻訳完了。化け物様。手伝いを求める。化け物様』

 魔術師にすがり付いてディーンが叫ぶと、灰色の物体が意味不明の声を出した。

『さて、この翻訳が間違っているならよし、あっているなら放り出そうか』

 異様な灰色の物体、魔術師のわけのわからない言葉。ディーンは震えるが、それでも懸命に袖を引っ張って外に出そうとする。

『大丈夫、ハヤト?』
『私が見ます。風太は中に。おや、ハヤト。どうしたんですか』

 傭兵と風太がちょこんと奥から顔を出した。二人の言葉に、魔術師は首を振る。

『さっぱりわからん』

 泣きながら袖を引っ張るディーン。非力な魔術師は、よろよろと扉の外に引っ張り出される。
ディーンの耳に、悲鳴が届いた。母の悲鳴だった。いつの間にか、ハヤトの家から出ていた騒音が止んでいる。

『風太。双眼鏡を…いや、隠しカメラの電源を入れろ。村で何かあったのかもしれん』

 タケルは走って中に引っ込む。

『な……っ巨大なアリクイに村が襲われています!あのままじゃ全滅してしまいますよ』
『飢饉といい世話の焼ける村だな。良く今まで存続できたものだ』

 一層泣きながら魔術師を引っ張るディーンを引きずって灰色の奇妙な物体の方に向かいながら、タケルの言葉にハヤトは呑気に言う。

『ハヤト!助けなきゃ!』
『しかし、あれは強そうですよ? 下手するとこちらがやられるかも』
『ロビー、狙撃銃を』

 魔術師が灰色の物体に声をかけると、灰色の物体のまるで人の腕のような場所からカシャンと黒く奇妙な形の棒が出てきた。
棒には枝が2本ついていて、その反対側は直角に曲がっていた。
棒を持つと、魔術師は窓際に向かう。窓際にテーブルを引きずり、魔術師は棒についている枝の部分を支えにして、直角に曲がった部分を持った。
魔術師が棒にのしかかる様に構えると、タンという音と共に棒が振動する。
これが魔法の杖というものなのだろうか?
窓を見ると、ヴィレッジイーターが僅かに跳ねる。
魔術師は立て続けに杖を使った。その度にヴィレッジイーターは跳ねた。

『頑丈だな。それに賢い。こちらに向かってくるぞ』
『ええ!?……まあ、これで村人は襲われなくなりますか』

 傭兵は刀を手にすると、風太にも刀を渡した。

『居合い切り、お願いする事になるかもしれません。でも、決して無理をしてはいけませんよ』
『わかりました、タケル師匠』

 風太と傭兵は外に向かう。
魔術師が、奥に向かった。戻ってきた時には、さらに巨大な杖を持っていた。
どうやら魔術師が杖で攻撃してくれたらしい。ヴィレッジイーターがこちらに向かってくるのを見て、ディーンは恐怖に震えると同時に安心する。
風太達も武器を持っていた。ディーンは役目を果たしたのだ。

『家を壊されては面倒だ!丘の下あたりで迎え撃つぞ!』
『はい!ハヤト師匠!』
『仕方ありませんね』

 窓から見つめていたディーンだが、黒い巨大な杖を持った魔術師に腕を引っ張られる。

『家に一人で置いていくわけにもいかんからな』

 腕を引っ張られるままに、ディーンは外に出た。
遠くから怒り狂ったヴィレッジイーターが駆けてくる。

『食いでがありそうだな、風太!』
『うわ、あれを食べますか』
『内臓に人詰まってそうで食べたくないです、ハヤト師匠…』

 ディーンは腕を引っ張られ、異様な灰色の物体の後ろに座らされた。

『ロビーはあいつが射程距離に入り次第援護射撃!ワシらを撃つなよ!』

 3人は丘を駆け下りていく。
駆け下りた先で、また魔術師が杖を使ったのがわかった。
遠く、ドーンという音がしてハヤトが反動に仰け反っている。
肩に担いだ杖が白煙を噴き、ヴィレッジイーターが胸から血を流して悲鳴をあげていた。
風太がヴィレッジイーターの首めがけて剣を振ると、淡い光が溢れてヴィレッジイーターを切り裂いた。
傭兵の刀が、ヴィレッジイーターを裂いていく。

『風太!タケル!伏せろ!』

 大きく開けられたヴィレッジイーターの口に、黒い物体を魔術師が投げ込んだ。
ヴィレッジイーターがそれを飲み込む。
その一瞬後、喉からの爆発。
ヴィレッジイーターは、ゆっくりと倒れていった。
倒れたヴィレッジイーターに、魔術師は容赦しなかった。
即座に傭兵と風太に指示を出し、首を切り離させる。頭に杖を向け、既に死んでいると思われるヴィレッジイーターに更に止めを刺す。
3人が戻ってくると、ディーンは体を竦めた。ヴィレッジイーターを、あんなにもあっさりと倒した3人が怖かった。
傭兵が、ディーンの頭を撫でてくれる。

『よく知らせに来てくれましたね。偉いですよ』

 なんと言っているかはわからないが、褒めてくれた事はわかった。

『ロビーに援護射撃を頼むまでも無かったな。そんなに怯えるな。ほら、見てみろ少年』
 
 魔術師が小さな普通の杖を出すと、小さく振る。すると、杖の先端は花へと変わっていた。
驚くディーンに、魔術師は楽しい魔術をいくつも見せてくれた。
思わず笑ったディーンの口に、お菓子が放り込まれる。甘かった。

『村への救援はどうします?あの分では、怪我人が多く出てますよ』
『あまり目立ちたくは無い。今だって目立ちすぎたくらいだ。ここから先は、あの村がなんとかすべき事だろう。ワシら医者じゃないし。まあ、子供に菓子ぐらいは持たせてやるがな』

 大きな鞄と、その中いっぱいに詰められたお菓子や食事や包帯の詰められたそれを、
ディーンは懸命に抱えて村を降りていく。
悲鳴が聞こえてすぐ、魔術師は戦ってくれた。きっと大丈夫だ。
それに、甘いお菓子も貰ってきた。母は喜んでくれるだろう。

「母さん!あいつは魔術師様がやっつけてくれたよ!」

 村に駆け込み、ディーンは言った。母が、広場の真ん中に倒れていた。
踏まれてしまったらしく、腹が不自然に陥没している。
ディーンは鞄を落とした。

「母…さん?母さん。母さん!!」

 ディーンは泣きながら母に縋る。母は既に、冷たくなっていた。



村長に魔術師からもらった物資を渡すと、村長はそのまま村の若者に持たせて町にやらせた。食べてしまったり使ってしまったりするよりも、それを売って少しでも村の復興費用にした方がいいとの判断だった。
上質の包帯と珍しい食物に菓子。きっと高く売れるだろう。
ディーンは役目を果たすと、家の中で丸まった。父も食べられていた。ディーンは間に合わなかったのだ。
ディーンは一人泣きじゃくり、疲れて眠りに落ちる。
起きた時、目の前にいつのまにか、魔術師がくれた花があった。
ディーンはそれを拾って見つめる。魔術師になれば、こんな思いはしなくてすむだろうか。
魔術師になれば、簡単に魔物なんて倒して、あの楽しい魔術で泣いている子を慰められるのだろうか。
ちょうど、自分がそうされたように。
ディーンは花を持って丘の上へと駆けた。



『ハヤト。昨日の子が来てる』
『うん?村はもう心配はないようだが』

 魔術師は扉を開け、ディーンに問うた。

『ロビー、翻訳。なんのようだ』
『翻訳開始……翻訳完了』
「何の用事ですか」
「俺…俺、魔術師様の弟子になりたい!お願いだ!!」
『翻訳開始……翻訳完了。自分は化け物様の生徒になりたい。要請』
『駄目だ。教えるつもりはない』
『翻訳開始…翻訳完了』
「拒否します」

 灰色の物体が拒絶の言葉を吐き、魔術師は扉を閉めてしまう。だが、ディーンは諦めなかった。
毎日のように、魔術師の家に通う。
一ヶ月も通ううち、風太や傭兵の青年とも仲良くなり、ディーンは時折お菓子まで貰うようになった。
傭兵の青年の名はタケルというらしい。
タケルは、ディーンにも刀というらしい変わった剣の素振りをさせてくれる。
ディーンの知っている傭兵は、絶対に剣を触らせてくれない為、ディーンは大喜びだった。
もっとも、魔術師はそれを気に入らないようだった。
タケルと風太に、どういう意味かはわからないが、よく説教をしている。

『あまり関わるな、村の子だぞ。今回の事で今後下手に頼られても困る』

 ディーンは落ち込んだ。
だがある日、転機が訪れる。
風太が地面に文字を書いていた。その文字を指差し、自分を指差す。

『風太。風太』

 ディーンも地面に文字を書いた。

「ディーン。ディーンだ。お前も名前が書けるのか。俺は母さんが学者目指してたからだけど、風太もさすが魔術師の子だな」

 二人はにっこり笑いあう。そこに魔術師が現れた。

『ここの教育レベルは低いと思っていたが、まさか文字を書けるとは…』

 魔術師は考え込むように言った。

『ロビー、翻訳。ディーン、文字を教えてくれるなら生徒にしてやってもいいぞ』
『翻訳開始……翻訳完了』
「ディーン、文字が出来るなら弟子にする事を可能とする」
「本当か!?」

 ディーンは自分の名しか書けなかったが、町には母の師が、家には母が使っていた教科書があった。
父と母が残してくれたお金を使えば、母の師に文字を教えてもらう事はできるだろう。
住み込みで家の手伝いをする事になるだろうが、ディーンはもう10歳だ。十分に可能なはずだった。
ディーンは喜んで走っていく。文字を覚えるのに、3年もの月日が掛かるとは知らずに。

『ディーン、来ないね…』

 風太はしゃがみこんでディーンを待ち、呟いた。

『ハヤトがまた妙な事をしたんじゃないでしょうか…』

 ハヤトは二人にせっつかれ、村に仕掛けた監視カメラを作動させる。
あの日以来、ディーンは村の広場に一度も映らない。

『少し、様子を見に行ってみるか』

 風太とタケルを連れ、村に降りる。村人が、遠巻きにこちらを伺っている。

『ここがディーンの家のはずだ』

 ハヤトが家に入ると、そこは埃を被っていた。家の周囲を探索すると、家の裏に真新しい墓があった。

『まさか……』

 ハヤトは急いで家に戻る。大アリクイが村を襲った日の画像を再生。
そこには、ディーンの両親が懸命にディーンを逃がし、その後アリクイに襲われて息絶える姿が映っていた。

『ハヤト! なんでディーンを追い返したんですか!』
『これは……両親がいなくなって売られたか……?』

 タケルに責められながら、ポツリとハヤトが呟いた言葉に沈黙が落ちた。

『ハーヤートー!!』
『ディーンどうなったの!?まさか死んじゃったの!?』

 流石にハヤトも後悔する。ディーンはまだ10歳程だった。
早めに気づいて対処してやれば、ディーンの両親も救えたかもしれない。

『監視カメラに警報装置でもつけるかな……』

 タケルと風太に揺さぶられながら、ハヤトが呟く。その責めは、中々終わりそうに無かった。



その日、風太とタケルは竹刀で稽古をしていた。
風太は小さい割りに素早く、力があり、タケルが少し油断をすると一本を取られてしまう。
タケルは師匠として風太に遅れを取るまいと、真剣に竹刀を振るっていた。

「風太ー!タケル師匠ー!」

 だから、この声に集中が削がれたのは風太が先だった。

『ディーンっ……いたっ』

 タケルに一本取られ、風太は頭をさする。外で視界が利かないと危険だと言う事で、防具はつけていない。
手加減されているとはいえ、直接叩きつけられた竹刀は痛かった。

『ディーン、良かった…!』

 タケルはディーンを抱きしめる。

『この声は…!』

 ドアを開けて、ハヤトが飛び出してきた。後ろにはロビーもいる。

「魔術師様、文字覚えてきました!」
『翻訳開始……翻訳完了。便利な人様、文字を覚えてきました』
『お前の翻訳システムは一度見直さないといけないようだな。しかし、ディーン。馬鹿な子だ。ワシの一言で、3年も……ロビー、翻訳。お前の両親は死んでいたのだな?』
『翻訳開始……翻訳完了』
「貴方の両親は死亡していますか?」
「あ…うん…」
『翻訳開始……翻訳完了。肯定』
『何故、早くに言ってくれなかったのだ。ならば対処くらいしたのに』
『翻訳開始…翻訳完了』
「早く言いなさい。そうしたら行動したのに」

 ハヤトはディーンを抱きしめる。ディーンが、受け入れられた瞬間だった。



妙な形の紐から、熱いお湯が降りかかる。

「うわ、熱い!?」
『じっとしてなさい、頭を洗ってしまいますから。えーと「動くな」』

魔術師の家はとても変わっていた。いつも驚きの連続だった。
言葉もロビーを介してなので、中々うまく伝わらない。
互いの言葉を覚えようにも、時間が掛かりそうだった。
お風呂から上がると、居間で風太が震えていた。

『ハヤトが壊した…僕が作った模型壊した……』
『よし、落ち着け風太』
『うわーーーーーーん!』

 ハヤトが風太を抱きしめ、タケルがディーンの前に出る。

「うわ、またか!?」

 風はすぐに収まり、風太はハヤトに抱きついてすすり泣いた。
風太のESPという能力については、この家に来て一番最初に説明を受けていた。
しかし、やはり驚いてしまう。
風太のESPは近くで食らうと怪我をするが、今のところハヤトとタケルが庇ってくれるので
問題は無かった。抱きしめると被害が少なくなるらしく、ディーンがいる時はハヤトはいつも風太を抱きしめてくれる。

『ほら風太、お花だよ』

 ハヤトが花を出すのを見て、ディーンも引き出しから杖を出した。

「ほら風太!俺もお花出せるぜ!」
『うー……』
『ほら風太、泣き止んでください、弟弟子に笑われますよ。唯でさえ年齢は越されてるんだから、頑張らないと』

 タケルがお菓子を出してくる。

『うん…』

 風太がお菓子を取って、ディーンにも渡す。
ディーンはお菓子と手品が大好きだった。風太のESPが怖かった時もあったけど、お菓子と手品で吹き飛んでしまう。それに、そのESPで風太はディーンの両親の仇を取ってくれたのだ。
文句があろうはずは無かった。最初は強くなりたかったディーンだが、ここに来てその考え方は変わりつつあった。
強い事も確かに大事だけど、人を笑顔にする事も大事だと思う。
ハヤトも、攻撃の術は絶対に教えてくれなかったが、楽しませる術については喜んで教えてくれた。
いつか、自分もハヤトのように魔物を退治して、泣いている子供達を笑わせるんだ。
ディーンはお菓子を受け取る。
風太がお菓子を食べると、微笑んだ。ディーンも笑い返す。

『こちらの子は、良い子過ぎていかんな。前はそんなに子供が好きではなかったんだが』
『ああ、それは私も思いました。風太もディーンも出来た子ですね』

 二人の子供が生み出す和やかな空間を恐れるように、ハヤトは少しだけ距離をとる。

『ワシ、最近子供に引っ張られすぎて怖いんだが。世界の中心がワシから子供らに政権交代させられつつある気がする……』
『二人に手を出したら百叩きですよー』

タケルがお茶を入れながら忠告する。
風太のESPから身を挺してディーンを守っている事からわかるように、ハヤトの危惧は、既に現実のものとなっていた。

「ハヤト師匠ー、一緒にお菓子食べようぜ!」

風太とディーンの無意識の攻撃は、休むことなくハヤトの心を侵略していくのだった。



しおり