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過去話 祝福

以前の剣が駄目になってしまったので、ハヤトがタケルと風太に刀を買ってくれた。
特に風太の刀は、タケルが学校の合間を縫って一生懸命探してくれたらしい。
風太が懸命に振っている刀は、老舗の骨董品店の片隅に置かれていたものだった。
蔵の整理で出て来た、登録されたばかりのその刀を見たタケルは、まだきちんとした鑑定もしていないと渋る主を押し切って
高額で買い取った。ハヤト持ちとはいえ大分高くついたその刀は、けれども値段に十分似合う美しさで、使うのが勿体無いほどだ。
武器無しの方がもっと危ないから仕方なく渡すけど、刀は切れすぎて危ないから気をつけなさい。
そう念押しされて渡された刀は、その刀身は美しく、ずっしりとした重さに威圧感があり、握ると手に吸い付くようで、風太は一発で気に入ってしまった。
翼や尻尾があっても着れる新しい着物も買ってもらい、もう嬉しくてしょうがない。
無我夢中で剣を振る風太を眺めながら、タケルとハヤトは七五三の相談をしていた。

『そろそろ七五三の時期だな』
『それで着物を?よくあんな特注の服用意できましたね。それに、風太は男の子でしょう?7歳は女の子ですよ』
『今は全部祝う事が多いそうだ。風太もせっかく着物を買ったのだし、正装の機会が欲しかろう。着物は適当なデザイナーにショーをするときモデルに光草で飾った道を歩かせたくないかと聞いたら快諾だったぞ』
『光草ですか…こっちでは道端にすら生えてるのに、育成者権とった上に雄花しか売らないなんて詐欺ですよ』
『研究費用の為だ。それにタケルだって風太の刀に大金を使っただろう』
『風太ももう7歳ですか。小学校の時の教科書持ってこないといけませんね』
『話を逸らすな、まあ教科書は助かるが』

 漏れ聞こえる言葉に、風太の胸は高まる。7歳とはきっと、特別な年なのだ。
5歳の時の七五三の時の儀式を風太は覚えている。
どこか神聖な感じのする不思議な場所に連れて行ってもらい、着飾って美味しいお菓子を食べた。
風太より少しおおきいだけの子供がいっぱいいて、少し怖くて恥ずかしい気もしたが、嬉しかった。
大勢の親子連れに混じっていると、自分とハヤトも本当の親子のように思えて、嬉しかった。
かわいいわねぇと見知らぬ女性に褒められ、くすぐったかった。
ゲイルというハヤトの友達にも会い、いっぱい褒めてもらって持てないほどのお菓子を貰った。
暴走を心配して早々に帰る事になったが、楽しかった。
風太は更に熱を入れて素振りを振る。いい子になって、暴走を抑えて、なんとしても連れて行ってもらわないと。
そんな風太の気持ちが伝わってしまったのか、タケルは笑っていった。

『風太も行きたいようですね。ハヤト一人じゃ心配ですし、私も行きます』
『本当!?タケル師匠!』

 風太が思わず弾んだ声をあげると、ハヤトも頷く。

『護衛がいた方がなにかと便利だからな。よかろう』
『夏休み以来、皆完全にハヤトの護衛扱いですね。まあ、私がそう言ったんですけど』

 夏休みの間、ハヤトはタケルの両親にジャングル旅行に連れて行ったと説明していた。
傷だらけになったのは、自分の護衛をしてくれたからだと。
護衛代も送金されており、帰ってから両親にお金で命は買えないのだと大分怒られた。
窮したタケルが、科学者で以前危険な目にもあったハヤトを守りたいからと言ったのだ。
風太とハヤトを頭の中で置き換えての熱烈な説得でタケルの両親は納得したが、
以来、タケルはハヤトの護衛として見られている。将来はボディガードにでもなるつもりかと。
タケルからしたら嬉しくない誤解だが、その方が都合がいいのでそのままにしている。
そして、こうして頻繁にハヤトにここに連れてきてもらっては風太の世話をしてくれる。
ハヤトは研究時を除くと時々しか相手をしてくれないので、風太はタケルが大好きだった。
風太はつい、素振りをやめてタケルの元へと駆け寄る。

『タケル師匠も正装するの?3人で写真取るんだよね?』

 風太が言うと、タケルはちょっと考える振りをした。

『風太、稽古中は?』
『敬語です。3人で、写真取るんですよね?』

 タケルは笑っていった。

『そうですね、せっかくですから』
『わーいです~』

 七五三が楽しみだった。この日だけ、この日だけは暴走してはならない。風太は硬く心に誓った。



『どうしたんだい風太くん!その翼、本物?本物なのか!?』

 ゲイルは、手を震わせながら風太の翼に触れた。
Tシャツにジーパンという軽装で現れたゲイルは、神社の鳥居の所でハヤトと風太を待ち構えていた。
オールバックにした金髪に、青い瞳。自分と同じ髪と瞳を持つ豪快なこの男が、風太は嫌いではない。
若くしてESP研究所という所の所長だというゲイルは、ハヤトが風太を拾ってからの相談相手だという。

『衣装に決まっているだろう』

 ハヤトはゲイルの手を掴んで風太の翼から外しながらいう。

『でも暖かいよ?脈も感じるよ!?風太くん、まるでデビルのようじゃないか』
『気のせいだ。仮に本当だとしたら、ゲイルの所に風太をやる理由がなくなったな。そちらじゃ風太は迫害の対象になるか悪魔崇拝の輩に目をつけられるかだからな』
『それが目的で移植したんじゃないだろうね?』
『どうかな?』
『君は本当に情報をくれないね!僕からは情報をたくさん引き出すくせに。移植というのは冗談だよ。君がかわいい風太くんにそんな事をするはずがないからね』

 ゲイルは風太の頭を乱暴に撫でた。風太がゲイルに手を伸ばすと、苦も無く抱き上げてくれる。
ハヤトでは中々できないことだった。

『かるいなぁ、風太くん。どうせハヤトはろくな料理をしてくれないだろう、僕の研究所においでよ。助手のセシリアの料理はとっても美味しいんだ。一日だけでも健康診断に来てくれないかい?』

 この誘いはいつもの事だった。脳波の調査やESPの発動テストもした事がある。
ゲイルは変わっていて、緊張のあまり暴走してしまった時、怒るどころか大喜びしていた。
そのこともあって、風太はゲイルに対しては気楽でいられる。ゲイルの家の子供になるつもりは無いが。

『ゲイルさん、僕、新しいESPが出来るようになったんだよ!居合い切りっていうんだ』
『サムライの技かい?それはぜひ見たいね!ああ、君が協力してくれたらどんなに研究費が増えるか!』
『今隠し持った風太の髪の毛を出せ、DNA調査はさせん。へんな結果がでたら離してくれなくなるだろう』

 ハヤトとゲイルがもみ合っていると、手水舎で手を洗っていたタケルが二人の頭をはたいた。

『子供を抱っこしたまま争わないで下さい。それにお祓いが先でしょう』

 風太はゲイルに下ろしてもらい、お祓いに向かった。



神社がごく薄く、光っているように思えて、風太は目をこする。それに、前に感じた神聖な雰囲気が増している。
 なんとなく不安になりながらお祓いの儀式をしてもらっていると、
突然、ふわっと白い光が奥からやってきて、風太の中に入った。
一瞬の出来事に、風太は目を丸くする。幻覚だろうか。何かおかしい。不安になって、風太はハヤトの裾を握る。

『はやく帰ろう?』
『ワシはこれから用事がある。タケルとゲイルとお家で待っていなさい。好きなものを一つだけ買ってあげるから』

 ハヤトがいないのは寂しかったが、好きなものを一つという条件は魅力的だった。
こちらの家には、危険な実験をする為の頑丈な部屋もある。そこなら、居合い切りを見せられるだろう。

『おや、僕も行って良いのかい?』
『血液検査の結果はやらんが、実験データは見ていくといい。風太のESPはどうにも見ないタイプでな。意見を聞きたい』
『よし!ハヤトの家に急ぐぞ、ほら、風太くん!』

 ゲイルが風太を抱き上げると肩車をして駆け出す。風太はゲイルの頭にしっかり抱きついて笑った。



その日の午後。ゲイルにサムライだニンジャだと褒めちぎられ、3回も居合い切りを放ち疲れた風太は、ゲイルの膝で昼寝をしていた。
そして、幸せな夢と不幸な夢の両方を見た。
風太を呼ぶ声が聞こえて、風太は目を覚ました。森の中だった。
ハヤトが、風太を呼んでいた。ロビーもタケルも一緒じゃないのに外に出るなんて、危ないな。
風太はそう思って、急いで駆けていく。
ハヤト。大好きなハヤト。ハヤトに危ない目にあって欲しくない。
ハヤトが他の魔物に取られるなんて許せない。
ハヤトの目の前に立つと、ハヤトはいつもと様子が違っていた。
先程までは笑顔で呼んでくれていたのに、風太が降り立つと何故か恐怖を見せていた。
そして、不思議な事に、風太はそれが嬉しかった。
いつの間にか風太の隣には女の人がいた。綺麗な女の人だった。風太が見上げると、女の人は風太に優しく微笑み、頷いた。

 そして風太はハヤトに飛び掛る。ハヤトは逃げようとする。押さえ込む。牙を立てる。血をすする。


 ああ、僕はハヤトと一つになるんだ。ハヤトとずっと一緒にいられるんだ。

 今まで食べたどの肉よりも美味しかった。
 ハヤトの悲鳴は耳に甘く、一生忘れないと思った。
ハヤトを食べると、体の中が熱く、力が込み上げてきて、衝動のままに風太は叫んだ。

 ああ、ああ、僕は今、なんて幸せなんだろう。ようやく成長できる。ようやく完全になれるのだ!

体が内側から押し広げられるように大きくなる。心地よい痛みと共に、風太は15歳ほどに成長していた。

ハヤトを食らうと、女の人が僕を褒めてくれた。

そして女の人は僕に手を伸ばしてくれる。二人で一緒に旅立つために。

風太の翼が強く羽ばたく。次の瞬間、風太は森の上を飛んでいた。


自由だった。


冷たく気持ち良い風。一際力強く羽ばたくと、風太は上昇した。景色がとても美しかった。
隣を見ると、女の人がいた。彼女の背にも、いつの間にか翼が生えていた。
風太と同族の女の人。彼女は優しい目で風太を見つめる。
風太が手を伸ばすと、女の人も手を伸ばしてくれた。
二人手をつないで空を飛ぶ。女の人の手は、とても柔らかかった。
僕は強くなるだろう。この女の人に教わって。僕は強くなるだろう、空を手に入れて。
僕は、幸せだ。僕は幸せだ。僕は幸せだ。僕は幸せだ。僕は幸せだ。僕は幸せだ。僕は幸せだ。僕は……
僕は……
僕 は …・…

見下ろすと直前までハヤトだったものの残骸があった。
だが、それがなんだと言うんだ。ハヤトは、風太の中にいる。風太と共にいるのだ。
例え、もうチョコレートを渡してくれなくとも。



意識が暗転する。次の瞬間、風太は一転して衰弱していた。
体も以前と同じに戻っている。
そして風太は、震えて部屋の中にいた。
内側から溢れる衝動を必死に抑えて。

「9769………………………9781……9787……………………9791……9803……」

 ひたすらに、縋るように素数を数える。風太は、不完全だった。ハヤトが食べれなければ、風太は擬態を解けず、大人にはなれない。
栄養を取れば取っただけ、それは風太の中で圧縮される。
風太が大人になる日まで。風太がハヤトを食べる事を我慢できなくなる日まで。
魔物の肉を食べないわけにはいかなかった。もう吸収できないという所まで食べておかないと、ハヤトから力を吸い取ってしまう。必要に迫られ、無理に引きずり出された翼は小さく、飛ぶ事はできない。力を抱え込み、衝動を抑え、風太は部屋に篭り続ける。
苦しかった。自分が化け物である事を思い知らされて。
苦しかった。ハヤトを食べてしまうかもしれないという恐怖が。
苦しかった。開放を願って暴れまわる力が。
風太は死ぬまで大人になれないだろう。心も、体も。
その翼は一生涯風を切ることはないだろう。
風太は誇り高い妖魔ではなく、醜い化け物として生きていくだろう。
風太は不幸だった。ハヤトが扉を開ける。
突然差し込んだ光に驚く風太に、ハヤトは言った。

『遅刻するぞ!学校は怖いものじゃないと言ってるだろう』

 ハヤトは風太を全く理解してくれなかった。
風太の苦しみなど全くの無頓着だった。
そして当然のように言うのだ。ESPは使うなと。
この日増しに大きくなっていく、内側から食い破りかねない力を、常に押さえ込めと。そして風太は、本能が強制する小さな体と、優しい性格で笑って言うのだ。

『はい、行って来ます』

 風太がドアに向かうと、ハヤトが手を伸ばす。
風太は、その手を取った。暖かい手だった。



『風太、寝ているのか』

 ハヤトの声で目が覚める。風太はぼんやりとしながら起き上がった。

『ハヤト…僕…大人になりたい……』

 ハヤトの所へ、一歩、二歩と近づく。ハヤトの裾を掴む。

『ハヤトを食べたい……』

 風太は、途端に素早くハヤトの体をよじ登った。
 ちょうど何かを取り出そうと懐に手を入れていたハヤトは風太を支えきれず、後ろに倒れてしまう。
風太はハヤトに馬乗りになり、ハヤトの耳元に囁いた。

『ハヤトと、一つになりたい…』

 ゲイルは慌てて風太を止める。

『おい!それは早いぞ少年!!いやそれ以前に男同士だから!ハヤト!お前の教育はどうなって……!』

風太はすっと顔をあげる。口を開けると、みるみる牙が長くなる。
風太は牙を振り下ろした。
その牙が首筋に刺さる直前、ハヤトは頬を赤らめて言った。

『風太に食べられるなら……』
『天誅ーーーーーーーーーーーーーー!!』

ハヤトが風太を抱きかかえて転がる。竹刀がハヤトの頭があった場所を激しく打ちのめした。
起き上がったハヤトを、竹刀を捨てたタケルが思い切り殴る。

『風太になんてことを風太になんてことを風太になんてことを』

 ぶんぶんとハヤトの襟を掴んで揺さぶるタケルを、風太は必死で止めた。

『やめて!ハヤトが死んじゃう!!』
『離しなさい風太!』
『離さない!僕、ハヤトが死んだら嫌だもん!ハヤトが死んだら嫌だもん!ハヤトが……』

風太はいつの間にか泣いていた。
泣きながら縋りついて来る風太を無視する事は出来なくて、タケルは風太を優しく抱き上げた。

『かわいそうに、こんなに泣いて』
『だって、タケル師匠がハヤトを殺そうとするから…』
『風太は初めから泣いてたじゃないですか』

 風太は首をかしげた。

『え……?』
『私が竹刀を振り上げる前に、もう泣いてたじゃないですか』

 風太は自分の頬に手をやった。涙が後から後から流れ落ちてくる。

『僕、泣いてた…?どうしてだろう』

 大人になれる事は、幸せのはずなのに。食べる事は、その人とずっと一緒にいる事のはずなのに。
ハヤトを食べれば、風太は幸せになるはずなのに。

『どうしてだろう……』

 風太は夢の中の自分を思い出す。
幸せだったはずなのに。いや、本当にそうか。自分は幸せだったのか。
ハヤトを死なせて。ハヤトに怖がられて、本当に幸せだったのだろうか。
自分は幸せだと必死に言い聞かせてはいたが、あの時も風太は泣いていたのではなかったか。

『僕、ハヤトが死んだら嫌だ…』

 幸せなはずが無い。風太がハヤトに手を伸ばすと、タケルが風太を下ろした。
風太はハヤトの胸に顔をうずめ、しっかりとしがみついてすすり泣いた。

『難儀な子だな。結局風太の望みはなんなのだね』

 ハヤトが呆れたような声で風太に言った。
別に風太が自分を食おうと思おうが生きて欲しいと思おうが全く気にしていない声だった。
ハヤトはいつもそうだった。恐怖なんて無縁だ。風太の悩みなんて無頓着だ。
例え風太がどんな化け物だろうと、ハヤトは拒絶する事などないだろう。
育ての親が受け入れてくれないからという、多くの妖魔が使ってきた言い訳を風太は使えない。
衝動の意味を知った今、風太は自らの意思で将来を決めなくてはいけなかった。

『僕、ハヤトと一緒にいたい。大人になれなくていいから、ハヤトと一緒がいい』

 そして、魔物の肉を食べ続けて、いつか空気を入れすぎた風船のように破裂して死ぬのだろう。空を飛ぶ事も無く。常に衝動と戦い続けて。それがこのぬくもりの代償だった。

―よく選んだ、妖の子よ。

声が聞こえた。風太の内側から、暖かいものが広がる。
内側から溢れた白い光に、風太は包まれていくように感じた。
荒れ狂う情動さえも柔らかく包んで。
風太の瞼の裏に、白い光が浮かんだ。
白い光がいっそう強く輝く。
風太はその光を浴び、自らが清められるのを感じた。

―琥珀を肌身離さず持ち、年に一度参拝に来るがよい。それで人として生きられよう。

声を聞くうちに、気がつけば風太は眠りに落ちていた。蝶のさなぎの様に、風太には眠りが必要だった。



『なあ。風太くんがあのまま首に噛み付いていたら、ハヤトは……』

ゲイルは、眠る風太の唇をめくる。今は牙は小さくなっている。それでも、その牙の大きさと鋭さは人間にはありえなかった。

『風太はハヤトに噛み付きませんでしたよ。私が止めなくとも』

 願望に限りなく近い予測を口にして、タケルは風太の頬を撫でた。風太がハヤトに牙を突き立てていたら、タケルはどうしただろうか。
あの時、薄々タケルは本当の状況に気づいていた。気づいていて、勘違いした振りをした。
今回はそれでよかった。次はどうする。その次は。
風太は大人になれなくてもいいからハヤトと一緒にいたいといった。
それは大人になるには風太を食らわないといけないという事の裏返しではないか。
風太が哀れだった。風太の種族が哀れだった。本能と理性の板ばさみになって、泣いていた風太の顔を思い出すと、
胸が締め付けられるようだった。

『まあ、肉食なのは初めから知っていたしな。内臓の作りからして違うし』

 当然のようにハヤトは言う。

『ハヤト、本当に俺の研究所に預けてみる気は無いか?ハヤト一人には荷が重いと思うぞ。これでも俺は風太くん一人くらい守れるつもりだ。それに、この子は本当にデビルなのかもしれない。これ程攻撃性に優れたESPを、俺は見た事が無い。しっかりした機関の管理下におくべきだ』
『風太はワシのモルモットだ。こんな珍しい生物渡すわけなかろう』

 ゲイルの申し出をハヤトは却下する。

『それに今更どうこう言われんでも、わかっとるわ。風太をここまで育てたのは誰だとおもっとる』

 ハヤトが風太を撫でると、風太が寝返りを打ってその手を抱きかかえた。

『いやーしかし……ワシ本当にやばいかもしれん。風太がかわいくて』
『ハヤト……まさか本当にショタに転んだなんて言わないでしょうね』

タケルが竹刀を握る。ゲイルは、苦笑いした。

『ハヤトには勝てないな。君が困る姿を、一度でいいから見てみたいよ』
『いま現在困ってるではないか。風太のハニートラップとタケルの竹刀に挟まれて』
『ハハハ。おや、これはなんだい?』
『今日、風太の養子の手続きと遺言の手続きを終わらせてきた。その書類だ。風太が翼を引っ込められたら、学校に連れて行ってやるのもいいな』

 遺言。さらりと言われたそれは、重い意味を持っていた。
ハヤトの命は薄氷の上にある。タケルは唇を噛んだ。ハヤトの考えは昔から読めなかった。
タケルは知らない。ハヤトが懐に銃を隠し持っていた事を。
風太の涙と、タケルの竹刀が発砲を、悲劇を食い止めた事を。
タケルは知らない。この日が風太にとって、重大な転機となった事を。
風太とハヤトを救う。タケルの与えたきっかけを元に、あの夏の誓いが守られた事を。
これ以後、風太の衝動は唐突になりを潜める事になる。


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