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風太とタケル

『見たとおり、ここは物騒でな。風太に武術を習わせたいのはその意味もある』
『空手や合気道でどうにかなるわけないでしょう!せめて何か武器がないと無理ですよ!』

 タケルはタオルで口を押さえながら言う。タケルが死を間近に見たのは、これが初めてだった。
 目前に迫った嘴。飛び散った血。ロボットの持つ銃。
 ショックが大きくて、タケルは眼が覚めてすぐに嘔吐してしまっていた。
 ちょうど目覚めたらベッドに寝かされていたし、このままぐったりと寝込みたいところだが、風太の為に、自分の為にここは論争に勝たねばならなかった。

『ロビー、武器を出せ』
『武器です』

 ロボットが口からペッと剣を吐き出す。何の飾り気も無い剣が吐き出される。
がらんがらんと音を立てて床に転げ落ちた剣、その柄には僅かに血が付着していた。

『この間手に入れた剣だ』
『素人目にも使い込んだ感じのあるこの剣はどこで手に入れたんですか!大体、剣では力不足です。せめてマシンガン…じゃなくて!戦うんじゃなくて!帰りましょう、安全な日本に。第一、ここは一体どこなんですか!』
『タケルの夢の中』
『え!?』

 タケルは思わず自らの頬を引っ張る。痛い。

『こんな場所あるわけなかろう。夢の中でもない限り』

 そう言われると、信憑性を帯びてくる。タケルは急に不安になった。
夢と現実は、どうやって区別をつけるというのか。
しかし、夢を見ているときとは、こんなに意識がはっきりしているのだろうか。

『おお、信じたか。というわけでタケル。どうせ夢の中なんだから夏休み消費しても構わんだろ。しっかり風太に教えるように。ロビー人前に出せないし、護衛がいないとどうにも動けんからなここは。銃は諦めろ、近代の武器がこっちに拡散するような可能性は僅かでも無くしたい。タケルのことだからこっちの人間が困っていたら渡しかねん。風太にも今のところ渡すわけにはいかんな』

 夢か現実か悩むタケルを置いて、ハヤトは部屋を出て行ってしまう。

『どうせ夢なら、ハヤトを殴ってもいいでしょうか…』

しかし、蚊を叩く際にすら罪悪感を感じるタケルに、試合や稽古以外で人を殴るなどできるはずも無かった。


その日の食事は大量の肉と一匹の小さな魚、漬物、そして味噌汁だった。
風太は喜んで、小さな体のどこに入るのか、片っ端から食べている。
しかし、タケルは見逃さなかった。ハヤトが食べるのは魚だけで、全く肉に手をつけないことを。

『ハヤト…これ、何の肉ですか?』
『鳥肉と馬肉』

 沈黙が落ちる。肉は明らかに一種類だった。

『………安全なんですか』
『気にするな、全て夢だ。風太はこっちの人間だし、成分分析は終えてある』
『夢にしては、学校の鞄とかその中の宿題とか、やけにリアルですが』
『夢と言う事にしておけば、幸せになれるぞ。現実だとしても、風太に武術教えるまで帰さないし』

 タケルは席に着き、漬物をゆっくりと噛み締める。ハヤトを脅してどうにかなるはずは無かった。
一介の学生であるタケルとハヤトでは、踏んでる場数が違う。
ハヤトは以前誘拐されかかった事がある。そのときもハヤトはロボットや機械をうまく使い、犯人を死なせた。ハヤトは誘拐されかかった時に怯える様子も無く、犯人を死なせてしまった時に後悔する様子もなかったと言う。そのときの事を聞くと、ワシが死ぬか誘拐犯が死ぬかで、ワシは死ぬつもりは無いと当たり前のように言われた。決定的なハヤトとの距離を感じた瞬間だった。
このままではどの道風太は危ないのだし、武術を教えるしかないだろう、時間を稼ぎながら、風太だけでも救う方法を考えないと。
タケルはため息をついた。




『あれは兎あれは兎あれは兎』

 角の生えた兎と相対しながら、タケルは呪文のように唱えた。

『タケル師匠、頑張ってください!』

 訓練中は敬語で話すようになった風太が応援する。
タケルが刀を振ると、兎は真っ二つになる。命が掛かっているからか、実践を何度も積んだからか、
タケルの剣道の腕は飛躍的に伸びていた。風太も成長目覚しく、ここへ来たばかりの頃のタケルなら一本取られる事すらあるかもしれない。
タケルは兎を鞄に入れると、風太の手を引いて家路へとつく。
帰り道に珍しい色の光草を見つけ、摘んで帰る。
悪夢は覚める気配も無く、風太を日本に連れて行くという説得は失敗し続けていた。
それどころか、こっちがすっかり順応してしまっていた。
魔物に怯え、命を奪う度に寝込んでいては、とてもではないが生きていけない。
説得方法が悪い事もわかっている。育て親から引き離し、孤児院に預けるなどと。
しかも風太は、難しい子だ。
「こっちの」人間だからか、たまに妙に凶暴になる事がある。
風太が必死に衝動を抑えようとする様子から見て、ただ反抗期だからというわけではなさそうだった。
そして、そんな時必ずESPを暴走させた。風太の心に吹き荒れる嵐を再現するかのように。
これでは、里親を探すどころか学校に通わせるのも難しいだろう。
しかし、一介の学生であるタケルが子供を引き取れるはずも無い。
風太にとって、どちらが幸せなのか。ハヤトは風太に対して驚くほど柔らかいが、それでも元が悪すぎた。謎が多く、狂科学者と言われたハヤト。
誘拐犯を死なせて、眉一つ動かさなかったハヤト。タケルを攫ってきたハヤト。
グリフィンをロビーに撃たせたハヤト。剣を投げ渡したハヤト。
昔見た冷たいハヤトの顔と、何気なくチョコを差し出してやるハヤトと、チョコを口に含んで照れたように笑う風太の姿がタケルの頭にちらつく。
しかし、この危険な場所で、幼子にどうやって暮らして行けと言うのだ。
しかもこの場所の言葉を風太は知らない。
町に仕掛けた監視カメラの映像を使い、ロビーに入れる翻訳システムは進めているようだが、ロビーを町には連れて行けない。
うじうじと悩んでいると、風太が小さく手を引いてくる。

『タケル師匠、やな感じがします』

 タケルも精神を集中するとぞわぞわするものを感じる。
タケルも風太も、ここ一ヶ月の生活で、気配がわかるようになってきていた。
狙われている。刀を構え、周囲を見回し、耳を澄ます。
羽音にふと顔をあげると、グリフィンがいた。
風太を伏せさせ、刀を構える。大型の魔物だ。しかも空を飛ぶタイプ。
逃げる事は難しいだろう。ならば倒すしかない。
以前ならば決してしなかった考え方だった。同じ選択をしたとき、タケルはハヤトを軽蔑してしまった。なのに、今、タケルは同じ選択をしている。自分の為に。風太の為に。

『あれは鶏あれは鶏あれは鶏』

 自分をごまかしつつ、タケルは刀を振るった。ごまかしでもしなければ、やってられなかった。
振るった刀を翼で跳ね返され、タケルは吹っ飛ばされる。
なんで自分がこんな事を。理不尽な思いに何度も何度も打ちのめされ、夢か現実か迷ってきた。
そう、こんな事あるはずないのだ。こんな生き物、いるはずないのだ。
そうタケルが躊躇している間に、グリフィンは風太に眼をつけ、嘴を振りかざした。
タケルは力いっぱい跳ね起きて、刀を握り締めて走った。

『いやあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!』

 だからこれも夢だ。化け物に刀を振りかざしてる事も。足元で震える小さな命も。
刀の感触も、化け物の背筋が凍るような悲鳴も、飛び散る血も。
タケルの渾身の一撃は、グリフィンの首元を深く切り裂いた。
グリフィンは悲鳴をあげながらタケルの方に嘴を振り回してくる。
刀がグリフィンから抜けなくなってしまった上にその刀を手放してしまったタケル、その目の前にグリフィンの嘴が迫ったその時、風太が吠えた。

『タケル師匠に手を出すなああぁぁぁぁぁ!!!』

 グリフィンの足元で突風が爆発するように吹き荒れる。その風はグリフィンを切り裂いていく。
グリフィンは風に煽られていななくと、走って逃げていった。
首に刺さっていた刀が木にぶつかって外れると、グリフィンは悲鳴をあげる。血しぶきが上がる。
あれでは長く生きてはいられないだろう。少なくとも、こちらに戻ってくる可能性はほとんどない。

『タケル師匠…タケル師匠!?』

 風太はタケルもまた切り裂いてしまった事に悲鳴をあげる。
タケルは傷ついた体を引きずって、風太を抱きしめた。

『このままじゃ、いけない…。絶対にいけない』

 何が夢だ。何がハヤトに勝てるわけ無いから、だ。
このままではいつか必ずタケルも風太も死ぬ。
いや、タケルはいい。夏休みが終われば、返すと言っているのだから。
それまでどうにかすれば良いだけの話だ。
でも、風太は。荒れ狂う力を背負う、小さな子供は。
タケルはきつく風太を抱きしめた。
その日、夕食が終わるとタケルはハヤトを呼び出す。

『また、いつものここはどこだ、日本に返せ、か。これは夢でもうすぐさめるから気にするなと言っておるのに』
『いい加減にしてください。いつまでも夢だ幻だ気のせいだでごまかせるとお思いですか』
『今までごまかされておったくせに…』

 タケルはぎっとハヤトを睨む。

『風太を孤児院へ。今よりも、ずっといいはずです。命の危険に晒されるよりは。
もう、ここはどこだとか、そんな事は追求しません。風太さえ孤児院に連れて行ければ、それでいい』

 ハヤトは言い含めるように言った。
『風太は元々こっちの人間だ。更に言えばワシが拾わなければ死んでいた命だ』
『ハヤト……なんて事を!!』

 まるで風太が死んでも構わないような言い様にタケルは激怒した。やはり、ハヤトはハヤトだったのか。

『大体、あの子はESP持ちだ。孤児院でやっていけると思うか?ESP研究所が即里親に名乗り出るだろうな。実際、風太を引き取らせて欲しいと言っている所はあるし』
『そんな……』

 タケルは愕然とした。風太の存在を他も知っているのか。しかも、研究者。

『それでも、あの子は孤児院に預けるべきです。今日だって、殺されかけたんですよ!』

 タケルが叫ぶと、背後でガタンと言う音がした。
振り返ると、風太が青い顔で立っていた。

『ごめんなさい…タケル師匠、ごめんなさい…』

 ぽろぽろと涙を流して、風太は駆け去った。
タケルはそれを呆然と見送る。自分は今、なんと言っただろう。それは、風太に多大な誤解を与えはしなかったか。
タケルは我に返り、走って風太を追いかける。
風太は自分の能力を、凶暴性を気に病んでいた。タケルの言葉は、どれほど風太の心を抉ったろう。
風太は森の奥深く、光草の野原の方向へ駆けて行く。念の為剣を握り、タケルは走った。
風太はわりと高い身体能力を持っている。一瞬見失うが、すぐに風太の悲鳴が聞こえてきた。

『風太!!』

 息を切らせてたどり着くと、風太の目の前に、昼間にあったグリフィンがいた。
生きていた事にも驚くが、その気迫に気圧される。
グリフィンは血走った眼を風太に向けていた。風太に向かい、グリフィンが突っ込む。
タケルが風太を抱きかかえるのと、風太が恐怖で暴走を引き起こすのは同時だった。
その嘴で、タケルの背中の肉が抉り出される。風太の暴走で、肌が切り裂かれる。

『タケル師匠!タケル師匠!! ごめんなさい。僕が化け物だから、ごめんなさい!』

 風太が泣きじゃくっている。痛みに呻きながらも、タケルは笑った。もう逃げない。
これは夢だとか、あれは鶏だとか、もう自分をごまかしたりなんてしない。
グリフィンが怯み、一瞬離れてくれる。タケルは剣を握り、よろよろと体を起こした。

『大丈夫ですよ、風太。子供を守るのは大人の義務。必ず守ります、化け物からも、ハヤトからも』

 ふらふらとしながらも、剣を振るう。風が途絶えたのを見るや、襲ってきたグリフィンの嘴をタケルは剣で受けた。
剣が、折れる。グリフィンの前足が、タケルを殴り飛ばした。

『タケル師匠!!』

 グリフィンはタケルに前足を乗せ、嘴を振りかぶった。
風太は飛び起き、グリフィンに掴みかかった。

『風太!逃げなさい!!』

 翼に弾き飛ばされ、それでも風太は諦めない。力が欲しかった。タケル師匠を救う力だ。
無差別に傷つける力でなく。そして、それはタケルから貰っているはずだった。
風太は折れた剣を拾い上げ、タケル師匠に教えられたように、突っ込んでいった。

『タケル師匠を放せーーーーー!!』

 折れた剣が淡く光る。闇夜を照らす光草のように。
グリフィンに当たると、それはグリフィンの翼をやすやすと切り裂いた。しかし、同時に剣も砕け散る。
グリフィンがタケルから風太に攻撃対象を移す。
タケルは、風太に危害を加えさせまいと、グリフィンの足にしがみついた。
グリフィンが嘴を振るい…風太は牙を剥いた。
一瞬の出来事だった。風太の背中を内側から裂くようにして翼が現れ、いつのまにか生えていた牙がグリフィンの喉元に食いつく。
爪が鋭くグリフィンの喉を掴み上げ、掴んだ箇所からは血が出ていた。
タケルは眼を疑う。その後の惨状は眼を背けんばかりだった。
タケルはようやく理解した。風太を孤児院に預ける?そんな事、出来はしない。
風太もこちらの世界の生き物だったのだ。風太も化け物だったのだ。
人であろうとしたのに、あんなにも力に怯え、自らの持つ凶暴性に怯えていたのに、タケルの為に、化け物になったのだ。
倒れたグリフィンの肉を引き裂き、更に食らっていた風太は、泣いていた。
泣きながら、肉を食らっていた。そして、ゆっくりと顔をあげる。

『タケル師匠、僕は化け物だ』

 タケルはゆっくりと首を振って否定する。

『違います』

 嘘だった。化け物だと思っていた。恐ろしいとも。

『もう、ハヤト師匠のところにいられない』
『ならば、私が引き取りましょう』

 不可能だった。可能だとしても、一生座敷牢に閉じ込めておく事になるだろう。
しかし、ハヤトの傍に置く事もできない。ハヤトはあんな人間だが、だからって危険に晒す気にはなれない。
厳重に閉じ込められた研究室で、一生を。あどけない少年に許された道は、それしかないのだろうか。

『なんだ、ようやく羽が生えたのか』

 そこへ、ようやく追いついてきたハヤトが言った。

『『ようやく!?』』

 驚いて二人が振り返ると、ハヤトは驚愕の表情で懐中電灯を取り落とした。
恐らく、口から血をたらした風太の様子に驚いたのだろうと思ったが、ハヤトの口から出たのは驚愕の一言だった。

『ワシは…ワシは今日からショタコンか!?』

 タケルは思わずその辺の石を投げつける。それは見事ハヤトに当たった。










『痛いぞ!何をするタケル』
『ショタってなんですかショタって』
『いや、可愛らしい翼!尻尾!八重歯!こんなどっかのエロゲーに出て来そ…』

 タケルはもう一度石を投げた。ハヤトが狂った。狂ったに違いない。
確かに、今の風太の容貌は子供向けのアニメや漫画にでも出てきそうなベタな悪魔姿ではあるが。
そして髪は金髪のサラサラで瞳は海のごとき美しい青、容貌は幼く顔立ちはふにふにで格段に愛らしいが。
タケルの体は何故か自然と風太の前に出てきていた。ハヤトから隠すかのように。

『風太。その翼、しまいなさい。でないとこの変態が何をするか…』
『ワシをなんだと思ってるんだ』
『ショタコンでは?大体、ハヤト知っていたのですか。風太の事を』
『だって捨てていった親見たからな。当然だろう』

 絶句する。全て知って傍においていたのか。

『さて、帰るぞ風太。この鶏料理しないと。風太はよく食べるからな~』

 そうだ、ハヤトはいつもこの世界の生き物の肉を大量に食べさせていた。
それは、風太を止める為だったのだろうか。
ロビーがグリフィンを引きずる。風太が呆然としているうちに、タケルも言った。

『帰りましょう、タケル』
『あ……でも、僕……僕、化け物だから。翼も生えちゃったし、尻尾も』
『翼?尻尾?そんなもの生えるわけないじゃないですか』

タケルはハヤトほど柔軟ではない。そのままの風太を、受け入れる事は出来なかった。
だから、無かった事にする。ハヤトから引き離さなくてすむように。
孤児院に連れて行くこともできなくなってしまったのだから。
風太の居場所は、ここしかないのだから。風太の生まれたこの場所しか。
そして、常人離れしたハヤトだからこそ、風太の良き親になれるのかもしれない。
本当は、自分の出る幕など、無かったのかもしれない。
……とんだ欺瞞だった。いつか、自分の見なかった振りを後悔する時が来るのだろう。
風太を始末しなかった事すら後悔する日が来るのだろう。
風太を魔物住む地の狂科学者の巣に見捨て、魔物の巣にハヤトを見捨てた。
あの丘の上の小さな家を黙認する事は、そういう事だった。
タケルは、自分の弱さを噛み締める。この小さな手では、何も救えはしない。

『風太があんまり可愛いから、幻覚が見えたんだろう』
 
 ハヤトが当然のように血まみれの風太に手を伸ばす。
タケルが風太に問うた。

『風太、ハヤトの傍にいたいですか?』

 風太は眼を見開いた。

『傍にいたい…ハヤト師匠の傍にいたい。孤児院なんて行きたくない…』

風太が手を伸ばす。その手は、ハヤトの手としっかりと繋がれた。
その手が、タケルの眼には鎖に見えた。
互いを人に縛るか細い鎖。化け物と狂科学者の親子愛は、救いをもたらすのだろうか。

タケルは風太のもう一方の手を掴む。手をつなぐのすら怖かった。
そんな自分を無理やり振り切る。自分の小ささが悔しかった。
強くなると今決めた。いつか鎖が切れた時、二人を止められるように。

『いつも傍にいるじゃないか。ほら、帰るぞ』

ハヤトが促す。丘の上の一軒家に向かい、3人は歩き出す。
遠く眼を凝らすと、窓に飾った光草が、道しるべのように小さく輝いていた。

しおり