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セルウィ視点 1

 ラーグ・ギルディ・ウィルグリム。
 王子の地位すら危うくする、大天才。
 その美貌は神の作った彫刻のよう。剣を持たせたら新米兵士と同程度。勉学をさせたら学徒並み。魔法を使わせれば一流の戦士並み。
 たった7才の子供が、隣国にまで鳴り響く名声を鳴り響かせる異常。
 ずっと、ラーグを羨ましく思っていた。
 公爵家という微妙な血筋で、お家騒動になりかねないというのに、ラーグは大事にされていた。
 私は、ラーグに対して諦めの様な感情を抱いていた。
 絶対に敵いっこない、全く住む世界の違う、100年に、いや、1,000年に一度の大天才。
 だからこそ、同じ学校に通うと知ったときは驚いた。
 役立たずの妾の子でも、偵察ぐらいはしてみせろ、との言葉。蔑むような目。
 比べること自体が間違っていると知りつつも、私は、ラーグに嫉妬していた。

 教室に入り、それでもラーグを探してしまう。
 ラーグはすぐにわかった。注目を浴びている、輝ける黄金の粗大ゴミ。
 それが、ラーグだった。
 
 素材は良い。彫りの深い顔に、まるで黄金のように光を弾く金髪。
 だが、その全てを台無しにする落伍者のオーラ!
 まるで蠅を幻視するほどに、それは既に死んでいた。

 彼は私をみると、一瞬荒んだ目をした後、魚の死んだ目に戻る。


 これは……。


 後じさりたくなりつつも、王妃から言われていたこともあり、何より何故こんな状態なのかと不思議でしょうがなくて、声を掛けた。

「ラーグ、私はセルウィという。なんというか……大丈夫か?」
「あー、セルウィ様。大丈夫です」

 棒読み。よろめくからだ。まるでネクロマンサーがゾンビを動かしているかのよう。
 いくら公爵の、王弟の息子といえど、そして私が身分の低い側室の王子であろうと、これはない。周囲の貴族達がハラハラした顔をしている。

「全然大丈夫に見えないな。……正直、私以上にやる気のない者がいるとは思わなかった。それが神童と名高かったラーグとはな」

 幻滅すると同時に、勝手に幻想を抱いていたことに気づく。それにしても、ラーグはどうでもよさそうだった。人生を捨てているとはこのことか。

「あー。それはどうも」
「目が死んでいるぞ、ラーグ。……まあいい。やる気がない者同士、仲良くしないか?」
「あー。どうも」
「……決めた。絶対にお前の心を開かせてやる」

 なぜか、私はやる気になっていた。いや、ムキになっていた、の方が近いな。
 神童ラーグと話してみたかったのかもしれない。
 ラーグのそれが、甘えのように思えたのかもしれない。
 自分の落ち込みなんて、神童の苦しみに比べたらどうでも良いものなんじゃないか……神童だって、神童なりに苦しみがあるんじゃないか。
 とにかく、私はこの生ける粗大ゴミを、人間に戻してみたいと思ったのだ。
 そうして、神童のラーグと話してみたい、とも。

 棒読み返ししかしないラーグに、懸命に話しかけた。
 そのうち、ラーグは私だけに心を開いてきてくれていることに気づいた。
 逆に言えば、自分の取り巻きも私の取り巻きも信用せず、彼らの前ではだんまりだ。
 私は、彼らを追い出す羽目になった。

 自分で茶を用意して、心ここにあらずのラーグの口に菓子を運んだりする。
 私は何をしているんだ。それでも、ラーグがポツポツと話してくれると、私は嬉しかった。
 ラーグの言葉には全て頷いた。
 そして、脱力した。
 ラーグの悩みは、当たり前でささやかなもので、そんなことがラーグは乗り越えられなかったのだ。
 だんだんと物陰から覗くように出てくるラーグの素は、素朴で引っ込み思案で人畜無害、それでいて積極的で粗暴。子供が転ぶのを見るだけでおろおろするほど優しいのに、自分の関係ないところでは冷淡。人懐こいのに人嫌い。鈍感なのに繊細。矛盾ばかりの不思議な性格だった。

 なんというか、ラーグは確かに美しいが、その美貌は似合わないな、と思った。
 彫刻のような美貌を、ラーグはくるくると粉砕して回る。
 死んだ魚の目、涎を出した昼寝顔、子供のような笑顔。
 アンバランスなラーグに、私は本当に友達になりたいと思いつつあった。
 ラーグの予測も出来ない言葉を聞くのが、楽しくて仕方がなかった。
 それと同時に、ラーグの良さを他の者達も知ってくれれば良いのに、と思うようになった。

「人の事は言えないがな。お前の取り巻きも、悪い人間ではないと思うぞ。真剣にお前の事を心配していた」
「今でも父上に要らねーことを色々報告してるけどな」
「それが仕事だ。……くくっそれが仕事だ、か。私も言うようになったものだな。……とはいえ、お前も私以外の友人を持ったほうがいいのではないか?」

 ラーグは、こう見えて人を良く見ている。観察眼は人一倍で、剣術の授業でも、八百長などを即座に見抜く。そして手加減されるとやる気を無くす。本気でこられると怖じ気づく。難儀な性格だ。
 それに、それだけ観察眼があるのに、性格を見抜くのは苦手らしい。
 私はそれを嘘だと思っているが。
 人の嫌なところも見抜きすぎてしまうから、人が怖いのだ。
 一日たりとも世話をサボれないという光月華のように繊細なこの男は、私がいるときだけ死体から人に戻る。その事に、私は多少の優越感と、私がこの光月華をせわしなくてはと言う謎の使命感を与えていた。

「本当は、やりたい事がたくさんあったのだろう? 周囲を気にして、全部諦めるつもりか? 私がいなくなれば、お前はまた一人になるのだぞ」
「んー……」

 せっせと優しい言葉を掛け、水をやる。曖昧な笑みを浮かべるラーグに、今日はここまでと引くことにする。光月華は、水や肥料を少しでもやりすぎると枯れる。もちろん、与え忘れても即座に枯れる。それにしても。私は、ため息を吐いて遠い目をした。

「これ以上押すと私まで嫌われるな。ここら辺でやめておこう。ところで知っているか? 私とお前は恋仲という噂が流れているのだが。何故私が婚約者に対してよりも必死でお前にこびを売っているのか、自分でも謎でしょうがない」
「そりゃ俺に惚れたからだろ」
「ハニー」
「ダーリン」
「……やめよう、気持ち悪い」
「そうだな」

 そんな会話をしながら、教科書を開く。
 この神童は、本当にすらすらと問題を解く。
 これでメンタル面さえ強ければ……まあ、神は二物を与えないという。
 三も四も与えられた物は、その分何かを奪われて帳尻を合わせられるのかもしれない。
 

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