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風太とタケル

「テジナ、みないの?」

 ラキが風太に聞くと、風太は振り返った。

「手品は苦手なんです。それより、僕が怖くないんですか?」

 風太が聞くと、ラキは微笑んだ。

「ディーンの兄弟子だから。それに…ラキも魔力過多だもの」
「ラキ…ディーンが言っていた…。どうも、ディーンがお世話になりまして」

 風太が頭を下げると、ラキは首を振る。

「お世話になってるのはラキのほうだよ!魔力暴走も止めてもらって…」
「いえ、ディーンも色々とお世話になっていると聞いています。貴方こそ、手品を見なくていいんですか?」
「風太さんと、話したいと思っていたの。どうやって、ハヤト様とうまくやってたのかなって」

 風太は、そっとラキの手を握った。

「僕は、とても…とても幸運でした。僕がうまくやっていたのではなく、ハヤト師匠が受け入れてくれたんです。僕が言えるのは、ラキの事も師匠は受け入れてくれるという事だけです。でも、それじゃ駄目なんですよね」

 ラキは、唇を噛む。

「ママ、手紙見て……ディーンと風太さんがうまくやっていけるのが信じられないって。だって、ママとパパだっていっぱいいっぱい苦労して、頑張って、でも駄目だったのにって。ラキ、学費が大変だからこの学校、特待生じゃないなら入学は無理だよって言われてる。でも、ラキは学校にも奉公にも行けない。危険だからって……。封印しても、怖がられるのは変わらない。ママとパパにも迷惑になる。だから、ハヤト様の家の子にしてもらえるなら、それがいいってわかってる……。でも……パパとママと、離れたくない……」

 ラキの瞳には涙が滲んでいた。
風太は、戸惑いがちに口を開く。

「参考にはならないでしょうし、長くなりますけど、それでいいなら…」


風太は、ラキに語り始めた。
ハヤトとタケル、それにディーンと家族になった物語を。
全てを語る事は出来ない。ハヤトに秘密は多く、風太もそれに協力しなければならない。
それに、ハヤトは風太にも隠し事が多い。仮に全て正直に話そうと思っても、出来なかっただろう。
例えば、ハヤトとタケルはどこから来たのか。例えば、風太を何故拾ってくれたのか。
例えば……



『なんだ、あの生き物は!?なんと美しい…』

 緑の、袖の長い服を着たグラマーな女の妖魔が、布に包まれた赤ん坊を優しく地面に下ろす。長い金髪をふわりと揺らし、赤ん坊の頬を撫でる。蒼い瞳はまるで海。輝く金髪はまるで輝くようで、その肌は透き通るように白かった。
美しいその妖魔は、赤ん坊に祈るように囁いた。

「どうか、どうか生き残ってね…」

 そして妖魔は飛び去っていってしまった。
偶然双眼鏡でそれを見ていたハヤトは、足早にそちらに向かった。
泣き叫ぶ赤ん坊の周りで、突風が吹き荒れている。

『これは…この子がやっているのか…?』

 ハヤトがそっと子供を抱き上げると、子供は笑った。突風も、止んでしまう。
あの様子では、あの不思議な女性は戻らないだろう。

『こちらの人間は随分変わっているようだな。成長すると羽が生えるのか。生物学はあまり力を入れてこなかったが、一応勉強した方がいいかもな。これはいい研究材料になりそうだ』

 ハヤトは子供を抱き上げた。
子供は微笑んだ。獲物を捕らえた事を本能的に悟って。
ハヤトは微笑んだ。獲物を捕らえて。この時、二人は互いが狼である事は知る由もなかったのだ。

7年後。風太と名づけられた少年は、あまり育ちが良くなく、未だに5歳位の体格だった。
といっても、離乳は異様に早く、ハヤトがアバウトな育て方をしたせいもあって、
6ヶ月でもう普通の食事をしていた。特に風太は肉が好きで、よく食べた。

『風太。またESPを見せてくれないか。手品を見せてあげるから』
『また?僕やだよ、疲れるもん』

 風太はカレーを食べながら文句を言う。正直に言うと、手品は嫌いだった。
小さい頃、それで泣き止んでいらいエスカレートしながらずっと使ってきているが、
ハヤトは魔力暴走するというような特別な時にしかそれをしない。
つまり、風太にとってそれは、魔力暴走してしまったという失敗の証だった。
何より、今は風太はハヤトに近づきたくなかった。
ハヤトが近くにいると、時々訪れるわけのわからない衝動に襲われる。
魔力暴走の回数も増えている。ハヤトはそれでいつも傷だらけだった。

『そんな事言わずに…』
『やだっ』

 風が巻き起こる。またやってしまった。謝らないとと思いつつ、風太は自室に逃げてしまっていた。
部屋に閉じこもったとたん、一層風は強くなる。風太は眼をぎゅっと瞑り、素数を数えた。

『3、5、7、…』

 30分もたった頃だろうか。次の素数はなんだったかと悩んでいる間に、風は止んでいた。散らかった部屋にため息をつく。ふらふらとお菓子入れの所に移動し、お菓子を貪った。

 食べても食べても足りない。お腹がいっぱいになっても、心のどこかが、飢えを訴える。
 そんな時、なぜかいつもハヤトの顔が浮かぶ。

 ごまかすように菓子を食べ、しばらく丸まっていると、コンコンと扉が叩かれた。

『風太。ESPの調査は、風太の仕事だ。最近はやっと力に指向性を与えられるようになっただろう』
『ハヤト。でも、でも……最近イライラして、苦しくて、よく暴走して……ハヤトのそばにいたくない。怪我させちゃうよぉ……』
『反抗期か』
『よくわからない。ハヤト、僕どうしよう……』
『別にどうする必要も無いと思うがな。自分の気持ちが制御できないというなら、武術でもやってみるか』
『武術?』
『心身共に鍛えられるそうだ。ここは物騒だし、ちょうど良かろう』

 風太は顔をあげる。外に行く時は、いつもロビーとハヤトと一緒だった。
二人に守られていなければ、何も出来なかった。強くなれてこのイライラを止められるなら、願っても無い事だった。

『うん、僕、やるよ!!』

 風太は扉から出てハヤトに抱きつく。ハヤトは、風太の頭をやんわり撫でた。
風太は知らなかった。自分の願いで、不幸な人が拉致されてくる事を。







『ハヤト、ここはどこですか。ずっと音信不通かと思っていたらいきなり拉致ですか』
『まあまあ、そう言うな。実は頼みたい事があってな』

 学校帰りに眠らされて連れて来られたタケルは不審げに辺りを見回した。
窓を見て、窓の方に駆ける。

『本当にどこですかここは!外国ですか!?あんな石の家、見たこと無いですよ』
『まあ外国といえば外国だな』

 タケルはハヤトを睨んだ。

『怪しげな人体実験に手を出したとの噂がありましたが、貴方、まさか…』

 タケルはじりじりと身構える。

『安心しろ、お前に調べる価値なんぞ無いわ。頼みたいのは別の事だ。風太』

 風太は恐る恐る部屋へと入る。音信不通とか拉致といった言葉の意味はわからなかったが、タケルは凄く怒っているようだった。

『この子は……?』
『調べる価値ある子供だ。ESP持ちでな。精神修養に、武術を教えてやって欲しい。お前、確か自衛隊員目指してるんだろう。空手やら合気道やらも習っていると聞いたぞ』

 タケルは驚愕してハヤトを見つめた。

『子供を…攫って…?貴方という人は……本当に…!』
『捨て子だ。ワシが拾って育てている』
『信じられません!仮に本当だとしても、貴方がまともに育ててるとは思えません! 籍は?学校…はまだ早いですか。とにかく、養子を迎えたなんて聞いた事ありませんよ!』
『信じられなくても、風太に武術を教えてやらないと帰れないからよろしく。いや、明日から夏休みで良かったな』
『ハヤト……!!』

 剣呑な雰囲気に、風太は身を縮めた。

『やめてー!!』

 風太が叫ぶと、突風が生じる。ハヤトはさっさと身を伏せて嵐が収まるのを待った。
タケルも腕で顔を庇ってへたり込む。

『そういうわけだ、風太を頼む』

 驚愕にタケルが固まっていると、ハヤトはさっさと部屋を出てしまう。
タケルが我に返り、部屋を出ようとすると鍵が掛かっていた。
タケルは一度強く扉を叩き、風太を振り返る。
風太は小さくなって震えていた。意味はわからないが怖い単語の数々、怒った様子。
風太は恐る恐るタケルを見上げる。

『武術…武術を教えろと?武術を教えてどうなるのですか。この子は、何をさせられるというのですか?』

 タケルはゆっくりと風太の前に跪いた。その頬を、恐る恐る、ゆっくりと撫でる。

『君は…風太と言いましたね?大丈夫ですか、もう落ち着きましたか?』
『うん…怪我させてごめんなさい』

 タケルは首を振る。ほんのかすり傷だった。特に、自衛隊を目指すものとして、守るべき幼い子供が目の前にいる時には。

『ごめんなさい、僕が頼んだんだ。イライラして苦しいから、せいしんしゅーよーとして武術を習いたいって。僕、イライラするとああなるから…』
『いいんですよ』

 タケルは笑うと、大切な情報源に事情聴取を始めた。
 しばらくして、予想以上に状況が悪いことを知る。

『車も飛行機も無いなんて…脱出は難しそうですね』

 タケルはため息をついた。ひとまず、最初に想像していた人体実験の類は無かった事に安堵する。
ESPの訓練等はしていたようだが、故意に体に手を加えたり薬を使ったりと言う事はしていなかったようだった。
それどころか、あのハヤトが手品を見せてやるとは、意外に可愛がっている。
次にタケルが確認したのが交通手段だった。だが、風太は車や飛行機自体を知らなかったのだ。
どうやら、本当にハヤトの言う事を聞かないと帰れないかもしれない。

『タケル、僕に武術教えたくない…?』
『風太…教えてもいいですけど、これだけ約束できますか?』
『なぁに?』
『絶対にこれで人を傷つけてはいけない。ハヤトがどんなに強要しても。私も、貴方を守るよう頑張りますから』
『僕、わざとハヤトを傷つけたりしないもん。大丈夫だよ』

 風太にとって世界にはハヤトと風太しかいないのだ。
その事に気づき、タケルは唇を噛み締める。たとえハヤトが多少は愛情を持って育てているにしても、箱庭で一人育てられて、どうして生きていけると言うのだ。なんとかしないといけなかった。
風太がドアに手をかけると、簡単にドアが開いた。
指紋認証式のドアらしかった。全てのドアがそうなのだろうか?妙なセキュリティだ。タケルが不思議に思うと、風太は最近扉を改造したと言う。

『ハヤト、僕が開けて、タケルが鍵を閉められるようにしたっていってた。ここ物騒だから、戸締りお願いね』

タケルと風太が一緒にいるようにされた細工。
風太を置いていくと言う事は、物騒な地域で鍵の閉まっていない家に残す事を意味する。
風太を思うなら、連れて行くか留まるかにしないといけなかった。
そしてハヤトを慕う風太は、ここを動かないだろう。

『ここまでしますか…面倒な手を使いますね』

 一通り部屋を見て回るが、ハヤトはいない。

『いませんね。まさか夏休み中ずっとここで放置するつもりでは……。風太、心当たりはありますか?』
『ロビーがいないから、光草の野原かも。行ってみる? タケルが一緒にいるなら、危なくないよね』
『光草の群生地がここに……!?そうですね、光草の野原を見てみたいですし』


外にでて森に入っていくにつれ、タケルの顔は次第に青くなりつつあった。

『本当に……どこですか、ここ……。ジャングルってこんな場所なんですか?さっき、トカゲが火を吹いたように見えましたけど』
『あ、見えてきたよ!』

光草の野原が木の間から見え隠れする。
小さなランプを吊るした様な花は、今日も淡く色とりどりに輝いている。
その真ん中に、グリフィンがいて、風太はタケルの袖を掴んだ。

『ここはどこです。どこなんですかここは! だって! だってこんなのありえるはずが無いじゃないですか!』

タケルが青い顔をして叫ぶ。
風太にとってありふれた光草が、その光の群れが、淡い光に照らされて悠然と立つ異形が、どれほどタケルを圧倒したか風太は知らない。わかったのはただ、タケルの叫びでグリフィンがこちらに興味を持ってしまったことだけだった。

『来るよ!タケル!やっつけて!』
『やっつけてって……。うわぁっ』

 グリフィンが羽ばたきながら駆けて来て、嘴を大きく開ける。
タケルと風太が身を縮ませたその時、銃声が響いた。
グリフィンから血が飛び散り、タケルの頬に付着した。
ロボットが、その腕に仕込まれた銃をグリフィンに向けているのがタケルの眼に映る。

『この辺は物騒だと風太に聞かなかったのか?第一お前、空手や合気道習ってるんじゃなかったのか』
『そんなものでどうにかなるわけないでしょう……。第一、それ、銃刀法違反……』

タケルは、ふっと意識を失う。夏休みは、まだ始まったばかりだった。

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