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3話

『姉』

食べたい。

何をかってそれは縁《えん》……と食べるお昼ごはんのこと。四限が終わって気付くとお腹が空いていた。主に脳と眼に無限で夢幻なエネルギーを注いでいたからだと思われる。いや現実だけど。話は逸れているようで根本的には逸れていない話をすると、食べたい物は何と聞かれるとすると嫌いな食べ物が無い私は食料全般を想起するが、食べたい者は誰と聞かれたら答えは一つに絞られるのが私なのだ。食べるといってもあっちの意味になるわけだけど人間の欲を満たすという観点から見ると同等か。いやそんな枠に囚われない崇高な行為だろうきっと。答えを当てはめてできる方程式より明らかであることは間違いないにちがいない。最も今すぐ踏み切ることではないし踏み切れないし踏み切りたくても踏み切りたいと踏み切れることでもないので表には出ていないが。この思考から本心が丸裸なのであったと自分でも反省、せずに次に活かさずに生きたいと思います。でもナイフやフォークを使う方とは違って基本的に文字通り裸一貫で致せれる尽くせる方は肉が消化されないしお互いの抽象的な何かが深まるから計画的に長期的にも短期的にも素晴らしい、よね。何が言いたいかというと私だって時々は欲情するのさという当たり前のことを確認したまでだ。しかしあくまでも情を欲する相手が重要なのだ。あ、不意に、浴場で欲情するのを抑情する、と洒落込んでみたくなってしまった。……あらあらホワイトな空気(があるのかは知らないけど)になったか。ここではホワイトは潔白じゃなくて白ける、ということね。造語です。解説です。まぁしょうがない。よく、冗談がお上手ですねと言われるもの。以上。

まだこないかなーと机に丁度いい大きさのテーブルクロスを敷き広げて準備しながら待機と期待をする。そうだついでに前の席の机も逆向きにして接合してしまうおうと思い立ったが吉日で席を立って絶った出席番号三十六番のそれをそうしたった間たった数秒経っただけだが、縁がたったったと小走りでやって来た。

「食べよー」

声を弾ませて言ってくれるので私との食事を楽しみにきてくれていると思うと今に始まったことじゃなくても嬉しいものは嬉しい。私もうん、と言って改めて席につき続いて縁も前に座る。手作りされたお弁当を二人してそれぞれ開けて「いただきます」と私は縁に、縁は私に向けて挨拶する。挨拶って言うとおはようこんにちはこんばんはその他の礼儀の意味の感触が強くて儀礼の意味が薄く感じてしまうところだけど私は食品関係者やら食材やらへの感謝・礼儀なんて生ゴミとして廃棄したので、私がこの挨拶をするのは誰かじゃなくて君と食べると美味しいねの効果をもたらしてくれる縁にこの気持ちを前置きとして簡潔に伝えるためだし、縁も意識はしてないかもしれないがそういう意思のはずだ。多分。

お弁当を開けたら後は思い思いな順番でおかずとごはんを口に運ぶ。二人で内容が微妙に変えられているのもポイントだ。何故かは後で分かる。

「さっき初めてお姉ちゃんが窓からわたしを見てるのに気付いたよー」

白米を五十粒ぐらい箸に乗せて体の内側に入れた後お茶を飲んで飲み込んだ縁は先刻のことを指摘してきた。バ、バレテシマッタカなんて猿芝居は廃業して、というよりむしろ三、四時限目では二人とも覗きあって見つめ合っていたのだけれど。言葉の壁(というか存在)なんてものがあったとしても私達にとってはないのと同義だという新たな可能性を体現してしまったのだが、やっぱり会って話す方が楽しい。可愛さが近いし。近さが貴いし。

「秘密にしてたつもりはなかったんだけどね。この前の席替えで縁のこと見えるって気づいて、隠れて眺めるのが楽しかったからさ。ごめんごめん。」

箸をお弁当箱の角で支えて傾けながら自分でもわかる照れ笑いを発してそう言った。ここは一つ素直になって率直に謝ろう、としたが言い訳みたいになってしまった。

「いや、お姉ちゃんは悪くないよ?最初は驚いちゃったけど……」

対して縁は私の朝の意地悪を嫌な顔せず、こころなしかちょっとニヤつきながら励ますように身体を前に揺らして認めてくれる。うん、やはり縁は優しい。理想の妹だ。理想の妹なんて一般名詞化せずとも一人に決まってるんだけどね。

「大丈夫だよ、驚いた顔も可愛いかったから」

何が大丈夫なんだと言いたくなるけど、縁が可愛いから私は大丈夫です。幸せを抽出して生きていけます。一家(私達の自宅のみ)に一人、縁が必要不可欠ですね。さらに言えば二人、三人と居ても良さそうだ。すると家が天国に早変わり。だいじょうぶだぁ。

「え、え……そう?ありがとうお姉ちゃん」

縁は、顔の色については一面に血液の流れを主張している色として薄く赤くなり、顔の傾きに関しては俯きさえしなかったが目の焦点は左右に数回往復した。まあいつものことである。この程度の口説き言葉では少々動揺するくらいだが、私の奥底の本心を曝け出したらどんな事態になるのかね。でももしかするとバレバレなのか?縁の前では比較的しっかりしているつもりなんだけど……。だとしたらこの程度でも照れるのは考えにくい。いや誰だって褒められたら気恥しいか。誰って誰だ、だが。可愛いから何でもいいや。

そんな照れっ、な縁に私のお弁当の卵焼きを箸で掴んで食べさせてあげる。甘めかしょっぱめかと言われたら甘めになるような味にいつも作られている。私のお弁当には卵焼きが入っているが、縁のお弁当には代わりにスクランブルエッグが入っている。相変わらず、凝ってるな。両者ともにお弁当の構成の性格は大して差異が無いので食べ合わせも良い。いつもこうして食べさせ合っているのだ。いつもこんな感じで昼休みを縁と教室で過ごしている。縁は私の卵(焼き)を口に入れて口を動かしていると、別の意味で口を動かしたそうに視線を送ってきた。

「もぐもぐ……ごくり……そういえば、それで最近わたしの方見るとたまにニヤっ、てしてたんだね」

「……本当に?」

そうだったのか。確かに窓から見てるの知らないんだろうなー、授業中あくびしてたなー、とか思ってはいたけどまさか顔に出ていたとは。危ない危ない。というか危なかった。危ない人だった。時すでに遅し。機密情報を漏洩するお役人の気持ちが今なら分からなくもない。でも流石私の妹。観察してくれてて嬉しい。

そして次の私の言葉は自分のものとは思いたくない悔やみの限りと化す。

「なんか私って気持ち悪いね」

そんなこと縁が思ってるわけないのに、なんとなく会話のリズムに合わせて言った。直後、

「そんなことないよ!」

縁が普段見せない語気で机に身を乗り出しこちらの机まで迫ってきた。怒気とまではいかないが、さっきまでの緩んだ表情から一転、張りつめたような顔になっている。「え」と慌てる前に、縁の言の葉が遮る。

「お姉ちゃんが気持ち悪いなんてないよ……あり得ないよ。絶対だよ。そんなことがあるんだったら、わたしどうすればいいの……。お姉ちゃんは綺麗なんだよ。美しいんだよ。わたしにとって本当に本当に……大切なんだから、お姉ちゃんも、自分を大切にしてよ……」

それは言葉の槍、ではなく言葉の盾、といった印象を私に与えた。言葉一つ一つ縁は噛み締めるように、歯を食いしばるように振り絞っていた。

その姿を見て。声を聞いて。息を聴いて。
私は、自分の浅はかさがどれだけ罪であったか体感した。自分を深く考えず軽い気持ちで卑下すること、それが及ぼした代償は反比例していた。これは罰だ。縁が私を想ってくれていること、私はそれを蔑ろにしたも同然だ。縁が悲しむという私にとって最大の罰が下ったわけだ。愚鈍。白痴。後悔。私は分かったふりのダンスを踊らされていることを理解しきれていない出来損ないの人形だったのだ。だから本当は言葉の重みを軽んじていたのだ。自分のも相手のも。

今、言うべきことは何か。もうこれ以上、言葉を死なせることはできない。だったら。

「……ありがとう」

頭で考える前に喉から出てきた言葉だった。この言葉は、自分の言葉は、誰かのためになれる言葉に。礼儀でも儀礼でもない、愛拶《あいさつ》だった。

愛が溢れている。愛が溢れている。この場所だけは、真実だ。あぁ。あぁ。あぁ。あぁ。自分に僻まれていた自分が。自分が。自分が正しくなっていく。

「お姉ちゃんは可愛いから、自信もっていいよ」

愛の質量が増えていく。可愛さという愛の許可を認めてくれている。相手が縁だから。縁だからこんなに嬉しいんだと感動する。縁のものは全部、心の栄養だったんだ。今までとこれからの行いが修正される。私の人生、縁の全部にしたい。

「……縁もね。」

目に見えないし聞こえないかもしれないけど君のくれた大事なものに、全力の花を添えたよ。


五時間目の予鈴のチャイムが教室に鳴り響く。私の教室の中で、誰と比べても何時《いつ》にも劣るはずのない、最も充実した時間。

それも偏に出席番号三十六番、四十番、九番、三番、二十五番のおかげだ。

だってチャイムが告げた途端、揃って教室から出ていってくれるから。

私の席の周囲の五人は。

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