第三十七話
そして、もれなくして辿り着いた目的の場所であったが。
もう昼食をいただいてしまったのか、ごしゅじんの気配がなかった。
ううむ、入れ違いになったか。
おれっちを探してなければいいのだが。
『猫の隠れ家』は、この点においては不便だな。
だが、それならそれで好都合。
三人の時にしか聞けない話もあるだろう。
しめたものだと、先程と同じように抜き足差し足扉に近付く。
(……ん?)
だがしかし、彼女たちの方が緊張感があると言うべきか、あるいはやましいことでもあるのか。
部屋を囲むようにして、防諜防魔の結界……おそらくこちらの世界の魔法であろう……が張ってあるのが分かる。
ふぅむ。なかなかの魔法だ。
ちゃんと防壁、聖域を破壊するに易い『光(セザール)』の魔精霊対策もしてあるようだ。
まぁ、結界があるとバレてしまっている点はマイナスだろうが。
加えて……。
「お客様、失礼いたします。食器の回収に参りました」
こうして、結界に気づけない人が、結界を通過しようとしたらどうなるのか。
答えは二つ。
ぶつかってひどい目に遭うか。
(よし、消えたっ)
一時消した結界の隙をつかれて、あっさりと子猫の侵入を許してしまうことになる。
でもまぁ、入り口がドア一つなのは入る方も危険なので、結界の内側に入るだけにし、さっきのよう聞き耳を立てる慎重さんなおれっち。
ご飯を部屋に持ってきてくれるとは、本当に観光船なのだなぁ、なんて思いつつ。
給仕係の女船員が出て行くのを待ち、気配を消したまま木製の扉にぴたりと張り付く。
「はぁ。何もしないって言っても、気が重いわ。一体いつまでかかることやら」
「だいじょぶだよレンちゃん。遅くてもあしたの昼ごはんまでには帰れるから」
「それはそうなんだろうけど……あなたの移動魔法、疲れるのよね。気持ち悪くなるし」
聞こえてきたのは、レンちゃんとジストナちゃんの会話。
はて、帰る?
依頼をほっぽって?
それとも、一日足らずで終わると確信しているのだろうか?
確かに、三人ともそれなりの実力を持っているのは伺えるが。
あるいはおれっちたちと同じように、討伐するのではなく、話し合い説得でもする算段であるのか。
または、別の理由が?
海の魔女と繋がっている、と言ったことならば。
魔女さんはこちらとも知り合いらしいし、そうそう悪いことも起きないだろう気はするが。
何かそれ以外の、それ以上の意味合いがそこにある気がした。
生憎、おれっちには見当もつかなかったけど。
「はは。まだ慣れないんだ。頭と一緒に、三半規管も弱いんじゃないの?」
「キィエ、私に喧嘩売ってるわね?」
「まさか、そう言うキミの反応を本気で楽しんでるのに、喧嘩なんてするはずないでしょ」
「むきぃぃっ」
そんな思考も、姫にふさわしくない怒声で吹き散らさせる。
なんと言うか、気の抜ける感覚。
やっぱり、おれっちとしては悪い子たちには思えないんだけどなぁ。
なんて思った、その瞬間。
「魔物が、魔物が出ましたっ!」
そんな悲鳴に近い叫び声と、警告の汽笛が鳴り響く。
「なな、なにごと?」
「野生の魔物かな? これは想定外かも」
「……いや、これってきっと、魔女の仕業じゃないかな」
慌てる声、呆けたような声。推測の声。
言い終わるや否や、部屋から出ようとする気配がし、結界が消えるのを見計らって、おれっちも飛び出す。
目指すのは声の聞こえた甲板。
はたしてそこには、ついぞさっきまでなかったはずの、巨大な気配が出現していた。
駆け出し、船上のものたちの視線の先を追えば。
そこにいたのは、真っ白な体躯に、吸盤付きの触手を生やした、三角形の頭を持つ魔物であった。
その、作り物のようなぱっちりお目目と、肉感のない風船のような身体つきさえなければ。
海の王と呼んでも、ふさわしいくらいの。
(第三十八話につづく)