バナー画像 お気に入り登録 応援する

文字の大きさ

第三十五話




 最近、眠る以外で意識を失うことが多いような気がする。
 おれっちは、そんな風に変に冷静な自分のことを省みつつ、はっと目を覚ます。


 「おしゃっ!」

 瞬間、ぎゅうと抱きしめられ、頬寄せられる感覚。
 ごしゅじんのぬくもりと、涙の気配。


 「ティカ? どうした、大丈夫か?」

 痛みが引ききっていなかったのか、その行為に鈍い痛みがおれっちを貫いたが。
 おれっちは構わずごしゅじんを見上げた。

 どうやらそこは、宿のごしゅじんに宛がわれた一室らしい。
 まだ夜のようだが、一体どれほど意識失っていたのか。

 試練は……出し物は、うまくいったのか。
 そんな意味全てを込めて、おれっちは問いかける。


 「大丈夫じゃない。おしゃ、倒れた……」
 「……そうか。そりゃすまなかった。もう泣くな」

 音すら立てずに泣くごしゅじんに、おれっちのせいだなといたたまれなくなって、
どうにかしようと必死に四肢を伸ばす。
 そして、流れ落ちる涙をそっと舐め取った。

 「お、おしゃっ」
 「うにゃうっ!?」

 無意識の行動とはいえ。
 確かにそれは、衛生面を考えるといかがなものかな行動だったかもしれない。
 
 だけど、ごしゅじんの反応は、予想の範疇を超えていた。
 まるで恋人に不意打ちのキスをもらって、慌てふためくがごとく。
 燃え盛る炎もかくや、と言うほどに顔を真っ赤にし、おれっちをぽいっと放った。
 そしてそのまま、逃げるように布団にくるまってしまう。

 
 「……みゃう」
 
 猫相手に大げさなんだから。
 いつもついて出る、そんな自虐的な軽口も出てこない。
 ただただ、ごしゅじんのそんな反応の意味を考えて、身体の痛みはじわりじわり大きくなってゆくのを感じていて……。
 おれっちの本能のままの行動により、結局うやむやになってしまったわけだが。
 



 昨日の宿の出し物。
 ごしゅじんの演奏会は、無事に上手くいっていたらしい。
 拍手喝采の中歓迎され、労われるはずだったごしゅじんは、しかし意識失った(ベリィちゃんが言うには気持ちよさげに眠っているように見えたそうだが)おれっちに掛かりきりで、報酬をもらうことすら忘れていたほどで。


 まだ、得体の知れぬ痛みが身体の芯に残っているなどとは、口が裂けても言えないなぁ、なんて思いつつも。
 

 いよいよ、海の魔女討伐の依頼当日である。
 
 多少なりとも弱っているおれっちに感じ入る部分があったのか、 いつもの三割り増しで、しっかとごしゅじんの腕に抱かれながら、依頼のための買出しなどの準備をすませて。


 集まったのは、海の魔女の船への妨害が始まってから久方ぶりに出るらしい、大きな船の止まっている桟橋であった。


 戦いに出るためのものと言うより、飾りつけが派手な、観光、商業用の船。
 故郷においては『虹泉』が普及しているせいか、船にうといおれっちではあるが、討伐を本気でするように見えないのは確かだった。
 最も、それが狙いなのかもしれないが……。


 そんな事より何より、今日の依頼のために集まってきた面子は、素晴らしいの一言に尽きた。

 レンちゃんたち三人娘をはじめ、ベリィちゃんやウェルノさんは勿論のこと、集まったほぼ全てが、麗しく美しい女性たちであったのだ。

 その体で集められたのだから当然と言えば当然なのだが、改めてこうして目にすると感慨深いものがある。


 女装がありならば、ほぼがつく原因となったクリム君のように、化粧技術なり魔法なりを使って、この素晴らしい状況を満喫してやろうといった輩が、多く紛れ込んでいるんじゃないかとも思ってたけど、おれっちが見た限りではクリム君以外はいないようであった。


 それほど魔女とやらが危険視されているのか。
 クリム君自身に、一時の恥をもいとわぬ確固たる信念でもあるのか、そういう意味では一安心といったところである。

 おれっちが見抜けないほど、というのはこの際考えないようにする。
 知らぬが仏という部分もあるが、かつて二度ほど人間に騙されそうになったおれっちの経験からくる性別の見極めにおいては、猫一番の実力があると言う自負があるからだ。

 魂まで女の子である、といったレベルでなければ、おれっちの目は誤魔化せない。
 それがどれほどの腕かと具体的に挙げれば。
 おれっちにとって大いなる安らぎ、その一つである女性の胸。
 それが、服越しからでも本物か偽者かなんて判断するのは造作もない、といった程度で。


 ちょうど前方、おれっちたちの集まりとは少し離れたところにいる、ちょっと間違った方向に高貴そうな女性。

 これまた見事なくらいかさまししているのが分かってしまう。
 その脇を固める取り巻きだか友達であろう人たちが皆、本物かつごしゅじんを追随するほどの大きさであるからして、余計にもうらしく(かわいそうの意)見えてしまう。

 そんな、無理なんてすることないのにって。
 なくたってぜんぜん構わないよって、慰めたくなってきたおれっちは、無意識のままにごしゅじんの腕から抜け出し向かおうと思い立つが、しかしびくともしない。


 もぞもぞするおれっちに気付いたのか、余計に力の篭るごしゅじんの両腕。

 「……っ」

 途端、全身にずきんと響く、あの痛み。

 「おしゃ……?」
 「みゃみゃん」

 思わず声を上げそうになる自分を必死に制御する。
 この痛みがごしゅじんによるものだなんて、死んでも認めたくなかった。
 それでも目ざとく感づいて名を呼ぶごしゅじんに、なんでもないとばかりに尻尾を揺らす。


 おかげで、抱く力は緩んだけど。
 おれっちがそこから動くことはなかった。

 しばらくじっとしていたことで沈静化する痛み。
 おれっちがそれに安堵していると、ラウネちゃんの依頼で城に行って依頼ご無沙汰であった三人娘たちが近寄ってくるのが分かる。

 いや、正確にはウェルノさんやベリィちゃんたちの元へ、といったところだろうか。
 さりげなく前に出ようとするクリム君を、自然な動作で制するのは、唯一あの場に居合わせなかったウェルノさん。
 
 一見すると全く違うように見える三人組であるのに、確かに感じる類似点。
 それは、従わせるものと仕えるもの、という組み合わせ故か。

 そんな中、朗らかで偉ぶらない様子のレンちゃんが、おれっちたちに優しげな笑みで一礼した後、さらにウェルノさんに深く一礼し、口を開く。
 
 
 「お初にお目にかかります。イレイズ国の、レン・ライルと申します」
 「あら、どうもご丁寧に。ウェルノ・ピアドットよ。こうして集ったのも何かの縁、仲良くしましょうね」
 
 ベリィちゃんたち名乗っているはずなのに、敢えての挨拶。
 それに、笑顔で余裕を持って返すウェルノさん。
 お互い笑顔で、ぎすぎすした空気なんてこれっぽっちもないのに。
 
 お互いの従者? がお互い黙して睨みをきかせているように見えてしまうせいか、それだけでお互いの国の関係が浮き彫りになってくる。
 

 「もちろんです。ここは一時お互いの国のことは忘れて、手を取り合い魔女退治と行きましょう」
 
 これは後に知ったことだが、ロエンティ国とイレイズ国は、運河を挟んで正ににらみ合うような立地であるらしい。
 河という言葉自体に好敵手という意味合いが含まれているのを、正にそのまま体現するが如く、である。
 
 そう言うレンちゃんの言葉は、口調こそ丁寧であるが。
 丁寧であるからこそ、わざわざそれを口にすることで、何だか白々しくも聞こえてしまう。
 
 
 「ええ、私たちに拒む理由はないわ。まぁ、本当に退治しなくちゃいけないかは、直接会って話してから、ですけどね」
 
 対するウェルノさんは、どこまでも自分のペースであった。
 お互いの国同士のいざこざなんて私たちには関係ないでしょう、とばかりに微笑んで。
 手を取り合う、と言うことを実施するかのように手を差し出す。

 なんていうか、こういった駆け引きにおいては、レンちゃんに余裕がない分、年期入ってるっぽいウェルノさんの方が一枚上手のようだった。

 
 それでも、元々素直な子なのだろう。
 反射的に、あるいは引き寄せられるように、ウェルノさんの手を取るレンちゃん。
 文字通り握手の形となったそれに、どこか慌てたようにはっとなって手を離す。

 
 「で、ですけど勝つのは……手柄を上げるのは私たちですからっ」
 
 覚えておきなさい、とばかりに。
 顔を真っ赤にして、思わず出てしまったっぽいそんな台詞をのたまうレンちゃん。
 キャラじゃなさそうと言うか、なんていうかさっきからテンパリっぱなしだなぁ。
 
 ウェルノさんがそれほどまでに緊張する相手なんだなって考えると、彼女の立ち位置もいよいよ分かってきそうなものだけど。
 
 
 
 「それでは皆様、お集まりください!」
 
 なんて、ごしゅじんと一緒に蚊帳の外でお互いのやり取りを眺めていると。
 
 響き聞こえてきたのは、アイラさんのそんな声で……。


           (第三十六話につづく)






 

しおり