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第三十三話



 そのまま、ウェルノさんに連れられ、ついていた卓に戻って。
 それまで灯りのなかった舞台が、煌びやかに灯されて。
 アイラさんが現れたのはまもなくのことだった。
 
 酔いどれの雑踏に紛れて、本日の特別な出し物についての説明がなされている。
 だが、その時点では取り立てて特別なことではなくいつものことなのか、あまり舞台に注目がいっている感じではない。
 
 しかしそれも、大仰な楽器を手にした……どこに出しても儚げな美少女で通る、ごしゅじんの出現により風向きが変わった。


 雑談が、一つ一つ消えて、一人一人が舞台に注目するようになって。
 時期良く、ごしゅじんが頭を下げたまではよかったのだが。

 何かに戸惑いうろたえるように、演奏を始めようとしないごしゅじん。


 「みゃ」
 「おしゃさん……?」

 おれっちは、その時のごしゅじんの緊張感が尋常でないことを感じ取って。
 一声鳴いてウェルノさんの腕の中から脱し、クリム君の呼びかけにも答えずに駆け出す。
 そして、そのまま素早く舞台の裏に回ると、突然のおれっちの登場にびっくりしているアイラさんを脇目に舞台に上がりこんだ。
 
 そのことで視線が集まるのにも構わず、ごしゅじんの肩口に飛び上がり、四肢を投げ出すようにして落ち着いて。

 
 「みゃん」
 「……おしゃ」
 
 任せろ、とばかりに一声鳴くと。

 それを理解したのか、緊張もあってか泣きそうになっているごしゅじんが名を呼ぶ。
 任せられたのは、ごしゅじんたち魔人の一族の、伝統的試練における口上だ。
 
 
 魔人族の血を引くものが、魔精霊や人間、その他の種族に受け入れてもらえるように。
 この試練には、そんな意味があり、その中でも口上は大きな意味を持つ。
 ごしゅじんも、妹ちゃんも、その親も更にその親も、代々続けてきたもの。
 その顛末を語るのが、演奏前の口上。
 これを知っているのは、ここではきっと、ごしゅじんを除けばおれっちだけのはずで。


 ようは、口下手なごしゅじんに対するお節介である。
 妹ちゃんくらい口が達者なら別だが、これから語ることは、下手すると取り返しのつかない勘違いを受ける可能性がある。

 まぁ、いずれはごしゅじん自身がやらなくちゃいけないことなのだろうけど。
 この伝統的試練に参加したかったと言うのが、おれっちがでしゃばった一番の理由かもしれない。


 「初めまして……わたくし、ティカと申します。今宵、運命の星の下居合わせし皆様方の、貴重な一時をお借りしたいと思い、舞台に上がらせていただきました。早速一曲、と言いたいところなのですが、その前にこの楽器にまつわる物語を、お耳に入れさせていただくこと、ご容赦ください」


 まるで腹話術師のごとく、おれっちはは敢えて大きく口を開けてみせ、ぱくぱくする。
 ごしゅじん自身も、突然発したごしゅじんを真似たつもりの高い声に戸惑ってはいたが。
 元より矮小な子猫の発する声なので、言うほど違和感はなかったのだろう。
 子猫が突然喋りだしたことも、出し物の一つと判断されたらしい。

 大きくその場がざわついたが、それは想定の範囲内のものだった。
 まぁ、ウェルノさんがベリィちゃんたち知り合いの視線は、ちょっぴり気にはなったが。
 今は考えないことにして、言葉を続ける。


 「わたくしが今手に持つものは、ただの楽器ではありません。……遥かな昔、【魔人】と呼ばれる種の脅威に晒されていた時代、その【魔人】が持っていた覆滅の魔法を秘めしマジックアイテムと同じものなのです」
 
 語る内容が内容なだけに、主に年経たものたちを中心にどよめきが起こる。
 だがそれはあくまで余興の一環であり、現実味はない。
 それが余興で済まされること、嘘ではないことに本当の意味で気付いていたものは、少なからずいただろうが。


 「ですが、このマジックアイテムの持ち主である【魔人】の少年は、【魔人】からすれば一風変わった考えの持ち主でした。聴くものの命と引き替えに、世にも美しい音を奏でるもの。いつもいつも思っていました。こんな素晴らしいものが、人を傷つける道具にしかならないだなんて、おかしいと。本当は聴くものを感動させ、幸せにできるものなのに……と」
 
 
 魔人族という種族が、人間や魔精霊を滅ぼすことが生きる理由であったという認識は、根強く残っている。
 その認識がこの世界でも正しいかどうかは定かではないが、おれっちはそれを、そうしなければ生きられない種族だったのだろうと考えていた。
 だとすると、確かにその少年は変わり者だったのだろう。
 
 誰かを傷つけるくらいなら、死すら厭わない。
 そんな考えができるものなど、人間にだって……。

 (いや、いるか)
 
 いないだろうと否定しようとして、思い直すようには僅かに苦笑する。
 

 「そんな少年には、夢がありました。『ルフローズの日』と呼ばれる夜通し行われる歌と踊りのパーティーに、自らの相棒であるマジックアイテムを持って参加することです。世界で一番大きな『火(カムラル)』の教会で開かれるそれは、当然のように【魔人】に参加する権利などありませんでした。けれど、少年は諦めません。音楽は傷つける道具じゃない。安らぎと幸せを与えるものなんだって、自らをもって証明したかったからです。魔人族と人間族との架け橋として……」


 おれっちは、そこまで言い切ると、余韻を持たすようにして一呼吸置く。
 さぁ、あと一仕事だ。


  「果たして少年はその夢を叶えることができたのか。……その答えは。少年が残したこのマジックアイテムだけが知っています。今、その答えを示してみることにしましょう。証人は……ここにいるみなさんです」


 演奏の前の口上は、それで締め。
 すぐさま、ごしゅじんは演奏の準備を始める。
 それに引き込まれるように、観衆たちも息をするのも忘れたかのように静寂を遵守する。
 

 語ったのは、ここではない異国の話。
 どうやら、そう思っていたのは語るおれっちだけだったらしい。
 このジムキーンと呼ばれる世界にも、魔人族のような種族がいて、覆滅の魔法器のようなものがあったのかもしれない。
 
 そしてそれは、おれっちたちのように、過去の遺物ではなく。
 記憶に新しいものだったのだろう。

 静寂が、時が経つほどにどこか不穏な、緊張感へと変わり。
 戸惑いの空気が広がるのを幻視する。
 

 仕掛けは上々、といったところだろう。
 おれっちは、尻尾で肩口を軽く触れるようにして、準備を終えたごしゅじんに出番を促す。


 「……っ」

 だが、案の定と言うか、予想の範疇と言うか。
 それでも尚、緊張感とか不安感とか、いろいろなものでかちこちに固まって動けないでいるごしゅじんがそこにいた。
 それに流されるように、その場になんとも言えぬ沈黙が下りる。

 おそらく、ごしゅじんの動きを止めている一番のものは、恐怖感だろう。
 おれっちの語りを聞いて、それが増大してしまったのだ。
 果たして自分は、同じ試練を受けてきた先達たちのように、上手くできるのかと。

 実際、それで人を傷つけてしまった自分に……と。

 
 
             (第三十四話につづく)




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