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燃え盛る

2032年某日午前2時頃、阿頼耶識社研究施設第二研究棟には、総括研究員の髙藤輝信しかいなかった。この会社は、16年前に多国籍企業としての信頼が失墜し、現在では日本国内を中心とした薬品開発・製造・販売のみを行う国内企業に軌道修正。髙藤は、主に10種類に及ぶ薬品を合成し、新薬を開発している。未だ一部では阿頼耶識社はよく思われていないが。何か煙臭いなと思いつつ、帰宅準備を進めていると、廊下の方が赤く光っていた。見に行くと、火が出ている。天井に設置されたスプリンクラーは作動していない。火の回りというのは意外と早いもので、数分後には、第二研究棟全体に火が回った。

俺は、朝起き、新聞社から貸し出されている電子新聞用タブレットでニュース記事を読んでいると、あるニュースが目に留まった。-阿頼耶識社研究施設で火事か。5月28日、岐阜県永山市新古野町能勢眞にある阿頼耶識社薬品科学研究所第二研究棟が全焼・崩壊した。この火事により、髙藤輝信(45)同社研究員が死亡した。警察では、放火とみて捜査を進めている―。
と言う小さな囲み記事だったが、俺の自宅にほど近い場所だったので、研究所まで行ってみることにした。

阿頼耶識社研究施設の近くに、高鳶家は山の一部を持っていた。畑でも造成しようかと考えていたが、地下の地盤が駄目だったため、断念した土地だった。そこから、今回燃えた研究施設の第二研究棟がよく見える。そういえば、阿頼耶識社の系列に阿頼耶識建設と言う会社もあった。そこが建てたのだろうか。ちなみにうちの親類が高鳶建設という建設会社をやっている。そんなことは置いといて、火災現場を見ると、半分ほどが潰れている。周囲には重機が数台あり、どうやら解体してしまうようだ。建物の外壁・・というかガラスは黒く煤け、ほとんどがひびが入っていたり、割れたりしている。警察は捜査しているんではなかったのか?俺は、以前関わったことがある永山警察署の刑事に電話を掛ける。暫くして、相手が出る。
『はい。岩倉です』
「岩倉さん。久し振り。高鳶です」
『ああ。高鳶さん。お久しぶりです。何か?』
「昨日さ、阿頼耶識社の研究施設で火事があったよね?鋭意捜査中とか書いてあったけど。捜査してる感じがその研究所に見られないっていうかさ。どういうこと?」
『ああ。上からのお達しで捜査を一時停止してるんすよ。阿頼耶識社って言ったら、30年近く前のウイルス流出事件や人造ファントム問題で規模こそ小さくなりましたけど、今でも日本国内での影響力は強いですから。そういえば、太峯工科大学の教授やらがファントム系の調査で入るらしいですよ。そう簡単に調査団に入れてもらえるとは思いませんけど、駄目でもともと頼んでみたらどうです?』
「分かった。ありがとう」
と言い電話を切る。俺はその調査団に入れてもらおうと、太峯工科大学に向かった。

その調査団とやらの正式名称は、太峯工科大学人間科学部脳機能エラー科学科脳機能エラー科学研究室というらしい。教授は神原秋人、准教授は一条晴彦。両人ともファントムに関係が深く、なんと神原教授はファントムと人間の間に生まれた半妖という希有な存在らしい。俺は大学の受付で時間を食っていた。
「だから、神原秋人教授に会いに来たと言ってるだろう」
「ですから、アポイントメントを取ってから来てくださいと先程から・・・」
「じゃあせめて一条准教授をお願いします」
「誰でもアポは取ってきてください」
これではまるで話が進まない。すると背後から、
「あの。僕に何かご用ですか?」
と言う声が聞こえる。振り返ってみると、身長は俺より少し低いくらいの男性がいた。俺は、
「えっと。一条晴彦准教授ですか?」
と尋ねる。その男性は、
「ええ。僕が一条です」
と言う。彼は続けて、
「では、研究室まで案内します」
と言うので、遠慮なくついていくことにした。肩に乗っている何かにも気が付かず。

「あのー。お名前をお伺いしても?」
と一条准教授が言う。俺は、
「高鳶信紘です。一応農業生産法人を経営してます」
と言った。すると、神原教授が、
「へえ。あの、ところで、その右肩に乗っているのは?」
と言う。右肩?見てみると、リスのような顔をした紫色の毛の動物が乗っていた。俺は、
「・・・さ、さあ。一体いつから」
と言うしかなかった。乗っていて気が付かなかったのが不思議だ。何にせよ。なんか愛くるしいともいえる動物である。一条准教授が、
「それは土型ファントムの一種で、愛くるしいやつですが、その力は人間の頭を変形させるほどの力です。もっと強い奴はいますので、ペットとして飼うのなら、全く問題ありませんよ。地球自体が大きく損壊したりしない限り大丈夫ですから」
と言う。なんかかわいいし、飼おう。俺は、
「あの、阿頼耶識社の火災現場に入るというのは本当ですか?」
と尋ねる。神原教授が、
「ええ。あなたも来ますか?ファントムが関与していないか、調査の依頼が来てまして。丁度助手が体調不良で休みなので、来ます?」
と言う。願ってもないことだ。俺は、
「はい」
と言った。

阿頼耶識社研究施設の門は重厚な鉄扉で、簡単に開けられそうなものではない。さすが、国内有数の薬品開発企業である。厳重な検査を受け、やっと駐車場に車を停めたのが到着して5分後、駐車場にはほとんど車はない。大学のワゴン車以外にあるのは、黒塗りの高級車が2台、白いエスティマが1台あった。あのエスティマは恐らく亡くなった髙藤と言う研究員の物だろう。俺・神原教授・一条准教授は、総合管理棟に入った。会議室で待っていると、高級そうなスーツを着た50代の男2人が来た。そのうちの1人が、
「どうも、こちらの研究所の所長を務めております太藤と言います」
と言う。もう1人の男が、
「本社危機管理部の皇です」
と言う。神原教授が、
「では、今から調査を始めます」
と言い、会議室を出る。俺と一条准教授も後を追い、会議室を出る。

「神原さん」
と俺が声をかけると、神原教授が、
「なんです?」
と言う。俺は、
「どうも、この事件の原因が分かった気がします」
と言う。神原教授が、
「えええええええええええええええ」
と叫ぶ。

「この事件は、ファントムの仕業でも何でもありません。人の仕業です」
と俺が言うと、太藤と皇、警察から来た玉越と言う刑事から驚きの声が上がる。
「えっ」
「ええっ」
「じょ、冗談だろ」
俺は、
「犯人は、皇彰紘さん。あなたです」
と言う。皇が、
「何を言う。俺は今日の午後初めてここに来たんだぞ。会社にもその記録が残ってるだろう。どうやって俺がそこの第二研究棟の地下に火を放つんだよ」
と言う。見えた。俺は、
「どうして地価が発火元とわかるんです?まだ出火元は判明していない。なぜ地下室と言い切れるんですか?そんなの放火した犯人じゃないと分かりませんよね?」
と言った。皇が、
「・・・そ、そんなことは・・・」
と言う。すると、太藤が、
「皇部長。なぜ?」
と言う。皇は、
「髙藤は、いい研究員だった。借金があって、情報屋に研究情報を売らなければな」
と言う。太藤が、
「た、髙藤君が、情報漏洩・・・」
と呟く。皇は、
「ああ。その情報で、他社が新薬を開発中だそうだ。もう厚生労働省に申請準備に入ってるらしい。そうなると、情報を流した髙藤を馘首にしなければならない。だが、彼は社内でもトップクラスの研究者だ。ところが、彼は部下の研究を自分の手柄にしていた。」
と言う。やはりか。俺は、
「そして、あなたは彼を殺す計画を立てた」
と言う。皇は、
「ああ。ただ、すぐにではない。研究の事をばらさない代わりに、情報を売るのをやめてほしいと頼み、あいつもそれを了承したはずだった。だがあいつはまた情報を流した。何年もかけて研究してきた新薬の情報をいとも簡単に、な。だから、研究所ごと燃やしてしまおうと。地下の機械の一部に細工して、火事が起きるようにしたんだ。あいつはいつも最後まで残っているからな」
と言う。そして、突如として床に頽れる。数分後、皇彰紘が逮捕されたのは言うまでもない。

髙藤輝信は、情報漏洩により検察に書類送検され、結局被疑者死亡で不起訴となった。髙藤に情報売却を進めた金融会社・情報を買った会社も送検されたそうだ。

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