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告白


「おはよー、遅くなってごめんね」

物資調達の為、
団「ロデオソウルズ」の基地であるビル前で待っているマキオの肩を、
マドカが軽く叩く。
マキオが、ロデオソウルズに入って(無理やり?)一ヶ月が経とうとしている。

「おはようマドカ、まだ大丈夫だよ、カイトも来てないから」

マキオは笑顔で返す。

「あれ?そうなんだ、ラッキー。
 イノセは隊長と一緒に来るって言ってなかった?」

イノセは、調達に使うバッグなどを丁寧にたたんでいる。

「ああ、一緒だったよ、でも途中で団長室に呼ばれていったんだ、俺らは先に行って待ってろてさ」

タツヤは、石を拾っては遠くに投げている。

「どうせ、また勝手に隊を抜けて自由行動かなんかして、ニーナとかにバレたんだろ」

イノセは、時計を見る。

「ん〜、にしては長いな、もう呼び出されて30分は過ぎてるし」

空は、雲ひとつない快晴だった。
少し肌寒い朝の爽やかな風が、人のいない街を吹き抜けている。

マキオは、物資調達への参加は今回で、5回目だった。
戦闘の苦手なマキオは、ポーター(荷物係)を任されている。
物資のある場所や、敵との遭遇時の対処法などを、経験で覚えていくためだ。

基本は、団の縄張り内での行動が多い為、危険は少ないが、
それでも、戦闘になる事はある。
そのため、マキオも最低限、自分の身を守る術は身につけなければならなかった。

いつも、4〜6人で参加し、2、3組に分かれて行動する。
いつも同じメンバーではなく、数人が入れ替わりながら、参加している。
今日は、カイト隊長、イノセ、マドカ、タツヤ、マキオの5人だ。
マキオはまだ慣れない為、カイトと行動する事が多かった。

今日の流れをマドカに確認する。

「今日も、カイトについてけばいいのかな?」

マドカは、靴紐を結び直しながら答える。

「たぶんね、カイト隊長とペアだと思うよ、来たら聞いてみて」

「うん」

しばらくすると、ビルから誰か出てきた。
それは、カイトではなく、三番隊隊長のバニラだった。
マドカが挨拶をする。

「おはようございます、バニラ隊長、お仕事ですか?」

バニラは、軽くうなずく。

「カイトが急用で来られないから、あたしが代役を頼まれたの」

マドカはあまり、面識のないバニラが苦手なのか、少し戸惑っている。

「そうなんですか、えっと…イノセ」

振られたイノセも、少しどもったが、年長なだけあって、無難にこなす。
バニラは、無口で無表情な為、苦手とされてる事が多いと、マキオは最近知った。

「ああ、おはようございますバニラ隊長、では宜しくお願いします、準備はできてますが、
 シフトはどうしますか?」

「ああ…詳しい事は聞いてないから、いつも通りのシフトでいいかな?」

「わかりました、では…」

イノセは、地図を広げて調達箇所をマークしていく。

「私と、マドカ、タツヤは三人でこの地区を回ります。
 隊長は、新入りのマキオとこの地区をお願いします。
 そして3時間後に、ここにある廃ビルに集合予定でよろしいですか?」

「わかった」

三人は、それぞれ荷物を持って立ち去って行った。

「じゃあマキオ、行こうか」

「あぁ…はい」

バニラの後をついていくマキオは、戸惑っていた。

団にきた初日に話をしてからというもの、
たまに、すれ違って挨拶をするだけで、
ドキドキしてしまう自分がいた。

そのバニラと、二人で行動できるなんて、
想像していなかった。

バニラからは、少し甘い匂いが漂ってくる。
バニラの金色のキノコ頭が、朝の光でキラキラと光っている。
手には、団のマークが入ったバックを持っている。

「あの、バニラ!」

バニラは振り向く。

「荷物、俺が持つよ」

バニラはキョトンとしている。

「大丈夫、何も入ってないから」

「でも、あの、実は俺まだ戦ったりできなくて、
 その、いつもカイトに頼ってるから、
 だから、荷物は全部持つから!」

バニラは、少しマキオを見つめて、バッグをさしだした。
マキオは、受け取る時に、少しだけ指先が触れた。

「あ…ごっ…ごめん」

バニラは少し首を傾けてから、進み始めた。

マキオは、後ろを歩きながら、触れた指先の感触を思い浮かべたが、
すぐに頭を振って打ち消した。

気持ち悪いって思われたくない。

「マキオ」

「はい!」

急に呼びかけられ驚いてしまった。

「この団にきて、一ヶ月くらいだよね?」

「あ…うん」

「少しは慣れた?」

「…そうだね、みんな色々気遣ってくれて、助けてもらってるよ」

「そう…良かった」

「……」

話は終わってしまった。
マキオはもっと話したくて、必死で話題を考えた。

「…あの…バニラ」

「?」

バニラは何も言わず、顔を少しマキオに向ける。

「バニラは、この団にきてどのくらい経つの?」

「あたしは最初からいる」

「最初って、団を立ち上げた時から?」

バニラは頷く。

「じゃあ、もう2年くらいになるんだ」

もう一度頷く。

「団って、他にもいっぱいあるって聞いたんだけど、
 どうして、ロデオソウルズに入ったの?」

「他の団にいた時に、片桐に誘われたから」

「そうなんだ、副団長に…」

マキオの顔は少し曇った。
副団長は、男から見てもカッコイイもんなぁ。
背が高くて知的で余裕があって、他の女の子達からも人気あるし。
バニラも、副団長が好きなのかなぁ…

マキオは、そんな事を考えながらしばらく黙っていた。

街は少しずつ田舎になっていた。
歩道にある手入れされなくなった街路樹から、木漏れ日が落ちている。

マキオは、バニラの後ろ姿を見つめていた。
バニラの後ろ姿は、とても華奢で、団の隊長だなんてとても思えない。

並木道を歩いて、登校してる女子高生のようだった。
きっとカバンの中には小説が入っていて、読む時だけ赤いふちのメガネをかけて……

バニラがふいに声をかけた。

「マキオ、好きでしょ」

「!!?」

マキオは予想外の質問で、持っていたバッグを落としてしまった。
なんて答えたらいいかわからず、頭の中が勝手に回転しだした。

あれ?どうしてバレたんだろう、何も言ってないはずだぞ。

もしかして、副団長の話をしてから黙っちゃったから、
嫉妬してるって思われて、バレちゃったのかなぁ…
バニラ、隊長だからそういう感の鋭さもあるのかも…

バニラは、動きを止めてしまったマキオを見て、
不思議そうに見つめていたが、急に近づいてきた。

うわぁどうしよう、
キ…ス…?
いや!それはない!
俺の人生で、そんな事は起き得ない!

…と、すると、
何も言ってないのに、断られるってことなのかなぁ…
それとも、気持ち悪いって殴られるのかなぁ…
これはあり得る!

あぁ、せめて、グーじゃありませんように…
………
チョキもやめてください…

思わずマキオは目をつぶってしまった。
バニラが、目の前で止まる。

「はい」

「…?」

ゆっくり目を開けると、バニラはマキオが落としたバッグを拾って渡そうとしている。
ハッと我にかえり、あわててバッグを受け取る。

うぅ…俺、かっこ悪すぎだ。

女の子に「好き?」って聞かれて、何も言えないなんて、情けない。
ここは、はっきり言うべきだな。
少しは男らしさを見せないと…

今こそ、その時か…

マキオは、心を決め少し息を吸い込むと、

「…ス…キ…です」

と、生まれて初めて告白をした。

バニラの口元はスカーフで隠れて見えないが、
目は、少しだけ微笑んだように見えた。

「だよね」

だよね!?やっぱりバレてたんだ…
でも、どの時点で?

もしかして、初めて会った時カワイイって思ったのが顔に出てたとか?
うわァ、だったら絶対気持ち悪がられてるよ…

それとも、もしかしてエスパーだったり?
バニラって名前は、エスパー……っていうか、魔女っぽいかも…

いやっ、そんな事より返事だよ!
返事はどうなんですか、バニラさん!?
バニラは、ゆっくりと歩き出しながら、

「何度も見てたんだ、マキオは気づかなかったと思うけど…」

見てた?俺を?

しかも何度も!?

コ…コレは…チャンスアップのセリフだぞ!?
あるのか?
あり得るのか?
僥倖がっ!!

「あたしは、苦手なんだ」

Gaaaan!!
ショック!!
しかも、持ち上げて落とすという、強烈なパターンのヤツ!

そんな事しなくてもいいじゃないっすかぁ…
耐えろ!俺!
泣くなよ、涙は流石に情けないぞ…

「なんか、疲れちゃうし、好きになれなくて」

追い討ち!!もういいっす…バニラさん!

バニラさん、アナタはなぜ唐突に俺に告白をさせて、ソッコーで振るんだ…?
しかも、今は……

今はまだ午前中……!

調達は午後もするんですよ、バニラさん!
せめて…せめて、午後ではダメでしたか…

でも、何か言わないと…

マキオは必死に言葉を探して、口に出す。

「そっか…残念だな…」

「残念…?…どうして?」

バニラは首をかしげている。

「え?…どうしてって……」

え?俺、変な事いってないよね…
残念だろ、ふられりゃ…
それとも、イジメたりないのかなぁ。

「そりゃ……残念でしょ…おかしい?」

バニラは、いつもの無表情のままだ。

「だって、私じゃなくても他の人もいるし」

「………」

バニラ、俺を軽い男と思ってるのかなぁ…
それとも、バニラの事そんなに知らないくせに好きとか言ってるから、
軽く思われたのかなぁ…

そんな器用じゃないから、経験がないんですよ…

マキオは、困惑しながらも、なんとか言葉を吐き出す。

「バニラ……他の人って……そんな簡単にはいかないよ……
 って言っても、簡単に好きになっちゃってたけど…」

バニラはキョトンとしている。

「でも、マキオ、他の人達とも楽しそうにしてたから」

「それは…違うって言うか…
 そりゃ楽しいよ、他の人といる時だって…
 でも、それとは別物だよ、やっぱり…
 全然違う……
 だからって……
 そんな一人の事をいつも考えてたって…
 束縛っていうのかなぁ…よくわかんないけど…
 いつも考えてるって事が思いの深さってわけじゃないと思うし…
 経験のない俺が言っても、説得力無いだろうけど…」

「ごめん、マキオ、何の話してるの?」

確かに、俺は何を言ってるんだろう……

いいや、とりあえず振られたんだから、終わりだ。

話は終わらせよう。

「いや、うまく言えない俺が悪いんだけど…
 あの……こっちこそ、ごめんね…忘れてよ、この話は…
 今まで通りで、いてくれるなら…
 ……それだけで…いいから…」

マキオは、耐えきれず言葉と共に、一粒だけこぼしてしまった。
慌てて、うつむく。

「あたし、いいよ」

「え?」

驚いて、顔をあげる。

「マキオが、そんなに言うなら、別にいいよ。
 やっても」

や……やっても?

「…………」

やってもーー!?

「マキオとは、なんだか普通に話できてるから
 そんなに、嫌じゃない」

えーーー!!

マジで!?
いいの!?

バニラは、少し目をふせて話している。

「…いつする?」

いつ!?
そんな、いつって言えばいいの?

今っとか!後でっ!とか!?

ちょ…調達中はヤバいか…

で…でも今じゃなきゃ、バニラの気が変わるかもしれないし…

調達中はやっちゃダメなんて、そんなルール聞いてないし…
ってか、処理が追いついてませんからー!

どうする?
どうする?

先にバニラが追い打ちをかける。

「今夜…する?」

「……い……いいの?」

「いいよ」

「……じゃあ……お願いします」

バニラは、少し恥ずかしそうに、うなずく。

そしてバニラは、歩き出した。
マキオは、後ろをついていくが、足が地についてる気がしない。
どうやら、浮いているようだ。
ドラえもんって、こんな感じなのか…と思った。
いや、そんな事はクソほど、どうでもいい。

今夜?マジで?

いいや、一度冷静になろう。
宝くじが当たったら、人生が悪い方向に狂うっていうのを本で読んだぞ?
そうならないように、ちょっと整理してみよう。

俺が告白して、
そして、好きになれないって断られた。
で、残念がってたら、どうしてって聞かれて、
俺なりの考えを伝えたら、
やってもいいよ…ってなった。

「………」

意味わからん。
整理しても意味わからん

しかし………
やるだけって事?

ええっと、嬉しいけど、そんなのっていいのかな…
付き合ってからじゃないのかな…
バニラは、そんな感じで、いつもしてるのかな…
バニラ…ダメだよ…付き合ってもないなら、やっぱダメだよ…
バニラには、自分をもっと大切にして欲しい…

ダメだ!
もう一度、付き合ってくれるか聞こう。
それでダメなら…諦めよう。
この話は、無しだ!

「バニラ!」

バニラは、マキオの大きな呼びかけに、ビックリして振り返る。

「バニラ…付き合ってくれるの?」

「…うん」

っっっしゃーーーー!!

マキオは、快晴の空の下で、会心のガッツポーズを決めた。
それを見てバニラは、完全に微笑んでくれた。

「クスッそんなに、嬉しい?」

「決まってるじゃん!嬉しいよ!」

「…あのね、私考えたんだけど二人じゃアレだから、誰か呼ぼうと思うけど、イイ?」

「へ?」

誰か呼ぶ?

また、変な事を言い出したー!!
なんなの、この娘!
変わってるよー!
もしかしたら、手に負えないかもー!
俺、経験ないんだって!
言うべきか?
今、言っておいた方がいいのか!?

「あたし、2年もいるけど、ちゃんと話せる人少なくて。
 でも、料理長のエリーと、医療班のコノハは大丈夫だから、
 声かけてみようと思うんだけど…」

やったぁー!
二人ともカワイイー!
どうする!?
これは、奇跡としか言えない!
これを逃すと、来世でも後悔するぞ!
いい!!
もういい!
やっちまえっ!
やらずに後悔するのなら、やって後悔いたしましょう!

「…うん…いいよ!」

「ありがとう、二人とも良い娘だから、マキオもきっと気に入ると思う。
 ただ、コノハはお酒弱いから、無理にすすめちゃダメだよ」

「うん…わかった……お酒?……飲むの?」

「うん、私とエリーは普通に飲めるから。
 私、よく一人で部屋飲みしてるんだ。
 大勢で飲むのは苦手なんだけどね。
 だけど、それは良くないって、二人にも言われてたし、
 良い機会だと思う。
 本当は、私からお願いするべきだね。
 マキオ、付き合ってくれる?」

「お酒?……うん………いいけど……バニラ……今って…何の話だっけ?」

「飲み会の話でしょ?」

少し冷たい風が、二人の髪を揺らし、
木漏れ日が、二人を優しく包んでいた。

そして、鳥のフンが、マキオに落ちた。
マキオは、別に何も感じなかった。

しおり