第二十七話
依頼人、ラウネちゃんの家は、貴族らしく所謂高級住宅街にあるらしい。
依頼書に書かれていた住所の通り、おれっちたちは早速そちらへと向かう。
と。
「……ん?」
もう少しで商店街から抜けるといったところで、おれっちは妙な気配に気付く。
いや、その気配そのものは妙ではないのだが、何故か目視できぬギリギリの距離で近付いてきているのだ。
とは言え、この状況ではたまたま偶然に同じ方向に用があっただけだと言われても反論できない。
ごしゅじんが気づいていないようだったので、そこに悪意がないのは確かなようだったけど。
おれっちは一計案じてみることにする。
「ティカ、何か軽くつまめるようなものないかな。歩いて食べられるようなやつ。全く一文無しになっちゃったわけじゃないんだろ?」
「……うん。ちょっとだけなら」
おれっちの言葉に、ごしゅじんは頷き、きょろきょろと辺りを見回す。
その視線が固定されたのは、いい匂いのする串焼き屋だった。
「……あの、その黄色のは、いくらですか」
「おお、らっしゃい。一本三ドット(銅貨)と言いたいところだが、べっぴんさんにはおまけしたらぁ。一本二銅貨でどうよ?」
確か一銅貨で飲み物一本ぶん、だったか。
自然な値引きに恐縮しきりのごしゅじんを横目に、おれっちはもう一度気配を探る。
ふむ。間違いなさそうだな。
向こうさんもはっきりとこちらの位置を認識しているらしく、目視できぬ距離のまま止まっているのが分かった。
まいど、と言う串焼き屋のおっちゃんの言葉にぺこぺこ頭を下げるごしゅじん。
その手には、黄色いつぶつぶのたくさんついた香ばしい野菜らしきものが握られている。
ユーライジアで言うところの、『コーン』のような野菜、というかそのものと言っていいだろう。
「おしゃ……はい」
「うむ、大儀である」
おれっちは王様気取りで鷹揚に頷き、口元に持ってきてもらったそれをかりかり齧り取る。
あまり猫の食すものといった感じではないが、この甘さは嫌いじゃない。
十粒ほどかじったところで、みゃっとごしゅじんに差し出す。
「もういいの?」
「今度はティカの番」
「……」
言われて、何やら随分と悩んでいるようだったが、歩いて食べるというのと、衆目環境に晒されて食事するのが躊躇われたらしい。
ごしゅじんには珍しく小走りで、元々そのためにあったのか、近くにあったベンチに腰掛け、
またむむむとコーンを睨み付ける。
食べ方が分からないわけじゃあるまいに、などと思いつつ。
再びついてきていた気配を探ると、やっぱり動いていなかった。
ふらふらと、近づくのかそうでないのか、じれったい感じである。
「ティカ、ベリィちゃんがごしゅじんに用があるみたいだけど、どうする?」
故に問うと、小動物おれっち顔負けな食べ方でコーンを三分の一ほど食していたごしゅじんは、不思議そうに首を傾げる。
辺りを見回すが当然姿は見えないし、気配も感じられないのだろう。
ごしゅじんは普段ぽややっとしているが、普通の人間もろもろに比べればかなり気配を敏感に察知出来る方だ。
一族の特徴として、全てのものの魔力の色を見ることができる。
そんなごしゅじんですら分からないのに、ベリィちゃんの方もまさか気付かれているとは夢にも思うまい。
それは前述の通り、ある一点において非常識な才を持つ、おれっちの嗅覚の賜物であるのだから。
「……よく分かるね、おしゃ」
言いつつ差し出してくるコーン。
おれっちが食した部分の続きを綺麗に食べていたので、倣っておれっちも続きをかっ食らい、再び口を開いた。
「一度もふもふ要員に登録された女の子の匂いを察することなど、おれっちには造作もないことよ」
みゃふふと忍び笑いすると、力入ったのか、ぎゅむっと鼻っ柱にコーンがめり込む。
それにみゃあみゃあ鳴いて抗議すると、ごしゅじんは残ったコーンを奪い取るように全てをたいらげ、ぼわっと炎を生み出す。
「みゃっ!?」
炎を怖がらないなんて、嘘ですよ、はい。
びくりと震え、全身の毛が逆立つおれっちを脇目に、コーンの芯を一瞬で燃やして見せたごしゅじんは、ほんの僅かに残った灰を払い、すっくと立ち上がる。
「それじゃ……会いに行く」
「……」
どうやら、おれっちはからかわれていたらしい。
見上げれば、してやったりの楽しげなごしゅじんの笑顔が浮かんでいて。
こういう変化は、まぁ好ましいよな、なんて言い聞かせつつ。
あまり羽目を外さない方がいいのかもしれぬなぁと、内心で一人ごちるおれっちがいて……。
(第二十八話につづく)