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第二十六話




 不安なため息の理由。
 それは、思っていた以上に格の高かった、この『藍』と呼ばれる宿の代金についてだった。
 お犬様のステアさんに旅路に役に立てばとお駄賃を貰っていた(ユーライジアのお金は使えない、ということで)のだが。
 ごしゅじんが一泊する代金+使い魔のおれっちのえさ付きで、そのお駄賃がなくなってしまったのだ。
 それを大っぴらに口にすれば、ウェルノさんたちが都合してくれるなんてこともあったかもしれないけど。
 そこはさすがケチ……もとい、お金にしっかりしてるお家のごしゅじんである。
 

 「するってーと、明日の依頼のための準備もあるし、どこかでお金を稼がなくちゃならんのか」
 「うん。……でも、レンさんたちを探さないと」


 今は、ごしゅじんにくっつきっ放しの飼い猫暮らしであるおれっちだが。
 ごしゅじんと出会うまでは、従兄の野郎にまれにえさをねだることはあっても、その日暮らしの旅がらすならぬ旅猫だったおれっちである。
 その際、この矮小な身体でいくつもの修羅場をくぐったものだ。
 (例えば、『更衣室・女子』と呼ばれる、死の危険と隣り合わせのお宝だらけの場所など)
 

 故に、どこかへ出かける時には、それ相応の準備がいることを良く知っている。
 まぁ、個人ではなく団体の依頼であるから、ある程度は用意もしてくれているのだろうが、それこそ用心するに越したことはない、と言った所だろう。

 
 だが、明日の事よりごしゅじんには優先すべきことがあるようだ。
 てっきり、いい意味でも悪い意味でも、レンちゃんたちはどこか目につくところに待っていて、再会を果たすのだと思っていたが、いっこうに彼女たちは姿を現す気配はなかった。

 最悪、依頼の当日まで待てばとも思ったが、パーティの事もあるし、おれっちたちがここへ来たことへの反応が知りたかったのもある。


 「……そうさな。その事も聞きがてら、実入りの良さそうな短時間の仕事を探そう。彼女たちがここに宿を取っていれば話は早いんだけど」


 尚、現在ウェルノさんたちとは、別行動をしている。
 夕飯は一緒にと誘われたが、それぞれが用事があるようで。
 詳しくは敢えて聞かなかったが、ごしゅじんと言葉を交わせるのは願ったり叶ったりなので、これはこれでよかったりする。


 「よし、行くか。ついでに何かつまんでこう」

 とたっとごしゅじんの腕から降り立ったおれっちは、その足で部屋のノブに取り付き、ぶらさがりながら身体を揺らしドアを開ける。


 「エスコートしますよ、我が姫」
 「うん」
 
 そんなおれっちの行動が面白かったのか。
 嬉しそうな笑みを見せてくれるごしゅじん。
 おれっちは得意げになって背筋を伸ばし、ごしゅじんを先導してゆく。
 



 そうして再びギルドの受付けのある場所まで戻って。
 まず確認したのは、宿泊記録だった。
 かなり高めの宿だから、それほど期待はしていなかったが。
 やはりレンちゃんたちは三人娘の宿泊している記録はなく。

 気を取り直してお次は、依頼の紙が張り出されている掲示板。
 今更だけど、異世界であるはずなのに言葉はおろか文字も分かるのは、結構凄いことなんじゃないかと思う。
 さすがのおれっちも、異国の言葉を翻訳してしまうような力は持ち合わせていないので、おそらくはユーライジアとジムキーンの世界が、それだけ密接に関わっている同士、ということなのだろう。
 今のところ分かる違いと言えば、こちらの方が魔精霊の数が少なく、地位が低そうといったところか。
 
 ……なんてことをつらつらと考えつつ、ごしゅじんに手伝ってもらいつつ、幾重にも重なり貼り付けられている依頼の紙を眺めていると。
 その中に、ギルドの宿自体からの依頼があった。


 「何々……お、ティカ、これなんてどうだろう?」

 おれっちはごしゅじんの肩口に乗り、ごしゅじんにだけ聞こえる声で一つの依頼を指し示す。
 それは、簡単に言えば、夕食後の余興の依頼だった。
 中身は吟遊、または楽器の演奏。
 ものは何でも良いらしい。

 「『エコーディオ』を……使うって事?」
 「そう。妹ちゃんの横笛と一緒に演奏したいって前に言ってたろ? その練習だと思えばいいんじゃないか?」

 酔い客の中、力試しにちょっと一曲。
 おれっちは、敢えての軽い調子でそう進言する。
 するとごしゅじんは、流石に事が事だけに、深く深く悩んでみせて。


 「私も……受け入れてもらえる、かな。おばさまみたいに」

 不安いっぱいのごしゅじんの呟き。
 そう、ごしゅじんは本気で恐怖している。
 自分も、御伽噺めいた先達のようにうまくできるのか、自信がないに違いない。


 「大丈夫。おれっちが保障するよ」
 「うん。……分かった。やってみるね」

 ―――それが、星になるために必要ならば。
 嬉しいけど、随分とあっさりと頷いてみせるごしゅじん。
 頷いた後の、声にもならない行間の意味が、おれっちにはひどく印象に残っていたけれど。


 「……あっ」
 
 宿からの依頼の紙を、丁寧に剥がし手に取ったごしゅじん。
 しかしその視線が、別の依頼紙に止まっている。

 
 「ん? 何か気になる依頼でも。おぉ、お子様への依頼か? こんなものもあるん……なんだって?」

 おれっちは声を大きく上げそうになって、慌てて口を噤む。
 それは、まだ幼い子が書いたらしき、人捜しの依頼。
 
 捜しているのは、四人。
 キィエ・ルッカ。
 ジストナ・ティック。
 レン・ライル。
 ……そしてごしゅじん。

 特徴を伝えるようなものはなく、詳細は依頼主へとのことらしい。
 依頼主のところには、ステアさんが勘違いしてさらってきてしまった、ラウネと呼ばれる少女のもの。
 
 
 「ふむ。おかしな話だ」
 
 捜索されて助かった方が、今度は助けてくれた者を捜索しているとは、これいかに。
 よくよく見ると、報酬の方も拙い文字で要相談、となっている。
 
 これはあわよくは、この依頼を見て本人達がやって来てくれることを見越していたのかもしれないが。
 ごしゅじんは、おれっちの小さな呟きを聞くや否やその依頼書を手に取り、はがそうとする。
 

 「待って、ティカ。彼女たちがここに来て、これを目にするかもしれない。依頼人の住所、会える場所を調べて、直接訪ねに行こう」

 楽器演奏の仕事をするとしても、それはおそらく陽が落ちてからのことだろう。
 ならば先に仕事としてではなく、個人的に会いに行けばいい。
 ごしゅじんはすぐにそれを理解してくれたらしく、しっかと頷いて。
 
 おれっちたちは、宿兼ギルドを出たのだった……。


            (第二十七話につづく)






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