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第十二話



 そんなこんなで、いなくなったという港町の子供を見つけ出すためにと、手がかりかも分からぬ魔物を探索へと戻ったわけだが。
 

 『海の魔女』討伐に参加予定のレンちゃんたちがここにいるのは、さらわれた子供のために義憤に駆られ、少ない情報を求めた、ということだけでなく。
 『海の魔女』討伐依頼の集合日までまだ猶予があったから、という理由もあったのだろう。
 野宿するつもり万端で、日が暮れようとするのにも関わらず、一行森の奥へと歩みを進めていた。
 
 
 後数日でピアドリームの月の半ば。
 おれっちたちの故郷と、都合よく暦の読み方も同じだと考えれば、今は春から夏にかけての季節、ということになるのだろうか。
 野宿するには、まぁ手ごろ、といったところ。
 
 
 女の子だけのパーティーならば、魔物だけでなく色々な危険が潜んでいるだろうから、紳士であるおれっちが生暖かく見守ってやらねば、などと考える中。
 かしまし+ごしゅじんの、たどたどしくもごしゅじんにとっては身となり糧となるであろうやり取りが続く。


 「それにしてもさ、ティカさんってさっき急に現れたみたいだったけど、あれってどうやったの? 魔法?」
 
 おそらく、それこそがキィエちゃんの最も聞いてみたかったことで。
 どことなくごしゅじんに対して警戒していた理由だったのだろう。


 「あ、そうそう。あたしもそれ、聞きたかったんだ。あんな魔法、初めて見たもの」
 「……」

 同調するように、ジストナちゃんも続く。
 対するごしゅじんは、すぐには答えられずだんまりだ。
 いや、見る人が見れば焦っているのが分かるかもしれない。 

 紳士で口を利く、魔法もお手の物な使い猫の化けの皮を剥いでもいいものか。
 彼女たちと仲良くなるためには、隠し事をするのは良くないだろう。
 そんなごしゅじんの葛藤が、おれっちには理解できたが。

 
 「二人とも、無理に聞こうとしないの。珍しい魔法なら余計に、何か事情があるかもしれないでしょう?」
 
 私たちにはまだ、そこまでの付き合いがあるわけじゃないのだから。
 そんな心情が、レンちゃんにあったかどうかはともかくとして。
 おれっちはごしゅじんに対し、みゃおんと肯定を示す鳴き声をあげた。
 
 喋って物書きもできる賢い猫であることは取り敢えず伏せ置き、ごしゅじんの優秀な使い魔(だったらいいなぁ)としてなら大丈夫、といった意味の肯定。
 それにごしゅじんは、しっかりと頷いてみせると、意を決して口を開いた。

 
 「あれは、おしゃの力なの。『猫の隠れ家』って言う、『光(セザール)』の魔法」
 
 正確には、『光(セザール)』に加え、『闇(エクゼリオ)』や『風(ヴァーレスト)』の魔力を合成させてできる、とっても高度でむつかしい、凡百には扱えない紳士の魔法なのだが、元々ユーライジアの魔法でもあるし、今はごしゅじんの説明で十分だろう。
 
 おれっちは、短く一声鳴き、ごしゅじんの腕の中でぴんとひげを伸ばしどや顔をしてみせる。


 
 「ふ~ん。すごい使い魔だね」
 
 おれっちがそう思っちゃってるせいなのか。
 どこか、含みがあるようにも聞こえる、キィエちゃんの呟き。
 
 その、捕食動物めいた瞳で、初めてまともにおれっちのことをじぃっと見つめてくる。
 思わずぶるりと震えたが、それは怖かったからではない。
 その瞳が、いや、そのきつめな瞳であるが故に、彼女は可愛らしい。
 
 紳士なおれっちとしては、もふもふ的な意味で、捕食者としての誇りがある。
 そちらが誘ってくるならば遠慮はしないぜ、とばかりに勢い込んで見つめ返し身を乗り出す。

 だが、出会い頭の仕方なしにせざるをえなかったおれっちの行動を、ごしゅじんはいつにも増して警戒していたのだろう。
 抜け出そうにも動くのはマズルを初めとした顔ばかりで。
 虎の子の尻尾すら完全にごしゅじんの手にあって、無理に動けば痛いのはおれっちばかりという始末。
 
 
 「……っ」
 
 しょうがないから、その絶技でかの妹ちゃんを昇天させた実績のある(隙をついて頬を舐めたら気絶しちゃった)
 おれっち自慢のざらざら舌による自己主張。
 この幸せな束縛が解かれた時が最後だとばかりに鼻面を一舐めすると、捕食者としてのおれっちのことを本能的に感じ取ったのかもしれない。
 
 びくりとなって一歩引くキィエちゃん。
 その様に、してやったぜとばかりに勝利の余韻に浸っていると、牽制は横から来た。

 
 「ふむふむ。なるほどぅ。珍しい使い魔さんのようだね。あたしも初めて見るけど……あの、ちょっとさわってもいい?」
 
 どうやら、ジストナちゃんはずっとそう思っていてくれたらしい。
 確かに出会いの一幕では、もふもふできたのはレンちゃんだけだったし、おれっちのようなもふもふのか弱い紳士に触れてみたくなるのは、小さな女の子ならば当然の帰結であろう。

 
 おれっちは期待を込めて耳をぴくぴくと動かし、ごしゅじんを見つめる。
 さっきまでのキィエちゃんとの緊張感あるやり取り以上に、眉を寄せて憮然としていたごしゅじんだったけど。
 相手からそこまで言われれば断るのも狭量であると自分を納得させたのかもしれない。


 「……気をつけて」

 油断するとあなたの大事なものを持っていかれてしまいますよ、ぐへへ。
 なんておれっちが内心で注釈をつける中、ごしゅじんは渋々と(といってもそれはおれっちにしか分からない程度のものだったけど)いった風に、おれっちをジストナちゃんに手渡す。



「……うわぁ。なにこれ、シルクみたい。ちっちゃいのにふかふかだぁ」

 両腕を支えとして、顎下に持ってくる基本形。
 ごしゅじんのような、一歩間違えば窒息死しかねない幸せな包容力はなかったが、その言葉そっくり返しますよってところか。

 おれっちは、時に何するでもなく身体を弛緩させ、一声鳴きつつされるがままになっている。
 重要なのは、ここで自分からがっつかないことだ。
 こちらから手を出さなければ、相手が飽きるまでこの至福の時間は続いてくれる。


 「『光(セザール)』の魔力に、後は『月(アーヴァイン)』かな? いいなぁ。あたしもこんなかわいい使い魔さんほしいよ。ティカちゃんは、どこでこの子を?」


 右前足の肉球を揉みながらの、そんなジストナちゃんの言葉。
 おれっちの魔力の構成と言うか、素養を当ててしまうところをみるに、やはり職業的にはごしゅじんと同じ魔法を扱うものといったところか。

 こっちの世界で言う使い魔、おれっちたちの世界で言う魔精霊が人について従属魔精霊となるきっかけというのは、実に様々である。

 野にいるものを捕獲するか、はたまた魔法で召還するか。
 幼少の頃から育てられそのまま一緒に過ごす、なんて場合もある。

 最も、それらは人語を介さない『獣型』と呼ばれる魔精霊がほとんどで、意思疎通のできるおれっちのような少数になってくると、少々事情が異なる。


 例えばおれっちとごしゅじんの場合は。

 
 「出会ったのは……偶然。でも、一目惚れだった。だから私は……」

 おれっちの思考にかぶせるように、ごしゅじんにしてはあつぼったい饒舌な言葉を紡ぎ、しかし途中で言葉を止めてしまう。
 
 何だか泣きそうな目でおれっちのことを見つめてくる。
 おれっちにだけ分かるそれは、必ずしも悲しいものだけで構成されているわけじゃなかったんだけど。

 「わわ、くすぐったい」
 
 気付けば、おれっちはむずがるジストナちゃんの腕から離れ、ごしゅじんの元に飛び込んでいた。
 傍から見れば、それは子猫が飼い主に甘える光景だっただろう。
 だけど真実は、ちょっと違っていて……。

 
 「なんだか恋人みたい」
 「言うねぇ、キィエってば。羨ましいの?」
 「ばっ、な、な何を言って」
 「キィエもかわいいの好きだものね。ほんとは触りたいんじゃないの?」
 「ち、違って、そんなんじゃないもん!」
 
 によによとからかいの笑みを浮かべるレンちゃんと、さっきまでのが嘘であったかのように、びっくりするくらいうろたえているキィエちゃん。

 言われてみれば、おれっちとしたことがキィエちゃんだけまだ手つかずだったことを思い出して。
 これは好機とばかりに、一声鳴いてごしゅじんを見上げる。

 
 「……」
 
 言葉はなかったが、仕方ないなぁとばかりの呼気と微笑。
 おれっちは、それに任せろとばかりに頷いてみせ、そこで改めて獲物に視線を定めたが。
 
 
 「……っ」
 
 一瞬目があったかと思ったら、さっと視線を逸らし森の奥へと駆け出していってしまうキィエちゃん。
 それは、おれっちの姿を発見するや否や脱兎の如く逃げ出し、怯えたウサギのように最後は捕まってしまう妹ちゃんを幻視させる。
 
 となると、当然のように逃げるものを追い立てる気質を備えた猫のおれっちのなすべき行動は一つだった。
 
 たたっと地面に降り立ち、全身をバネと化し、逃げたキィエちゃんを追いかけていく……。


       (第十三話につづく)






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