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赤と青


 ドクター・Tこと、トゥルースは嘘を見抜く能力を持つ異能者。

 嘘をついているのが分かる。

 それは相手の表情やしぐさ、声色の違いで何となく分かる……わけじゃない。
 彼には嘘が『色で見える』のだ。

 真っ赤な嘘と言う言葉があるが、まさにその通り! 彼には嘘が赤く見える。真実は澄み切ったブルー。
 決して彼を嘘では騙せない。

 世にも稀な力を持って生まれた彼が、選択した職業は外科医。もしかすると他人は言うかもしれない、この能力をもっと最大限に活かせる職業があるじゃないかと。

 例えば、警察官や裁判官など司法の世界、相手の言葉が真実か否かを知る事が出来ればどれほど有益だろう。彼だけでなく社会にとっても。
 主観的な自信に基づく曖昧な経験や、確率と言う枷からは逃れられない科学的判断、そんなものとは次元の違う確実な目で見極められるのだ。

 そのような重責を背負わされても困る、億劫だとでも思うのならば、ビジネスの世界でもいい、海千山千の商売上手を相手に力を使い様々な交渉を巧みに進め、きっと超一流のビジネスマンになったはず。

 だが結局は医者、しかも精神科でもない外科。『力』の持ち腐れではないのか?

 物心ついた時から、汚くどぎつい赤色を見せ続けられ……一言で言えば……叫ぶなら「もう、うんざり!」なのだ。

 少々意地の悪い人は、続けてこう尋ねるかもしれない。それならば人と関わる必要のない分野、機械相手の技術者にでもなればよかったのでは?

 彼がこの能力を持つことになった根源的理由、もしくはこれが人の性と言うものだろうか? 人間の誰もが持つ裏と表、嘘と真、その興味深さは、結果的に彼を脳外科医への道へと導いた。


 うお座の間のリビングで、ゆったりとしたソファーに腰かけたドクターは、若干の寂しさと共に、先ほどの晩餐室での話し合いのやり取りなどを回想し考えていた。
 
 薄っすらと生えて来た顎髭を触りながら首を小さく振る。

 (犯人は、客の中にはいない……)

 これは確信だった。

 彼の能力の前で「ロクロウを殺していない」と真実を述べた以上、犯人には成りようがない。
 殺そうと思ってはいなかったが、結果的に死んでしまったなど、言葉尻を捕らえただけの機械的な診断では無い。何らかの結果に繋がる行動を取ったならば、その言葉には心の嘘の揺らぎが混じり、真実の青には決してならない。
 
 ただ…………一つの懸念。

 心の底から思い込んでいる場合、ほんの僅かも曇りの無い場合……それは嘘とは言わない。
 風が吹けば桶屋が儲かるという諺の如く、直接無関係のアクションを起こした事によって、回りまわって遠い誰かが死んだ。そのような条件では因果関係を実感できないかぎり、到底自分が殺害したとも思えないだろう。

 (今回の毒殺では、どう考えてもあり得ないが……)

 ドクターは招待客の一人、ある男の顔を思い浮かべ自問自答した。

 (その可能性はあるか? いや……無い、これもあり得ない)

 先ほど、心の底から思い込んでいると言ったが、これにも多少の違いがある。心底だと思わされている場合である。つまりは洗脳や催眠術などで記憶を変えられている可能性。

 (俺の力は絶対だと信じていたが……あの少年みたいな、実在すると考えた事もなかった超能力を現実に見ると、記憶そのものを変えられる能力者が居てもおかしくは無い……。しかし、生半可な暗示ごときでは俺の力は越えられない……)

 彼の能力の前では、紙に書いた文字を消しゴムで消したぐらいでは真実にならない、繊維の並びさえ同一のまっさらの紙と入れ替えるぐらいではないと。

 (もし居たなら? そうだ……何より、結果的に誘導した奴の方に嘘つきの反応が出る。命じて殺したも同然なのだから……)

 少しづつ彼の中で確実な犯人が絞られてくる。

 (なんか……たしか探偵だったか? が言っていたが、赤の他人の第三者が犯人の説…………フフフッ、推理小説のオチなら、ふざけるなって感じだが……どうだ? 少なくともこの島にまだ会ったことの無い部外者?! そんな奴が潜んでる可能性は…………う~む……低いな)

 探偵を筆頭に恐ろしく洞察力の高い者、油断も隙も無さそうで何を考えてるかも知れぬマジシャンや老婆、そんな能力者達の目をかいくぐって、まだ登場していない人物が隠れているなんて事は考えにくい。

 外科医は、あの忌々しいシーンを思い出し、苦笑いを浮かべ思わず口に出す。

 「ああ! もちろん俺でもない」

 (犯人は……)

 しきりに頷く。

 (チェックできなかった……シラヌイと……執事)

 姿を見せない不気味な主人、D.N.シラヌイ。おそらく皆は彼を最も怪しいと感じているだろうが、ドクターは違った。

 (しかし、シラヌイの言葉に嘘は無い)

 シラヌイの発した言葉から、その目的に嘘が無い事を彼は確信していた。

 (何か……俺には到底理解できないが……何か大きな目的、能力者による革命のようなものなのか? とにかく何だか知らないが、そんな目的のために我々を呼び寄せたのであって……わざわざ亡き者にするために集めたとは信じられん)

 彼の考えは、結論に辿りつつあった。

 (間違いなく、犯人は奴だ……名前も忘れちまったが……クロミズかクロズミとかいう執事。あいつが殺人者だ)

 両瞼に手を当て、クロミズ アキラの顔を思い出そうとする。ハッと何かをひらめき顔を上げる。

 (そうか! ……そうにちがいない。……あの執事もおそらく能力者だ! あいつも俺たちと同じ! 同じ立場! 金をもらえる権利者なんだ。てっきりレフリーか何かだと思っていたら、どっこい実はプレイヤーだったってわけだ)

 「くそっ、はめられたな……あいつめ金に目がくらんで、こっそりと陰に隠れて人数を減らし……分け前を増やそうって魂胆か?」

 ドクターは一週間ほど前のきっかけを思い出す。シラヌイと名乗る人物からの電話で聞かされた荒唐無稽な、ネジの外れた脳みそで生み出された妄想の戯言話を。
 馬鹿馬鹿し過ぎて騙される者など誰もいない、10億もの大金を見ず知らずの人間に与えると言う、脳が溶けそうなほど甘い話を。

 だが、彼には分った。それが真実の言葉だという事が。耳に届く言葉が南国の美しいビーチに広がる海の様に麗しい蒼だったから。

 それだからこそ、この孤島にやって来たのだ。

 ドクターは椅子から立ち上がり、部屋を歩き回りながら考える。

 (さぁさぁ……プロレスで言うところのアングルってやつが分かった以上、こっちには打つ手はある。……まず部屋に籠っていれば安全、なぜなら、殺人鬼に俺を簡単に始末できるような能力は無い)

 彼のその推理は、毒殺と言ういたって一般的な、か弱い者でも可能な殺害方法を取った事に由来する。

 (あのロクロウの様に、一度狙われたら防ぎようも無く、どうしようもないぐらいの恐ろしい殺傷能力を持ってはいない。…………少年は、嘘をついていた。最初に皆が集まった夕食で、全員を殺して金を自分が独り占めすると、心に無い事をふざけて言った……だが犯人は、それを真に受け始末したんだ)

 ドクターの現状なら、大金など手に入れずとも十分にリッチで何不自由ない暮らしをこれからも過ごして行けた。
 それなのに目の前に札束を積まれると揺らいでしまう……彼も普通の弱き人間。

 (ちぇっ、結局は金の魔力というヤツか?)

 初めてこの島に来た時に感じた種類とはまた別の後悔の念を感じつつも、冷静になれと自分に言い聞かせ、何も恐れる事はない、全てを上手くやり過ごし最後の日を迎え、金を手に入れて悠々とこの島を去っていくのだと決意した。



 ドクターが自室で悩み、思惑を巡らせていたころ、また別室に居た招待客も同じくそうだった。

 (シラヌイからの指示は実行した……してよかったのか?)

 真剣に悩んでいるようでもあり演技にも見える。
 たまにふと見せる笑いは、諦めの境地から来るものなのか……それとも愉悦からなのか……。

 (中止にした方がいいのか……いや……姿も見えない……どうする?)

 「……面白くなりそうなら……このままでいいか……クククッ」

 ドクターと違ったのは決意するまでの時間、5分足らずの事だった。



 場所が変わって、地下の開かず扉の前に座る二人も悩んでいた。

 「うちが玉子!」

 「いやいや、僕だって最後は玉子を食べたい! あ~別に嫌いじゃないが……最後はキュウリじゃなく玉子って決めてるんでね」

 「うちのまねするな~!!」

 「そっちこそ、大して味も分からないんだから大人しくキュウリでいいだろ!」

 「最後青臭さが、お口に残るのが嫌やねん!」

 残った二つのサンドイッチをどう食べるか揉めている……そんなまるで子供の兄弟喧嘩な様子を、にっこり微笑みながらメイドのウルフィラが眺めている。

 「毒なんてふりかけていませんよ~」と冗談を言いながら、ウルフィラが持って来てくれた夜食。
 ふかふかのパンに挟まれていた具はキュウリだけではなく、レタスやトマトなどヘルシーな野菜サンド。その最後の一切れを「もう~お喋り過ぎだ! そんな子はこれでも口に突っ込んでろ~」と探偵マーヴェルはおどけながら差し出す。

 「ふがっ」もぐもごモグモグ!

 「あらあら~ごめんなさいね、もう少しリクエストをよく聞いて全部ベーコンアンドエッグにした方が良かったのかしら? それとも違うメニューが……」
 ウルフィラはちょっと申し訳なさそうに、小首をかしげながら探偵に言った。

 マーヴェルはサンドイッチを口いっぱいに頬張りながら答える。

 「……んっん。いえいえ……ウルフィラさ、ゴクッ……大変美味しい……どちらも大変美味しいサンドイッチでした。ありがとうございます」

 メイドは探偵が食事を終えるのを見届けると、スカートの裾を整えながら立ち上がり会釈をして、後片付けをする。

 「それでは、一度上に上がります。また後でお飲み物など持って来て、お付き合いしますね」

 「また来てな~、名探偵のおもろない話し相手ばっかじゃあ疲れるねん」

 クリスのその言葉を笑って受け止めるウルフィラ。1階への階段へ向かって歩き出した。こちらの声が彼女には聞こえないほど離れた時、続けて話す。

 「うん、決定。彼女は犯人じゃない」

 「? 何故?」マーヴェルはちょっと驚いたように聞きかえす。

 「今回の事件は難解やろ?」

 「……う、うん確かに、少々悔しいが超が付くほど難解だ……」

 「そういう事件の犯人はなぁ大体、純粋無垢っぽい、人なんて殺せそうに無い予想外の人物が犯人やって相場が決まってるねん!」

 「そ、それじゃあ彼女が…………当てはまるんじゃあないのかい?」

 「……あんないい娘が犯人なわけない……逆説や」

 「!?逆説……逆説の逆説だって言いたいのか? ……クリス……」

 「逆の逆の逆の逆説は真なりや! あ~もう……分からん」

 この下らないやり取りに何の意味も無かったが、クリスの心の内の思いはマーヴェルにしっかりと伝わっていた。



 再び、うお座の間。
 また一本、完全に温度管理されたワインセラーから出された年代物の高級ワインを開けたドクターは新たな悩みに捕らわれていた。

 あの程度のモリヤの挑発で、皆と別れ一人になった事は正解だったのだろうかと。

 普段の己は、もっと冷静な男だと思っていた。
 この島に来てからの自分の行動を思い返しながら、分析を試みていた。

 以前の生活、社会において、彼はまさにエリートだった。外科医としての優れた才能、能力があり、確固とした地位があった。彼の高いプライドを満足させるに十分なステータスが確かにあった。
 ところが、思えばここではそうでは無い。今までの常識の通じない桁外れに強い奴ら、モンスター級のステータスを持った人間が集まっている。

 相対的に一気に自分の地位が低くなってしまったのだ。

 やや酔いのまわってきた頭を振りながら言い聞かせる。
 「大丈夫。ここからだ、ここがスクラッチ」

 彼の能力、話し声から嘘を完璧に見抜く能力があれば、たとえどんな相手であってもそう簡単に引けを取るつもりもなかったが、今まで得た十二分な経験においてこの能力の限界も知っていた。
 
 嘘イコール悪ではないという事。
 嘘をつくことが人間社会にとっての必要悪、会話の潤滑油であることも理解していた。

 すべての嘘が警戒すべきサインでは無く、逆にすべての正直さが安全でもない。

 「……そういえば……あの時…なんであんな嘘を……まあ……たわいもない事か……」

 コンコン! 突然のドアのノックにビクッとした。

 (フフッ…フフフ……あ、慌てるな、俺には力がある、この部屋に居れば誰も手を出せやしない)

 臆病な一面を見て恥ずかしさを覚えつつも彼はドアの前まで来て、外の人物に声を掛ける。

 「ま…まさか、私に対して何らかの危害を加える気じゃないだろうな?」

 閉じたドア越しにドクターの質問に答えた、その言葉に嘘は無い。ドクターはドアノブに汗ばんだ手を寄せ、鍵を開けようとして動きを止める。

 (おっと…危ない、念には念を入れないと)

 「あんた意外に周りに誰もいないな? もし居るなら……そっちも質問に答えてもらう」
 眼前の覗き穴のない重厚なドアを苦々しく思いながらも、とっさに思いに至った自分の注意力に自信を持った。

 大丈夫だ。安全だ。

 ふうっと肩の力が抜け、ただ部屋に人を入れるだけで、これほど慎重に、緊張した自分を一歩引いてみると急に馬鹿らしくなり、笑いを浮かべ鍵を開ける。


 ドアがゆっくりと開き…………。

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