第九話
人見知りの激しいごしゅじんが、知らない人と会話をせざるを得ない状況に持っていかれたことに気付いたのは、それからすぐのことだった。
おれっちは緊張で心なしか体温が上がっている気がしなくもないごしゅじんの腕の中で、その一部始終を見守る事にする。
つい我慢できなくなって口を出してしまいそうになる場面もいくつがあったが、人付き合いが苦手であることを、相手の彼女たちが理解してくれたのが大きかったんだろう。
突然現れ、結果的に彼女たちの仕事の邪魔をしてしまった(どうやら彼女たちは、ギルドの依頼で、あの『魔物』を追っていたらしい)ことなどで初めは警戒されている部分もあるにはあったのだが、彼女たちと同じようにあの魔物……ぬいぐるみたちを追っていたことをごしゅじんが何とか口にすると、最終的には一緒にあの魔物を追おうということに落ち着いた。
それは、目的を達成した際の報酬が目減りすることに渋っていたお洒落な弓士のレン・ライルちゃんに対し、正式に依頼されてわけでもないし別にいらない、と返したごしゅじんの言葉が決定的だったのだろう。
おれっち的には、何があるかも分からないし、もらえるものはもらっておいたほうがいいんじゃないかなとも思ったけど、ごしゅじんにしてみれば、森にいる魔物に対するヨースの日記の指示が気になってそれどころじゃなかったのかもしれない。
森にいる魔物を退治すれば、星が減ってしまう。
それはつまり、魔物を退治してしまうとヨースに会う機会が遠ざかってしまうということ。
あるいは、ごしゅじんにとってよくない未来の選択の可能性もある。
だが、そこではらむ矛盾。
彼女たちの手助けが魔物を退治することであるならば、果たしてそれを手伝っていいものなのか。
仮に両方成功した場合(成功と失敗の基準はまだよくわかっていないけど)、結果だけ見れば、 星を一つ得ることはできるにできるのだが……。
ごしゅじんはそれで納得しないだろう。
現れた魔物が、知り合いの使い魔かもしれないとなると尚更。
「……どうしてあの魔物を追っているの?」
結果、ごしゅじんが実を絞る勢いで口にしたのは、そんな言葉だった。
内容如何によっては、ともに行動することも考えなくてはいけない。
表情の乏しいその低い言葉は、聞く人が聞けばそんな威圧を与えかねないものだったけれど。
「どうしてって、討伐以外に、何かあるの?」
不思議そうに声を上げたのは、向日葵色ショートの、キィエ・ルッカと言う名の女の子だった。
自らの身一つで戦うのを信条にしているのか、得物どころかその小さな体躯の割に随分と扇情的というか、薄着だった。
武闘家かあるいは舞踏家なのか。
もふることができればある程度は人となりが分かるかもしれないが、あいにく今はがっちりごしゅじんに抱きしめられているため、それも適わない。
ただ、その可愛らしい見た目の割に、そのトパーズの輝石めいた瞳には、獰猛な獣のような色が見え隠れしていた。
そんな態度を極力出さないようにはしているようだけど、やはり突然現れたごしゅじんのことを警戒しているんだろう。
もしかしたら、ほんの一瞬ながらも溢れ出そうになったごしゅじんの魔力の奔流に気付いていたのかもしれない。
そうなると、こちらとしても彼女が一番警戒すべき相手か。
おれっちが、そんな事を考えているのを知ってか知らずか。
キィエちゃんは、自然な動作で小首をかしげ、ごしゅじんの返答を待っている。
ごしゅじんがあの魔物を追っていたこと。
随分とあっさり受け入れてくれたから少し不思議に思っていたのだが、どうやらそれには周知の理由があるらしい。
「……見たことがあるような気がしたから」
厳密に言えば、あれは魔物ではないかもしれない。知り合いの使い魔かもしれない。
ごしゅじんはそこまで口にしたかったのだろうが、口から出てきたのは傍から見ればよく分からないものだった。
「え? あなたあの魔物のこと知っているの? このあたしでさえ知らなかったっていうのに」
ただ、それはそれで通じたらしい。
一見偉そうな上から目線なのに、全くそんな雰囲気を感じさせないのは、キィエちゃんよりも更にちっちゃな女の子、ジストナ・ティックちゃんだった。
女の子だけの冒険者と言うのも珍しいようだけど、特に彼女は心配になるくらい幼い印象を受ける。
かなり長いだろう菫色の髪は、それを如実に現すがごとくのシニヨン。
大きな藤色の瞳は、常に潤んでいるようでもれなく父性や母性といったものを刺激する。
口には出さないが、きっとごしゅじんもやられていることだろう。
なんとなく、小生意気なのにそれがぜんぜん気にならないところなんかが、妹ちゃんを思わせるからだ。
「あの子たちは魔物じゃない……と思う」
「魔物じゃない? それってつまり誰かの使い魔ってこと? それとも魔法生物?」
ある意味既に一番馴れ馴れしいというか、心を許してくれている感のあるレンちゃん。
矢継ぎ早に放たれるその言葉に、どちらの可能性もあるといった様子で頷くごしゅじん。
その口ぶりで判断するに、使い魔とはおれっちたちの世界でも通じる、『従属魔精霊』=おれっちみたいなもののことだろう。
となると魔法生物とは魔法そのものによって作られた仮初めの生き物のことか。
不意に思い出すのは、妹ちゃんが好んで侍らせていた、火の星の人と呼ばれる軟体生物。
『火(カムラル)』の魔力そのもののくせに、治癒の魔法をかけて回るおかしなやつのことだった。
まぁ、それはともかくとして。
厳密に言えば、魔物も使い魔も魔法生物も、魔力が根源であることには変わらないのだろう。
あえて違いをあげるならば、人間に対する立場、だろうか。
先ほど見たものは、人間を捕食の対象にしか考えていない魔物ではなく、人の傍にいるもの。
ようは、ごしゅじんはその事を言いたかったのだが。
冒険者たち三人の雰囲気が変わったのは、ごしゅじんが頷いてすぐのことだった。
何か、失敗してしまったのだろうか。
張り詰めた……どことなく怒っているかのような雰囲気に、ごしゅじんがこわばるのがよく分かる。
だが、その怒りのようなものは、ごしゅじんに向けられたものではなかった。
「やっぱり……首謀者がいるってことよね。今回の事件には」
「……?」
頬に手を当て、呟くレンちゃん。
事件。きっとそれが、彼女たちが魔物を追っていた理由なのだろう。
当然それを知らないごしゅじんは、僅かばかり眉を寄せ疑問符を浮かべる。
それに気付き、説明してくれたのはキィエちゃんだった。
「港町の子供が行方不明になったんだ。ボクら以外にも、捜索の依頼をギルドから受けてる人はいる。ほとんどの人は『海の魔女』のせいだろうって言ってたけど。依頼主が、この森で見たこともない、魔物を見たって言うから、これは何かあるってボクらはここに来たんだよ」
「……っ」
またしても、抱かれるおれっちにだからこそ分かる、ごしゅじんのびくりとなるその反応。
反応したのは、おそらく『海の魔女』の部分。
ごしゅじんの知り合いらしいその魔女の、あまりよろしくない印象から来ているのだろう。
だが、今それは二の次だった。
行方不明になった子供がいて、彼女たちはその子供を捜している。
そんな彼女たちの手助けをする。
何と星集めにお誂えむきか。
「私も、捜すの手伝いたい……です」
なんて考えたおれっちの、何たる愚かなことか。
静かに、改めてそう口にするごしゅじんの言葉には、強い力が篭っている。
それも、無理はないんだろう。
今でこそ、仮面越しながらも手軽に会話できるようになったとはいえ。
ごしゅじんの伺い知れぬところで、随分と長い間、ごしゅじんからしてみれば妹ちゃんは行方不明だったのだから。
見つけたときには、既に命の奪い合いをしなくてはならないような敵同士。
そんな悲しみを二度と味わいたくない。
そう思っているごしゅじんにしてみれば。
この展開は当然のもの、だったのかもしれない……。
(第十話につづく)