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第七話



 そうして、本格的に森の中に足を踏み入れると。
いくらも立たないうちに天は森に包まれ囲まれ、日差しを遮り、闇を濃くしていった。

目当ての闇の魔力を持つものたちは、すぐに鉢合わせするかと思いきや、どうやらこちらを意図的に避けているらしくなかなか捕まらない。
あるいは、どこかへ誘い込もうとでも言うのか。


「おしゃ……お願いしてもいい?」

 その細い眉を、僅かばかり寄せたごしゅじんは、思っていたよりも早くおれっちの背中をなぜながらそう言った。

それは、使い魔にその主が命をくだす行為。
こんな矮小な子猫にですら下手に出る、ごしゅじん独特のものだった。
とは言っても、ごしゅじんがおれっち以外にお願いすることなんて見た事ないけれど。


「光(セザール)よ、その煌煌たる存在にて、我らを隠し給え……【ディブル・シーカー】っ」

歌って踊れる白き猫のおれっちには、よく使うお決まりの得意技が七つほど存在する。

これはその一、通称、『猫の隠れ家』。
光(セザール)の力を借りて、その姿形、気配や魔力の漏洩ですら防ぐ魔法だ。
光と言う名に似合わず、隠密行動や潜入の際に大いなる力を発揮するだろうもの。
 
誰にでも使えるものではない。
月と光をその身に棲まわせる、猫のおれっちだからこそ許される魔法だ。

ただ、それなりに強力な魔法であるが故に、制約がかかる。

一つは、主の許可なくば使えないこと。

もう一つは……ええと、なんだったっけか。思い出せない。
思い出せないってことは、対したことじゃないよな、うん。
だって結構、自分の趣味(人間観察だよ、人間観察。美少女限定だけど)に使ってるしな。
 

 
 そんなこんなで、姿を消し、気配を消しておれっちたちはゆく。
この場合、どうしても自分では完全に抑えられないごしゅじんの魔力を隠せたのが大きかったのだろう。

いくらもたたぬうちに、おれっちたちの耳に届いたのは、高速で震える羽音だった。
急いで、しかし慎重に駆け寄れば、少々広まった場所に見えるは三体の『蜂』を模したもの。

ユーライジアの世界で言うところの魔物のように見えるが、何か違う気がする。
その見た目は、お尻に針を持ち、黄色と黒の危険色を誇示する蜂そのものなのに、生き物の匂いが全くしなかった。

それは、布と綿の匂いだ。

ぬいぐるみ。
そんな言葉が、おれっちの頭をよぎって。

物に魂……魔力を宿らせ操り、あるいは存在、維持させる魔法。
『闇(エクゼリオ)』と『地(ガイアット)』の魔力を組み合わせ、編み出された技術。

『死霊術(ネクロマンシー)』、あるいは『人形遣い(ドールマスター)』か。
となると、魔物と言うよりは、ある意味おれっちと同じ、使い魔と分類すべきか。
 

「やっぱり……」

と、そこで微かに聞こえるか聞こえないかの、ごしゅじんの呟き。
見上げれば、変わらないように見える表情に、喜びのような感情が浮かぶ。
それは、どちらかと言えば知っているものだったというより、可愛いものを見つけた、といった反応。

何を隠そうと言うか周知の事実とも言えるが、ああいったもこもこした小さいものが大好きなごしゅじん。
もこもこで部屋を埋め尽くす妹ちゃんよりは幾分ましだろうが、ある意味、おれっちの好敵手と言ってもいいかもしれない。

ごしゅじんにしてみれば随分勢い込んでそれらに近付いてゆく。
よくよく見ると、いっちょ前に綿と布で出来たその手に小型の槍を持っているのが分かる。
その様は何かを守る兵隊、といった感じで。


「……おしゃ」

小さく、おれっちにだけ聞こえるようなごしゅじんの呟き。

それは、魔法解除の合図。
おれっちは言われた通り魔法を解除しようとして。


(むむっ、これはっ?)  

おれっちたちの背後、おれっちたちのように、彼らを追うものがあったのだろう。
確かに感じる、複数……三人の、美女美少女のかおり、じゃなくて気配。

こんな魔力の匂いがきつい中で、その気配をかぎ分けるのは、その事に九分九厘嗅覚を使い、日々鍛えているおれっちには容易なことだ。

どれほどのものかと言えば、一度嗅ぐことでその子の機嫌、体調まで分かるといった具合だ。
それこそが、七つある猫の取っておきの一つ、【サーチ・スーミール】。
またの名を『猫の嗅覚』。

その自慢の能力により、おれっちは三人のうちの一人が、今まさに何をしようとしているか、手に取るように理解できて。



その瞬間、放たれたのは、鉄らしき鏃のついた一本の矢。
それはぬいぐるみ目掛けて……その斜線上に姿隠して佇むおれっちたちに向かって飛んできた。

ちゃんとした魔法を繰り出す為の『文言(フレーズ)』を口にする猶予はなかった。
なんとも運が悪いというか、普通はありえないだろう状況に身体が反応したのは、ごしゅじんの不幸体質とまではいかないにしても、そういった類のものに慣れていたせいもあったのかもしれない。
 

「【サーク・シール】っ!」
「……っ」

円潤なる盾。
おれっちたち一族をそう証したのは誰だったか。

おれっちは、ごしゅじんの手から離れ、『光(セザール)』の魔力を解放しつつ一回転。
これぞ、早くも七つ技のその三、『丸くなる猫』。

突然、苦手な魔力の放出に驚いたごしゅじんが体勢を崩すのを見届けるより早く、吸い込まれるように矢がおれっちに向かってくる。
 
 
時期はぴったり、刹那出現した円形の盾は、矢の軌道を逸らすと蜂のぬいぐるみからも僅かにそれて、木々に掠って消えてゆく。

いや、もしかしたら初めから威嚇するだけのつもりだったのかもしれない。
おれっちに当たらなければ、木にまっすぐ突き刺さっていた軌道だった。

これは、かえってややこしいことになったかもしれないな、なんて思いつつ。
おれっちは矢を受けた衝撃を殺すようにしてそのまま弾き飛ばされ、ごろごろ転がってゆく。

地面は思ったよりぬかるんでいて。
大事な一張羅がぁと内心嘆く一方でざっと辺りを見やると。
突然現れたおれっちと降って沸いた矢に驚いたのか、蜂のぬいぐるみたちは一斉に森の奥へと逃げ出してしまって。


「もう、何外してるのよレン! 逃げられちゃったじゃない!」
「レンの下手くそ~っ」
「ちょっと、違うって。 何か白いのがいて邪魔されたのっ」


この展開は非常にまずいですぞ。
何も知らず無防備に近付いてくる三人の女の子の声。
加えて、おれっちの位置からごしゅじんが見えないのがいただけない。

目を離したら何をしでかすか分からない。
ごしゅじんにおいては、その意味合いは少々異なる。
この状況でごしゅじんの視界におれっちがいなくなればどうなるのか。
自意識過剰でもなんでもなく、おれっちは先を見出すことができて。


瞬間、おれっちの光の盾すら吹き溶かす勢いで、爆発的に高まろうとするごしゅじんの魔力。

全く、急かしいなぁ、なんて内心で愚痴を零しつつ。
おれっちが四肢に力込め、飛び上がった。

正しく、得物のねずみを見つけた勢いで、瞳きらつかせて。


            (第八話につづく)





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