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第六話



 と、そんな風に感傷に浸っていた時だった。

どうやっても気品漂うごしゅじんにはどうにも似合わない、今は翼を隠したその背中にある荷物袋が、かなりの光量をもって光りだしたのは。

いや、それはどうやら袋ではなく、その中身らしい。
ただの光が透けるほど薄いものでもないので、それは十中八九魔力の光なのだろう。


「……?」

それに、気付いたごしゅじんは、わずかばかり辺りをきょろきょろ見回した後、おれっちのほうを見やり、はっとなって荷物袋を下ろす。
案の定取り出したるは、赤仮面……お節介な妹ちゃんから渡された、ヨースの持ち物だというあの日記めいた本。
すぐさまページをめくるのを見て、おれっちもそれを目にしようと素早くごしゅじんの肩上に飛びつく。


「……ヨースの字」

不思議そうに、しかし確信をもって呟く。
そんなことまで知っているのかと半ば感心しつつも、おれっちはさっきまでなかったはずのその文章を見やる。




~星の集め方の基本~

その1、周りのみんなの、手助けをする。
その2、周りのみんなを、感動させる。
その3、周りのみんなと、仲良くなる。

本日までの獲得星数……0

目標達成まで後……100


第一日目。

星を獲得するための使命(ミッション)

1、 海の魔女、あるいはその眷族を仲間にする……獲得星数、5
2、 魔の棲まう森の中で人助け……獲得星数、2
3、 魔の棲まう森の中で魔物退治……獲得星数、-1


使命に成功すれば、示された星を獲得できます。
失敗の場合、原則として獲得星数は0です。



「……」

必要最低限で、事務的。
ごしゅじんはヨースの自筆だと言っていたけど。
実際にヨースが書いたわけじゃないんだろう。

ヨースは、『光(セザール)』の魔法を駆使し、剣を持って戦う騎士であるが、十二の魔法の中では希少の部類に入る、『時(リヴァ)』の魔法も得意としている。

時を止めたり、過去や未来にいったり、そんなだいそれたことはできないが、これから先に起こる未来を予知するという力を持っていた。

それがどこまで正確にできるのかどうかはよく分からないけれど、この本はおそらくその力が付加されているのだろう。
となると、この使命というのは、これからごしゅじんに起こる未来なのかもしれない。
どちらかと言うとこんなしち面倒くさいことするなら居場所を書いてくれれば楽なのになんて思ったおれっちだったけど。



「一番、失敗してる……」

当の本人であるごしゅじんは、そんなこと微塵も考えてはいないようだった。
どこまでも真剣に考え、取り組もうとしている。
それがごしゅじんの生来の純粋さという表現で足らないのならば。
そこにあるのは、ヨースへの信頼。
もっとも、おれっちにしてみればそれを否定するつもりは毛頭ないのだが。


「失敗? それじゃあ、この海の魔女ってのは……」
「うん。ファイカさんのこと……かな」

ごしゅじん自身、記憶がおぼろげなのかいまいちその言葉に力はなかったが。
会話もろくにできずに逃げられてしまったのは、ごしゅじんの独り立ち……あるいは贖罪の旅という意味合いにおいて、失敗といえば失敗かもしれない。

おれっちが邪魔してしまった可能性も否めないが、おれっちが予想するに、これは難易度の高い使命だったんだろう。
いきなり星の数五つというのは、言い訳じみておれっちにそう思わせる。


「まぁ、この文字の出現よりも前だったし、しょうがないよ。それに、まだ完全に失敗したわけじゃないだろ? 逃げられたのなら、会いに行けばいい。彼女の家にさ。知ってるんだろ、ティカ?」
 「うん。行けるかどうかは分からないけど……」
 
 頷くも、曖昧で意味深長な様子のごしゅじん。
 おれっちは、その意味をすぐに知らされることとなる。





 海の魔女さん? がいるという場所。
 そこはかつて、魔女さん……ファイカさんたち家族と、ごしゅじんたち家族が一緒に暮らしていたらしい。

 そこに行くためには、ジムキーンの世界にある大国の一つ、『ロエンティ』王国の海の玄関口、レヨンと呼ばれる港町にて船に乗る必要があった。

 ごしゅじんの場合その翼があるじゃないかという話にもなるが、構造上長時間飛べるようにはできていないのだ。
 逆に言えば、港町からそれだけ離れているということにもなるわけだが。
 まぁ、単純に飛ぶと目立つから、というのもあるだろう。


 それに伴って、これ以降おれっち自身もごしゅじん以外の人がいる所では喋らないようにと決めた。
 その方が心置きなく異世界の美女美少女にもふもふできる……もとい、ごしゅじんがこの世界のみんなの役に立つような……日記の星を集めるためには、おれっちがあまりでしゃばらない方がいいと判断したからだ。
 

 そんな、いくつかの決め事をして、いざ目指すはロエンティ王国、レヨンの港町。
 だが、ごしゅじんのおぼろげな記憶では、その正確な場所までは分からないようで。
 港町なのだから海沿いを歩いていけば、とも考えたが、あるいはどことでも人のいる町を見つけ、情報収集した方が早いんだろう。


 そんなわけで、おれっちたちはそんな人のいる場所を探しつつ、ヨースの日記本に書かれていた使命が達成できるかどうかを考えることにした。

 ちょうど、お誂え向きに崖を振り向き引き返せば、深深たる緑蔓延る森が見える。
その森が、果たしてヨースの言うところの『魔の棲まう森』であるかどうか判断はできなかったが。
 
 どちらにしろ、崖を抜けるには、海へ飛び込むか空を飛ぶ以外には、その森に入るしかなかったので、おそらくここが『魔の棲まう森』なのだろうと、決めつけつつ森の奥へと足を踏み入れる。


 崖は高いところにあったのか、だんだんと下ってゆく感覚。
 だが、奥へ奥へと入り込んでゆくうちに、その森が普通でないということに気付かされた。

 
 「何だ? 随分と魔力が濃い森だな……」
 
 自然であるからして、元々魔力の溜まりやすい素養は確かにあるだろうが、それにしても不自然に濃い気がする。
 森そのものがというよりは、魔力持つものがかなりの数、茂みの奥に潜んでいるという感覚。
 
 おれっちたちの故郷にも、魔女の森やら迷いの森なんて呼ばれている所があって、様々な魔力が森の空気に染みるように蔓延している、というのはよくあることなのだが。


 「みんな『闇(エクゼリオ)』の魔力……?」

 不思議そうに小首を傾げるごしゅじんの言う通り、ひそめることもなくその存在を主張しているのは、おれっちたちの世界で言う『闇(エクゼリオ)』の魔力がほとんどだった。
 
 その様はまさしく、闇の軍隊が、森に侵入するものを待ち構えている、といった雰囲気。
 
 
 「私……知ってる、この気配」
 
 だが、ごしゅじんはそれに微塵も躊躇わなかった。
 それは、ごしゅじんが『火(カムラル)』の魔力の次に大好きな、魔人族のほとんどが有する魔力だったせいもあるのだろう。
 
 「知ってる? また知り合いか?」
 
 しかも、こんなにたくさんの。
 こうなってくると、これも偶然ではないのだろう。
 まるで、ごしゅじんが来るのが分かっていて歓迎してくれているみたいな、そんな感覚。
 その感覚が正しいものであるのならば、この異世界の旅行もよいものになるのだろうけど。


 「知り合い……うん。そうかも」
 
 おれっちの問いかけに、少々自信なさそうなごしゅじんの呟き。
 
 でもそれでも、歩みは止まらない。
 迷わず、闇の屯する方向へと進んでゆく。
 
 それは、今度は逃げられないように、なんて理由もあったのかもしれないが……。


              (第七話につづく)



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