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第十七話:ドラゴン成長日記①

 朱里の頭の宝石が取れた。
 何を言っているのか分からないが、自分でも事態を理解できていないのだから仕方がない。

 朱里の頭には生まれた時から石から真紅の宝石のような石がついていた。それが取れた。驚きである。
 前回逆鱗が取れた時はたわしでこすった結果だったが、今回はそんなことやっていない。誓って何もやっていない。
 最近更に大きくなってうざったく足元にじゃれついてくる朱里をいつものように足先で蹴っ飛ばして遊んでやっている時に取れたのだ。ちなみに、本人は嫌がっていなかったので虐待とかではない。念のため。

 確かに木の枝とか投げて遊んでやるのは面倒だとかいう考えがなかったとは言わない。言わないが、断じて俺に朱里を害する意思はなかった。

 必死に言い訳する俺にカヤが呆れたようにため息をつく。

「落ち着きなよ……クジョ―」

「いやだって……なぁ」

 手の中に拾い上げた宝石は怪しげに煌めいていて、俺の知る如何なる宝石よりも高級そうに見える。これだけ見ればドラゴンの身体の一部とは思えない。
 宝石は綺麗な物だ。血も肉片もついていない。本当にぽろっと取れたのだ……まるで元々――取れるような物だったかのように。

 足元では朱里が大人しく丸まっている。頭を前足の間に置き、尻尾を抱え込むようにして。まだ生きている証拠にその身体が静かに上下していた。
 まだ外は太陽が上ったばかり。昼間に活動する事が多い朱里がこの時間帯に大人しくしているのは本当に珍しい。普段ならば俺に遊んで欲しいとじゃれついてくる、そんな時間帯だ。
 事実、さっきまではじゃれついてきていた。宝石が取れて大人しくなったのだ。なんで???

 別にこのドラゴンに愛着を持っているわけではないが、数えてみるともう飼い始めてから五ヶ月も経っている。今死なれるのは寝覚めが悪すぎる。

 わたわたする俺に反して、カヤは冷静な声で言う。

「大丈夫だって。ほら、ちゃんと見なよ。朱里、苦しんでないでしょ!」

 確かに朱里は鳴き声一つ上げていない。瞼を静かに閉じて眠っているように見える。

「安らかに逝く途中かもしれない」

「ドラゴンはそう簡単に死なないって! どうしたのさ。まさかクジョ―……朱里の事、気に入ってる?」

 なん……だと!? 気に……入ってる……?

 その言葉を口の中で反芻し、俺はようやく我に返った。頭の中がすーっと冷たくなる。
 カヤがにこにこと俺を見ている。というか、俺が朱里を心配してカヤが冷静になるって普通逆だろ、逆。

 足元で丸くなっている朱里に足を乗せる。朱里はまだ柔らかくすべすべして、足の裏から熱が伝わってくる。俺は一度咳払いをしてカヤに言った。

「朱里が死んだら朱里はばらして素材屋に売却しよう」

「あー……落ち着いたみたいだね」

「まぁな……」

 逆鱗も生え変わったんだ。頭の宝石が生え変わっても何もおかしくないんじゃないだろうか……いや、竜の生態なんて知らないけど、きっと人間で言う乳歯のような物に違いない。
 中で炎が揺らめくその紅蓮の宝石をごとりとテーブルに置く。きっとマジックアイテムの素材になるんだろうなー、こういうの。

「とりあえず数日様子を見て何かあったら所長に助けを求めよう」

「……一応、注意はするんだね」

「一応飼い主だからなぁ……飼い主登録もしてあるし」

 特に、俺は職を持っていないので俺に入ってくる収入は朱里関係だけだ。多分表向きに言うならば俺はドラゴンブリーダーになるのではないだろうか。飼ってるの朱里だけだけど。
 カヤの眼には俺がどんな冷血漢に映っているのか、教えて貰いたいものである。

 カヤの視線が宝石に向けられている。

「……その宝石はどうするの?」

「おっぱいと交換する」

「……は?」

 間違えた。

「知り合いに売りつける約束をしている。お前にくれてやってもいいけど、この大きさだとアクセサリーにもできないだろ」

 何しろ、人の拳大だ。指輪は論外、ペンダントにもならないだろう。鱗とは違うのだ。
 カヤにくれてやってもいいが、こういう物はクウリの方が専門家だろう。きっと逆鱗よりレアだ。おっぱい。

「い、いや……別に、私が欲しいって言ってるわけじゃないけど」

 カヤが慌てたように首を振る。その胸元にはあの日以来欠かさず付けているロケットが揺れていた。
 しかし、カヤには朱里を飼い始めてから本当に世話になっている。高く売れたら何かお礼をするのもいいかもしれない。



§ § §



 そして、翌日。朱里は元気になった。そして、大きくなっていた。

「おい、これは……不味いぞ」

 そのあまりの成長っぷりに愕然とする。
 俺は毎日朱里の大きさを計測している。昨日までは前足の先からしっぽの先まで一メートル八十センチだった。
 何故か興奮した様子の朱里をなだめ、伏せさせる。震える手でメジャーを伸ばしその体長を確認する。

「二メートルを超えている……だと」

 それは見てはっきりわかる程の変化。俺の計測はあまり正確性が高くないが、それでもはっきりわかる。
 朱里は俺の言葉を知ってか知らずか、いつものように尻尾を振って、しかしいつもよりも長かったのでテーブルにぶつかってしまった。
 大きめのテーブルが一瞬宙を浮き、朱里が目を見開き、しまったとでも言わんばかりの表情で俺を見る。

 ああ、しまっただ。いや……テーブルはまだいい。たとえ壊れたとしても、テーブルは買い換えればいい。
 昨日宝石が取れたのはこの前兆だったのか? 今日の朱里の頭には豆粒のような宝石が輝いていた。ただし、今度の宝石は赤ではなく青色をしている。卵から生まれた直後の朱里の宝石は豆粒くらいだったので、多分これから成長するのだろう。

 呆然とする俺に朱里がじゃれついてくる。そのあまりの重い打撃に、腰を据えて受け止めたはずなに後ろに数歩下がってしまった。

 体重、測るまでもない。俺は震える声で朱里に命令した。

「朱里、外に出ろ」

「ぐぎゅー……」

 玄関の扉を大きく開け放つ。ドアの幅は一メートルとちょっとくらいだ。朱里はのそのそと扉から出ようとして――途中で引っかかった。
 翼が引っ掛かっていた。朱里が左右にもがく。玄関の横の棚が翼にぶつかりぎしぎしと悲鳴を上げる。

「気合入れろおらぁッ!」

 背中を押す。本気で押す。押してダメだったので石鹸を持ってきた。一個まるまると使い朱里の背中と側部の全面にこすり付ける。
 そしてもう一度押す。本気で押す。そこまでやってようやく朱里はすごい勢いで外に弾き飛ばされた。

 そのままの勢いで門に頭からぶつかる。そして、破壊された。


 ――門が。

 がらがらと煉瓦造りの門が崩れる。煉瓦の山の下から朱里の尻尾の先だけがぴょこぴょこと動いていた。

「洒落になってねえ……」

 こうして、俺の朱里は家竜から外竜になったのだ。どうすんだ、これ。

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