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【帰れる……の? Ⅰ】

 イルヴォザーク王国お抱えの宮廷魔導師が病を得て亡くなったのは、半年と少し前。先代の国王が御隠れになり、第一王女、アデライート・エル・ド・イルヴォザークが王位を継いですぐのことだった。
 幸いにして賢者と呼ばれた老人には数多くの優秀な弟子がおり、後任者はすぐに決まった。
 だがその陰で、小さな問題が秘やかに持ち上がっていたことを知っているのは、国の中でもごく一部。新王と、その問題に携わった数名の重鎮たちだけだった。
 なぜならば、後任者に引き渡すべく研究室のある魔術塔の整理をしている最中。保管庫に納められている魔導具をはじめとした研究資料がほぼすべて、賢者の私財で賄われたものであることが判明したのだ。
 術式が一般に広く公布された汎用品ならまだしも、魔導具というものはすべからく、超がつくほどの高級品である。
 それがいまでは術式の失われた魔導具――『古の遺産』ともなればなおのこと。用途すらわからなくなっているものでさえ、いや。用途すらわからなくなっているものだからこそ、とんでもない高値がつく。
 もしその魔導具に組み込まれた術式を解明できれば、一攫千金も夢ではないからだ。
 魔術塔にはそんな、研究者であれば誰もが涎を垂らして欲しがるであろう『古の遺産』が無造作に、文献の類までをも含めれば、数え切れないほど保管されていたのである。
 若い頃から『古の遺産』に興味を示し、現在に至るまで数多くの術式を解き明かしてきた功績がものを言い、老人には国から支給される給金の他にも、毎月かなりの額の副収入があった。
 解明した術式の使用料然り。独自の解釈を加え、新しく編み出した術式の使用料然り。
 下手をすれば国の年間予算を軽く上回る金額を毎年、老人はなんの惜しげもなく自身の研究につぎ込んでいたのである。
 魔導具というものは、『ソレ』だけあればすべてを解明できるものではない。
 刻まれた術式を読み取るための道具や、読み取った術式を解読するための文献。果ては、組み合わせにより発動する類の魔導具まで。
 ひとつ解き明かそうとすれば、芋づる式で資料が増えていく。
 『古の遺産』の研究とは、まさに無駄の積み重ね。膨大な金と気の遠くなるような時間と余りある知識。そのどれが欠けても成り立たない、実に厄介な代物だった。
 そんな魔導具が、星の数ほど。
 三年前まで続いていた戦争の傷跡。先代国王の葬儀に新国王の即位式。数年に渡り続いた不作の影響などなど。
 現在、イルヴォザーク王国の国庫は、ほぼ空に近しい状態である。賢者の遺した遺産を買い取るだけの財はない。
 どのみち、大半がなんの魔導具かもわからない――素人目にはただの小汚いガラクタだなのだ。
 国一番の第一人者ですら解き明かせなかった魔導具など、ただの宝の持ち腐れ。研究するだけ時間の無駄。
 即位したばかりでなにかと忙しかった新王アデライートは、専門家にしかわからない宝の山を、あっさりそう切り捨てた。
 かくて養父の住んでいた屋敷ごと山のような未分類の研究資料とやらを押し付けられた養子(息子)たちは、国王の命により、遺産整理に勤しむ羽目になった――のだが。
 保管庫にあった研究資料一式を賢者の屋敷に運ぶよう命じられた使用人たちは、自分たち運ぶよう命じられた物が貴重品であることは知っていても、魔導具であるとは教えられていなかった。
 仮にも賢者の遺品である。貴重品を損なわないよう、使用人たちは保管庫の中にあった品物を厳重に梱包し、幾つかの箱にまとめて詰めた。
 しかしながら、保管庫に仕舞い込まれていた物の大半は、用途すら判明していない魔導具だ。中には当然、取り扱いに注意が必要な魔導具もあるわけで――……。
 そんなものをごちゃ混ぜにして箱詰めすればどうなるか。少しでも魔法をかじったことのある者なら、誰でもわかる。
 たが悲しいかな。下手に知識があれば悪心の疼くものがいるかもしれないと考えた担当者が変に気を回した結果。保管庫の整理を命じられた使用人たちは誰ひとりとして、魔法に関する知識を持ち合わせてはいなかった。
 
 ――……斯くて賢者の遺した魔導具の数々は、いつ暴走してもおかしくはない、とんでもない威力を秘めた危険物と化してしまったのである……。

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