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ポイズン


 マーヴェル達がロクロウの遺体を、彼が泊まっていた部屋のベッドに寝かせていた間、残ったドクターらは厨房の隣の晩餐室に移動していた。

 昨晩の夕食時とは打って変わって、何も料理が並べられていない広いテーブルを前に席に着く。当然、話が弾むという空気では無かったのだが、いくつかの事柄が静かに話し合われた。
 ただ、ロクロウ殺害の謎に関しては、探偵が戻って来るまでは…と、あえて話題にはしなかった。

 医者が再度問いかける、そうは言ってもやはり警察へ連絡すべきではないかと。けれども有効な交通手段、通信手段が見当たらない。
 家に帰るにも帰れぬ、この孤島で囚われてしまっている現状や、そもそも、我々を呼び集めたD.M.シラヌイとは何者なんだという疑問。
 その流れから、消えた執事と彼の部屋について昨日分かった事を、詳しくは知らなかったドクターとスリング婦人に、モリヤが話して聞かせたりしていた。

 暫くして探偵達が下りて来る。
 途中でメイドが、差し支えなければ先に厨房の後始末、掃除に向かうという。
 マーヴェルは了解をし、一点、ロクロウが口にしたジュースだけは保管して置くようにと言って、廊下で別れ食堂に入って行った。

 探偵の到着をもって、疑問点の確認や整理と言う意味合いで話が始まる。いずれ程なくこの場に居ないメンバーにも知らせなければならない事は前提に。


 ミスターモリヤが医者と探偵に、先ずはハッキリさせたいと言った。
 「事故の可能性は? 本当に殺人なのか? よく聞くじゃないか……アレルギーショックでも人は死んだりするって。あぁ、そうだ! それ以前にただの自然死だってある。心停止? 病気の発作っていう可能性は? 若いと言ってもあり得なくはないだろう」

 クナ・スリングが聞く。
 「オレンジのアレルギーってことかい? 偶然に起きた突然死だって? 怖いねぇ青天の霹靂、降りかかった不運の原因は神のみぞ知るってやつかい……ふふっ……そりゃまた都合良すぎの考えだねぇ」

 ドクターが断言した。
 「症状を見て、それは無い。自然死……科学的検査が出来ない以上、そこは難しいところだな……。しかし私は違うと考えるね、おそらく神経毒の一種……臓器のマヒで眠るように死んでいったと思われる。希望的観測を含めて言っているのは認めるが……」

  先ほど現場に入った時に、床にはいつくばって飲みかけのペットボトルを観察していた探偵が付け加える。
 「オレンジジュースに関しては、お昼に彼が平気で飲んでいたのを見ています。そして、後で皆さんにも確認してもらえばと思いますが、ボトルの底に僅かに傷がありました。極細の注射針のようなもので毒物を注入した痕跡の可能性が……」

 マーヴェルは輝く視線で一人一人を見ながら
 「まさか……手を触れずに毒で相手を殺しちゃうっていう…能力者は居ませんよね」
 と、冗談っぽく続けた。

 探偵から目をそらし、モリヤが口を開いた。
 「殺人事件だという事に、もはや疑いの余地は無いという事か」

 その言葉は、とても重い意味を持つ。
 招待客達の参加したサバイバルゲームが模擬弾を使用した遊びでは無く、実弾の殺し合いだったかのような、恐ろしい現実の再確認だった。

 澄んだ水槽の中にポトリと落ちた一滴の毒。


 医者が嘆くように。
 「あんな子供を狙って殺すなんて」

 モリヤは呟く。
 「子供ね……そんな枠にはまるような小僧でもなかったがな」

 探偵は腑に落ちない。
 「果たして彼を狙ったんだろうか? 確かに彼を殺害するにはあの方法以外なかなか思いつかないと言っていいぐらいに最適な方法だけれど……」

 ロクロウが毒殺されたのは無作為の結果であり、無差別殺人の可能性。

 「冷蔵庫に並べてある、他のオレンジジュースのボトルや飲み物を調べたが怪しい傷などはありませんでした。たった一つ! あのボトルだけだった……多くの選択肢がある中、彼が最初に手に取った」

 「つまり、あたし達がこの屋敷に滞在している間、何時でもいい誰でもいい。偶然その誰かさんがあのジュースを飲んでくれれば、そいつは死ぬという計画かい?」

 「だが、ちょっと待てよ? マジシャン的に言わせてもらえば、そのやり方だと100パーセント安全確実ではないね。毒を入れた本人にそいつが回ってくる可能性がゼロではない。仮にボトルにマーキングがしてあったとしても…………例えば、誰かが、毒入りなんて全く知らずにコップに入れて出してくることも十分あり得る」

 「オレンジジュースは口にしないと、決めていれば?」

 「可能性は低いが……料理に使われてしまえばそれも避けられんよ? 隠し味やデザートなんかどうだ? 100パーセント果汁だからあり得なくはあるまい」

 「そうだねぇ、いずれにせよ何らかの誤魔化し、対策が必要だねぇ。そしてその事は不審な動きに繋がり……やがては名探偵に見抜かれると……」
 そう言って老婆はマーヴェルを睨んだ。

 「も、もしかして……あの毒物は彼にしか効かない? 特殊な? 効きにくい毒だったのかもしれない……。当然大人より体の小さい子供の方が致死量が低い。……逆に犯人は毒が効かない……体質、能力者なのかも…………いやいや……そうなるとまた……」

 いつもの様子、ぶつぶつ呟くように話しながら、自分の内部世界の推理部屋に焦点が行っている探偵マーヴェル。

 結局のところ、毒物の効力、種類を特定できる科学的設備が無ければ結論は出ない。もしくは特殊なサーチ能力が。


 沈黙漂う中、少し前に掃除を済ませ、控えめに少し離れて立っていたメイドのウルフィラが無邪気な笑顔を見せ言った。

 「皆さん、如何でしょうか……ここらでお茶でも?」

 その場にいる全員が顔を見合わせ……ブルブルと首を振った。

 (おいおい……この状況で、当分は他人の持ってきた飲み物に口をつける気にはならないだろ~)


 「ごほっン、あ~ところで名探偵さんは? お得意の超絶推理で、もうすでに犯人が割り出せてるんじゃあないのかな……」
 ミスターモリヤが嫌味な笑顔で聞いた。

 「僕の能力は推理。推理とは、証拠や手掛かり、事実を基に理論的に考える事であって神様から啓示を受けるようなものではありませんよ。今のところ、申し訳ないが……犯人を特定できるほどの材料は無く、ミステリーで言うならば登場人物全てが犯人になりうる状況」

 マーヴェルは、明らかに文句を言いたそうなクリスを押え、つらっと言葉をつづける。

 「さらに言えば、登場人物欄にも載っていない……赤の他人が真犯人という事もあり得る…………どういうことかですって? まあ……物語としては肩透かしかもしれませんが、ジュースの製造工場や運搬過程で混入した可能性もあるという事です。真犯人は社会に強い不満を持った従業員Aとかねぇ」

 マジシャンと探偵のやり取りを聞いていたスリング婦人が、少しうんざりしてきたようで声に棘を載せて口をはさんだ。

 「ちょっとさぁ、悪いけどねぇ。そこまでの謎々ミステリーのようなお話はどうでもいいんだよ」

 凄みを湛えた暗い瞳でじっと見つめ、低い声で結ぶ。
 「あたしに言わせりゃあ、もうこうなっちまったら単純な話……動機が金か恨みかは知らないが……確かな事は、この島に……この館に犯人がいるってことさ」

 そう、まさに今この中にいる可能性だって大いにある。

 「ところであんたは、なぜあの現場に最初に居た?」

 彼女の鋭い射るような視線は、メイドに向けられた。

 これがまた、恐ろしくきつい大奥様からの詰問の様で、うら若き使用人としては震え上がってしまいそうな状況とも言えるが、ウルフィラには全く堪えなかったのか、ケロリとした様子で返事をする。

 「朝食の準備を頼まれても良い様に朝は厨房の方を覗きます、いつも通りの行動です」

 クナ・スリングは答えを聞くと、続けて機械仕掛けのようにゆっくり首を振り、また口を開く。

 「ドクター? あんたも駆けつけるのが……えらく早かったようだが?」

 形だけ見れば可笑しなことに、屈強な体躯をした男である外科医が、小柄なお婆さんからの問いかけに恐れ動揺を見せる。

 「わ、私はただ朝食を取りに行っただけだ。今朝だって……たまたま。……規則正しい生活で朝が早いんだ」

 額に浮かぶ汗粒を、目ざとく見たモリヤが言う。

 「計画的、偶発的どちらにせよ……そもそも毒を持っていないと始まらない……医者ならそれは日常的、簡単な事ではないか?」

 「ふっ、ふざけるな!」
 医者は怒りをあらわに吐き捨てる。

 「そうそう! あんた……確か、みんなより先、一番先にこの館に来ていたんじゃあなかったかな? そうすると、ゆっくり時間をかけて下準備も出来ると……」

 メンタルマジシャンの、その言葉に即座に声を荒げて返す。

 「ミスターモリヤ! お前もじゃないか! お前も一緒の船で来たじゃないか! つまらない話、嘘八百をベラベラっベラベラと話しかけてきやがって、ほんっとにこっちはうんざりだったんだよ!」

 モリヤは一瞬、片方の眉を上げたが、すぐにふざけた笑いを見せながら
 「あ~これは失敬、失敬。私も他の皆さんより先に着いていたんでしたぁ~すっかり忘れてました」

 沸き立ったドクターの感情は治まらない、鼻息荒く睨み続けている。

 「なんか、怪しいな……かなり焦ってるであのお医者さん」
 こそっと陰に隠れてたクリスが呟いた。

 マーヴェルは心の中で、比較的大人しくしてるクリスの様子に感謝しつつ斜め下に顔を向け囁くように返事をする。

 「クリス……いつも言ってるだろ、表面に現れた相手の感情を自分の思い込みで決めつけちゃあいけないって……」

 「でもなぁ、あの手品師のおっちゃんが言ってる事も一理ある。毒殺って、毒を用意してたって事やろ? とっさにそこら辺の物を凶器にした殺人とは全然ちゃう。普通の人がわざわざ持ってくるかな? やっぱり医者や! 決めた、犯人や」

 皆の疑うような目、屈辱的な立場で見つめられる中、赤らめた顔で両手を大きく広げながら医者は叫ぶ。

 「くそっ! こんな招待、受けるんじゃあなかった。来るんじゃなかったよ! 何だ? え? あんたの主人はとんだ奇人変人だよ、こんな奇妙な集まりを思いつくなんて! そうだろ? メイドさん」

 突然言い寄られたウルフィラは、少し困ったような顔をして、ぼそりと言い出した。

 「あの……実は……言いにくいのですが……」

 モリヤが、気にせず言いたいことを言うようにと促す。

 「はい……では……。わたしが昨日の夜、地下の……休ませていただいてる寝室に行く際……最後に厨房を出る人影を見かけました」

 間をおいて、部屋の全員を目でキョロキョロと見渡す。

 「それは……お医者さんでした」

 それを聞いたドクター・Tは、目を丸くして息を止める。直後、大きく吐き出すと目を瞑り上を見上げた。

 「くそっ」

 小さく呟き、口を結ぶと……ゆっくりと前を見据える。
 冷静さを取り戻した彼は言った。

 「ああ、そうだよ。彼女が言ったのは真実だ」

 メイドを除いた一同が身構える。

 「俺が犯人……」





 「俺が犯人を知ってる」

 ドクター・Tはそう言った。

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