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(12)反撃

「それでは君にはっきり聞くが、一体彼のどこが不満だね?」
 そんな事を大真面目に尋ねてきたグリードに、ソフィアは(寧ろ、満足できる所がどこにあるのか、教えて欲しいわ!)と内心で悪態を吐いたが、口に出しては悠然と微笑みながら告げた。

「まあ、不満だなんて……。昨日ルーバンス公爵邸にお伺いしましたが、あまりにも我が家とは格が違い過ぎる佇まいに、すっかり怖気づいてしまいまして」
「何だ、そんな事か。それならば安心したまえ! ルーバンス公爵家では、君のそんな慎ましやかな感性を好ましく思われた上で、是非にと欲しておられるのだよ」
 当事者でない癖に、あまりにも調子の良い事を言い出すグリードに内心で呆れながら、ソフィアは半分嫌がらせで言ってみた。

「でも私は辺境の領地での暮らしに満足しておりますのに、ロイ様はそうは思われてはいない様なんです。王都に出て来て、自由で心身共に余裕のある暮らしをしなければ駄目だとか、仰いますので」
「それは私から見てもそうだと思うよ? いや、全く、ロイ殿の言う事は正しい」
 うんうんと感心してみせるグリードを密かに鼻で笑いつつ、ソフィアは話を進めた。

「ですが、我が家は弱小貴族ですから、公爵家が納得できる持参金なども用意できませんし……」
 そんな事を恥らう様に口にして見せると、グリードは力強く請け負った。
「だから、そんな心配はいらないから安心しなさい。公爵家の方々は、こちらの事情など良くご存じだ。持参金などもこちらが出せるだけで良いと、寛大な事を仰っておられるしな」
「まあ、そうなんですか? ロイ様は結婚したら分家を立てて自活しなくてはいけませんから、それ相当の持参金を準備しなければいけないかと思っておりました」
「そんな事を考えて、尻込みしていたのかい? いやいや全く、誤解が解消できて良かったよ」
 そこで自分が言いつかった役目を果たせたと安堵したのか、グリードは大口を開けて笑った。そこですかさずソフィアが微笑みながら話題を変える。

「ルーバンス公爵家は、やはり他とは比べ物にならない位の大身で、余裕がおありなんですね。これで安心して、妹の嫁ぎ先に申し入れる事ができますわ」
「は? どうして君の妹の嫁ぎ先が、ここで出て来るんだね?」
 不思議そうな顔になったグリードに、ソフィアは当然の事の様ににこやかに告げた。

「ですから、ルーバンス公爵家は金銭的に余裕がありますから、持参金はこちらが準備できる額だけで宜しいんですよね? そう言って下さるなら、新しい屋敷に入る為の家具調度一式などもこちらで取り揃える必要はありませんし、将来父が亡くなった時も、こんな弱小子爵家の遺産を欲しがったりもしませんでしょう?」
「ま、まあ……、そうかな?」
 何となく話の流れに不安を感じながらも相槌を打ったグリードに、ソフィアが畳み掛ける。

「ですから、ステイド子爵家における私の相続分を権利を放棄して、その分を妹に全て与えようと思いますの。何と言っても妹の嫁ぎ先は我が家と同じ下級貴族の男爵家なので、少しでも暮らしの足しにして欲しいですから。妹の婚家と後を継ぐ弟との間で、揉めて欲しくはありませんし。男爵もそう思いますでしょう?」
「そ、それは……、確かに兄弟間で遺産を争うなど、論外だが……」
 明らかに顔色を変え、冷や汗を流し始めたグリードに、ソフィアは容赦なく止めを刺した。

「そうと決まれば早速、王宮の法務官に公文書の作成を申請しましょう。イーダリスは勿論、妹のアルメリアとその嫁ぎ先にも連絡しないと。忙しくなるわね」
「ちょっと待て、早まるな!!」
「ヴォーバン男爵、どうかされましたか?」
 思わず声を荒げたグリードをソフィアは内心で鼻で笑ったが、表面上は不思議そうに見やった。すると彼は、先程までの景気の良過ぎる自分の発言を今更撤回も出来ず、苦し紛れの台詞を絞り出す。

「あ、あのな、エルセフィーナ嬢。確かに先程は必要ないとは言ったが、物には限度があるという事で」
「ええ。ですからほんの形だけで宜しいんですよね? 全く持参金が無いのなら、却って我が家の名前に傷が付きますもの。公爵家の皆様に我が家の体面まで慮って頂いて、誠にありがたい事ですわ」
「いや、そうじゃなくてだな!?」
 ここで本当に相続権を放棄されたりしたら、もし首尾良く公爵家の息子と娘と結婚させた後にイーダリスが死亡しても、彼女の利用価値など皆無である事に加え、それを「ヴォーバン男爵からそうして構わないとご説明を受けました」などとルーバンス公爵家に言われた日には、公爵家から睨まれるだけでは済まないと思い至ったグリードは、狼狽しながら彼女を思い留まらせようとした。
 先程からの彼のその狼狽ぶりを見て、サイラスは壁際で必死に笑いを堪えていたが、ダラダラと続く会話に飽き飽きしていた事もあり、つい悪戯心が生じてしまう。

(いい加減諦めろよ、オッサン。どう考えてもソフィアに敵いっこないぞ)
「ブチェス・ライ・シュルマ・ユーレ」
 相手が悪かったなと多少は同情しつつも、サイラスは二人には聞こえない小声で情け容赦ない、しかし本当に些細な嫌がらせの為の呪文を唱えた。

「だから仮にも貴族なら、わざわざ言葉には出さない貴族間の慣習とかを読み取ってだな……、え?」
 思わず勢い込んで叫びつつ、彼がソファーから腰を浮かせたのと同時に、サイラスが魔術を行使してグリードのズボンの尻の縫い目の糸を、自然に切れた様に一気に縦に長く断ち切った。それに伴う布地が引き攣れる様な感じと、ビリッと言う不吉な音をグリードは感じ、さり気なく片手を後ろに回してみて真っ青になる。
 一方のソフィアには音しか聞こえなかった上、それも半ばグリードの叫びに打ち消されていた為、それが何なのか正確には判別できなかった。

「あら? 今何か、変な音がしたような……」
「その……、エルセフィーナ嬢」
「はい」
 呼びかけられて一応素直に返事をすると、グリードは強張った顔付きで唐突に別れの言葉を口にした。

「今日はお会いできて楽しかった。今日の所は、これで失礼する」
「まあ、もうお帰りですか? まともにおもてなしもしておりませんのに」
「気持ちだけで結構。それでは失礼する」
 急に無表情になりつつそう言ってテーブルを回り、常に自分に正面を向ける様にじりじりと横歩きで移動するグリードを怪訝に思いながら、ソフィアは申し出た。

「せめてお見送りを」
「結構! 構わないでくれ!! そのままそこで見送って頂ければ結構だ!」
「はぁ……」
 血走った眼で語気強く叫んだグリードに、ソフィアは呆気に取られてその場に立ち尽くした。その間にグリードは応接室のドアを後ろ手に開けて、素早くその向こうに姿を消す。その一連の行動を見ていたサイラスは、応接室の片隅で腹を押さえながら丸まり、必死に笑うのを堪えていたのだった。

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