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(6)ステイド子爵邸の秘密

 猫の姿のまま堂々と王宮の正門を通り抜け、貴族の屋敷が集まっている地域の街路を調子良く駆け抜けて行ったサイラスは、そろそろ庶民の居住区域に差し掛かるという所で、目的の屋敷を発見した。
(さて彼女の王都内の実家は、エリーから聞いた住所だと、この屋敷の筈だよな?)

 本人から『実家は貧乏子爵家』と自嘲気味に話すのを聞いた事はあったものの、やはり末端でも貴族は貴族であり、それなりの敷地を有し、自分の身長の倍以上はある高さの塀で囲まれていた。その塀をぐるりと回って正門に辿り着いたサイラスは、しっかり閉まっている鉄格子式の門を見上げる。
(呼び出し板で中から人を呼んで、開けて貰う訳にもいかないしな。取り敢えず、勝手に入って様子を見るしかないか)

 門柱に設置されている呼び出し板を確認したものの、サイラスはそれを無視して格子の隙間をすり抜けて敷地内に入った。当然前方正面に見える玄関の両開きの扉は固く閉ざされており、他の出入り口や窓から入れないかと、庭に回って探ってみる事にする。
 きちんと整えられている左右の植え込みのうち、サイラスは左側のそれの下に潜り込んで抜けてから、低木が何本か並んで植えてあるスペースを通り過ぎて、どうやらメインの庭らしい場所に足を踏み入れた。

(実質上は、ファルス公爵が使用しているんだったよな? それなら、公爵の部下が根城にしているわけで、手入れもそれなりにきちんとしているか)
 さり気なく目の前に広がる芝生や樹木の手入れが行き届いている事を確認しながら、彼が更に庭の中心部に進もうとしたその時、突然足元の芝生が爆ぜた様に飛び散った。

「うにゃん!!」
 同時に身体を弾き飛ばされたサイラスが、驚愕しながらも体勢を立て直しつつ、先程まで立っていた場所に目を向けると、そこが横一文字に黒く焼け焦げているのを認めた。それで彼は、庭に不審者が足を踏み入れると自動で小型の雷撃系術式が作動し、それに自らの防御術式が反応して、弾き飛ばされたのだろうと推察した。

(あ、あぶねぇだろっ!! しかし、いきなり猫が人の言葉を喋ったら怪しまれると思って、取り敢えず人語を喋れない様にしておいて助かった。ここで悲鳴を上げたら、屋敷の中から人が飛んできて怪しまれたと思うし)
 冷や汗をかきながらサイラスは慎重に後ずさりし、何とかその場を離れた。そして塀際に回り込んで庭を迂回しながら、真剣に考え込む。

(しかし仮にも貴族の屋敷の庭先、しかも末端の貴族の屋敷の敷地内に、こんな物騒な仕掛けがしてあるんだ? 少々大掛かり過ぎる気がするが……)
 などと考えていたサイラスの足元の地面から、突如数十本の槍が一斉に空に向かって飛び出した。

「ふぎゃあぁぁぁっ!!」
 これは防御術式に頼らずとも身体の小ささが幸いし、サイラスは槍と槍の隙間に綺麗に収まって串刺しになる事は免れたが、見事に槍に囲まれた彼の寿命は、確実に数年は縮んだ。

(おいおいおいっ!! 下手したら死ぬだろ、これっ! 最低限防御されるって言ったって、これじゃあ身体が持たないぞ!)
 心の中で盛大に喚きつつ槍の隙間から抜け出たサイラスは、少し顔を洗って頭をすっきりさせようと、ヨロヨロしながら無意識に噴水の方に進んだが、そこで中央から吹き上がっている水が、突然何本もの細い針となってサイラスめがけて飛来した。

「みぎゃ! ぎゃうあっ!! ふぎゃあぁぁっ!!」
(ちょっと待てコラ! 責任者、出てこいっ!!)
 一直線に飛んでくる水の針を、サイラスが超人的な動きでかわす度に、地面に細長い物が突き刺さっていく。涙目になりつつ彼が心中で抗議の声を上げていると、突然攻撃が止むと同時に、些か乱暴に首根っこを掴まれて空中に持ち上げられた。

「うにゃっ!? ふぎゃ~っ!! なぁにゃっ!!」
「なんだぁ? さっきから随分騒々しいと思ったら、庭に野良猫が迷い込んでたのか?」
「らしいな。久々に防御術式が発動したと思ったのに、つまらないな」
 話題になっているサイラスは、四本の足をバタバタさせて抵抗したが、目の前の随分印象が異なる壮年の男達は、サイラスをぶら下げたまま庭を横切って門に向かって歩き出した。

「まあ、こんな貧乏屋敷に、昼日中から盗みに入る酔狂な奴が、そうそういるとも思えんがな」
「しかしこんな猫にまで発動するとは、ジーレスの腕はやはり相当だな」
 そこで面識のあった、ファルス公爵家専属の魔術師の名前を耳にしたサイラスは、本気で戦慄した。

(あのジーレスさんが構築した防御術式!? そりゃあ高性能だろ。こいつらに一切反応していない所を見ると、登録してある人物には全く反応しないとか、流石だな)
 少し前の国境への遠征時に世話になった事で、否応なしに力量を知る事になった同業者の腕前に彼が畏敬の念を新たにしていると、建物の二階の窓が大きく開けられ、質素な服を身に着けたソフィアが顔を覗かせた。

「先生! 師匠! そんな所で何をしてるんですか?」
 上から声をかけてきた彼女に二人は足を止め、機嫌良さ気に顔を上向けた。それと同時に、サイラスはピタリと抵抗を止めて大人しくする。

「おお、今戻ったか、嬢」
「今回は面倒な事になったね、ソフィア」
「お二人とも……、顔が笑ってますけど。絶対面白がってますよね?」
 僅かに顔を顰めながら指摘してきた彼女に、二人は益々笑いを堪える表情になった。

「当然だろ? 公爵経由で話を聞いて、急いで国境沿いから駆け付けて来たんだぜ?」
「滅多に来ない、ソフィアへの縁談だし。一応君への教育に対する、責任もあるしね」
(責任って、何なんだ? さっき、『先生』と『師匠』って言ってたが、ソフィアはこの胡散臭い連中に、何を教わったんだ?)
 疑問に思いながらも、今回はこっそりソフィアの身辺を探りつつ縁談をぶち壊すつもりで出向いた為、サイラスは大人しく手に吊り下げられていた。そこで彼女が不思議そうに声をかけてくる。

「ところで、その猫は何ですか?」
 その問いに、男はサイラスをぶら下げたまま軽く掲げて見せた。
「ああ、これか? ここの庭に迷い込んでてな。屋敷の防御術式が反応しちまったんだ」
「ああ、それで師匠たちが、確認しに庭に出て来たんですね」
「そういう事」
 納得した様にソフィアが頷くと、男達はサイラスの処遇についてあっさりと話を纏めた。

「じゃあ原因は分かったし、その猫を外に放り出して来たらどうだ?」
「そうだな。じゃあソフィア、話はまた後で。そろそろジーレスも来る頃なんだ」
「はい。今から急いで着替えます」
(あ、おい! ちょっと待て! せっかく入ったのに、出すなよ!!)
 そして自分を掴んでいる男だけが正門へと出向き、閉めている門の格子の隙間から、目の前の街路に向かってサイラスを放り投げた。

「じゃあな、チビ。二度と迷い込むなよ?」
「うにゃん!?」
 空中を舞ったサイラスだったが、猫としての反射神経も備わっていたのかくるりと一回転して危なげなく道に降り立った。そしてすかさず門の中に目を向けたが、その時には既に踵を返し、玄関に向かって歩いて行く先程の男の背中が見えた。

(チビじゃねえ!! こうなったら意地でも張り込める場所を見つけて、この屋敷に居座ってやるぞ!)
 ぞんざいな扱いに完全に腹を立てたサイラスは、背を向けている男に気付かれない様に再び門の格子の隙間をすり抜け、再度ステイド子爵邸への侵入を決行したのだった。

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