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20.穴だらけの策謀

「さてと……、リム・ズェール・フレゥ・ラ・デス」
 鞍を外した馬の背にうつ伏せになり、両手両脚を左右にだらりと垂らしていたルパートは、エリーシアが呪文を唱えると同時にフワフワと浮かび上がり、くるりと反転した後はゆっくり降下して、両手両足を投げ出した状態で地面に横たわった。しかしそのままピクリともしない男を見下ろしながら、アクセスが訝しげに問いを発する。

「エリー。こいつ、目を覚まさないが?」
「これ以上、魔術は使ってませんよ? 単に気絶してるだけです。馬には一番近くの馬の後を追うように、魔術を施しておきましたが」
 その解説を聞いたアクセスの部下達は、その顔に物騒な笑みを浮かべた。

「ほう? そうかそうか。お気楽な事だな」
「俺達が修羅場くぐってた時、こいつは一人何も知らずにお昼寝かよ」
「ガスパール、ミラン、任せる」
 心底嫌そうにアクセスが指示した為、二人は皮肉っぽく笑いながらルパートに歩み寄った。

「副官、なるべく関わり合いたくないって気持ちは分かりますがね」
「俺達だって、こういう薄汚い奴は、視界に入れたくないですよ」
 そんな風にブチブチ言いながら、乱暴にルパートを蹴り起こす。
「おい! 起きろ!」
「王太子殿下の御前だぞ?」
「……っつ、何を」
 思わず悪態を吐きながら、片手を地面に付いて上半身を上げたところで、ルパートの頭上から冷え切った声が振ってくる。

「随分と恥知らずな事をしてくれたものだな」
「王太子殿下!?」
 驚愕して慌てて顔を上げたルパートの首筋に、アクセスが素早く剣を抜いて、その切っ先を当てる。
「敵国との内通、及び王家に対する反逆罪、それ以上追加して欲しい罪状はあるか?」
 アクセスからの断罪に、ルパートは真っ青になって固まったが、そこでどこかのんびりとした声が割り込む。

「副官、もうこれだけで、死罪確定じゃないですか?」
「追加する意味ないっしょ。後から書類を作るのが面倒なんで、増やす意味ありませんって。時間の無駄無駄」
「それもそうだな」
(さすが、あのジェリドさんの部下。一筋縄ではいかないわ)
 冷笑している面々が、嫌味を言いながらルパートの不安を煽っている事に気が付いたエリーシアは、密かに笑った。しかしとても楽しい心境になれなかったルパートは、青い顔を更に白くして、必死に弁明しようとする。

「ごっ、誤解だっ!! 俺は王家に対する反逆心なんて、これっぽっちも無いぞ!?」
 それにアクセスが、眼光鋭く睨み付けながら指摘した。
「ほう? 王家直属の近衛兵を敵のど真ん中に誘い込んで、王太子を売り渡そうとしたくせに? 下手をすれば王太子は殺されてたし、良くても人質交換の代償に、シベール川西岸地域は取られてたな。これを売国行為と言わずして何と言う?」
「だから! まさかこの部隊に、王太子殿下がいるとは思わなかったんだ! 俺はウェスリー兄上に『あの女をレストン国に引き渡せ』と指示されたから、その手筈を整えただけだ!」
(うわぁ……、大体予想はしてたけど、やっぱり馬鹿だわ、こいつ)
 勢い良く自分を指差しながらあっさり吐いた相手に、エリーシアが本格的に呆れていると、アクセスが容赦なく惚けたふりをして突っ込んできた。

「意味が分からんな。自分の手駒をわざわざ主陣に残して、俺達をレストン国兵士に殺させると同時に、内部から襲撃させて軍全体を壊滅させるつもりだったんだろう?」
「違う! 大体スペリシア伯爵家の手勢を置いてきたのは、この計画を知られたら絶対反対すると思ったからだ! あいつら、俺は次期当主だって言うのに『品位を損なうお振る舞いはお止め下さい』だの『武芸には自信がおありで無い様ですから、我々にお任せ下さい』とか、馬鹿にしやがって! それに! その女を引き渡したら、お前達が降伏したら無傷で助けてやると、レストン国とは内約ができてたんだ! それなのにお前等が俺殴り倒すから、交渉もできなくなっただろうが!!」
(本当に底なしの馬鹿だわ……)
 最後は責任転嫁に走ったルパートに、もはや溜め息しか出ないエリーシアだったが、アクセスもあまりの馬鹿馬鹿しさに頭痛を堪える様な表情になってから、怒りを含んだ低い声で問いかけた。

「内約? どこの誰とだ。誓約書は?」
「え? それは……、ニードとかいう部隊長で……。誓約書なんて、戦場で一々作ったりなんか……」
 途端にしどろもどろになったルパートを、アクセス達が鼻で笑う。

「そんな内通者相手に、口約束なんか守る馬鹿が何処にいる。第一、捕虜の扱いを決定するのは、最高指揮官だ。そんな下っ端に権限があるわけないだろ」
「絶対、そんな内約なんか無かった事にして、俺達を皆殺しにして自分の手柄にする気だったな」
「もうアホらしくて話にならん。あのままあそこに居たら、この馬鹿の巻き添えを食って、あの世行きだったぞ」
「そんな……」
 そんな事は微塵も考えていなかったらしく、愕然とした表情になったルパートに、ここでエリーシアがたたみかけた。

「それで? 私をレストン国側に渡して傷物にしてくれたら、ファルス公爵が体面を気にして養子縁組を解消するだろうから、可哀想だからその時はルーバンス公爵家で引き取ってやって、爵位も領地も有効に活用してやろうって事ね? この場合、純粋にファルス公爵家から身代金を巻き上げる為に丁重に扱われてもそういう噂は立つから、どっちにしても好都合よね?」
 これまでアクセス達がわざと触れなかった事を、本人がサラッと口にしてしまった為、アクセスは「あちゃー、言っちまったよ」と頭を抱えたが、案の定ここまで黙っていたレオンが、それを聞いた途端激昂し、ルパートに掴みかかった。

「貴様! 今のエリーの話は本当か!?」
「うぐっ……、で、殿下……」
 アクセスが慌てて剣を引き、ガスパールとミランが落ち着き払ってレオンの手首に手をかけながら言い諭す。
「止めた方が良いですよ? 殿下」
「そうですよ。そんな野郎に触ったら、手が腐れますって」
「……ちっ!」
 憤懣やるかたない表情ながら、アクセス達から(これの処分は自分達に任せて下さい)との気配を感じ取り、レオンはルパートから手を離した。そこでアクセスが、何気ない口調で確認を入れる。

「ところでエリー。録ったか?」
「はい、ばっちりです。今回のこの騒動は、この馬鹿が主犯、馬鹿の兄貴が教唆、そしてスペリシア伯爵家は無関係って証拠になりますね。レオン殿下は最強の証人ですし」
 エリーシアがいつの間にか服の上に引っ張り出していたペンダントを軽くつまんで小さく振ると、ルパートの顔は更に血の気を失い、アクセスは満足そうに頷いた。そこで物騒な会話が交わされる。

「じゃあ取り敢えず、こいつはこの場で処分するか」
「そうですよね。水や食料だって満足に無いのに、連れて歩くのも業腹なんですが」
「……っ! ひいぃっ!」
 完全に腰を抜かして後退しかけたルパートだったが、すかさずエリーシアに魔術をかけられ、周囲を透明な壁に囲まれて退路を阻まれる。するとここでアクセスが提案してきた。

「まあまあ。お前達、腹の立つのは分かるが、少し穏便に。俺に考えがあるんだが」
「何ですか?」
「こいつは同行させずに、無傷で置いていく」
 淡々とそんな事を言われて、その場にいた全員が呆気に取られた。しかしすぐに抗議の叫びが上がる。
「はぁ? なんでですか!?」
「ふざけた事言わないで下さい、副官!」
 しかしアクセスは、冷静に話を続ける。

「落ち着け。こいつが内通してたお陰で、レストン国側は完全に俺達の場所が分かって包囲してた。てっきり油断してて殆ど抵抗できないか、こいつが降伏を勧めて大した反撃を受けないと思っていた筈だ」
 そこまで言われて、上司同様目端がきく部下は、思わせぶりにルパートを見やりながら、考えを述べた。

「そうでしょうね……。それが予想外に反撃され、それなりに部隊に被害を出した挙げ句逃げられた、となると……」
「内通者と思わせておいて、実はレストン国側の前線を攪乱する為の工作兵だったかと勘ぐられそうですね」
「そんな中、こいつが無傷で、武器を持ったまま、ひょっこりレストン国兵士の前に現れたら、相手はどう思う?」
 アクセスのその問いは、部下の嗜虐心をそそったらしく、含み笑いで応じる。

「……色々と、楽しい事になりそうですね」
「また俺達に罠を仕掛ける気か? とか疑われて、拷問とかで有りもしない罠の内容を吐かされそうだ」
「どうでしょうか? 殿下」
 一応、この場で一番身分の高いレオンにアクセスがお伺いを立てると、平坦な声が返ってきた。

「殺す手間も省けるな。人質に取られても我が国としては、反逆者に身代金を払う道理は無いので、父親にでも払って貰え」
「そんな! 殿下!」
 全く同情する素振りを見せないレオンに、ルパートは泣き言を訴え始めたが、それを無視してアクセスは指示を出した。

「決定だ。エリー。こいつの今日1日の記憶を消す事はできるか?」
 その問いに、彼女はちょっと首を傾げる。
「完全に消す事は無理ですが、封じるだけなら暫く保つと思います」
「それで良い。そしてレストン国兵士と遭遇するまで、一人で勝手に歩いて行く様にしてくれ。そして遭遇したら、記憶を封じたまま正気に戻る様にして欲しい」
 かなりの無茶ぶりに、エリーシアはちょっと呆れた。

「なんですか。そんな都合の良い魔術が、早々あると思ってるんですか?」
「稀代の魔術師アーデン殿の弟子で、稀有な女性王宮専属魔術師たるエリーシア様にもおできにならない?」
 茶化す様にニヤニヤ笑ってきたアクセスに、エリーシアは苦笑いして頷く。

「そこまで言われては仕方がありません。やってみせようじゃありませんか」
 そう言って彼女は不敵に笑い、動きを拘束されているルパートに向かって一歩歩み寄り、手を伸ばしながら術式を起動させる呪文を唱え始めた。

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