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11.余計な懸念

 遠征前の最後の公休日前日。前回の休日は準備に費やして顔を見せなかった事に加え、やはり一応出発前に公爵家の皆に挨拶しておこうと考えたエリーシアは、仕事を終えてからアルテスの馬車に同乗して、ファルス公爵邸に向かった。
 二人きりで馬車に乗るのにもだいぶ慣れてきた筈のエリーシアが、その日は顔を合わせた当初から何故か気まずそうにしている事に気付いたアルテスは、不思議そうに声をかける。

「エリーシア、どうかしたか? 何か心配事でもあるなら言ってみなさい」
 何気なく声をかけてきた義父に、彼女はかなり恐縮しながら口を開いた。

「その……、お父様には早めにお話ししておくべきかとは思いますが、出征の準備にかまけてすっかり忘れておりまして……」
 緊張気味に話し出したエリーシアだったが、アルテスは事も無げに応じる。
「このところ忙しなかっただろうからな。別に構わない。本当に至急の話だったら、どんな状況でも話してくるだろう?」
「はあ……、確かにそうですね」
「それで? 至急では無いが、きちんと私に話しておいた方が良い内容とは何かな?」
「先週の話なんですが……、王太子殿下と求婚云々について、話し合いまして」
「ほう?」
 興味深そうな顔になったものの、余計な事は言わずに自分の次の発言を待つ義父に、エリーシアは一息に言ってのけた。

「レオン殿下に、私の事が好きだから結婚を考えて欲しいみたいな事を言われましたが、他の有象無象をひっくるめて私的には好きでも何でもないし、仕事上で自分なりに納得できる成果を出せたと思えるまで、結婚とかは考える気になれませんと、きっぱりお断り致しました!」
「そうか。分かった」
「……え?」
 あまりにもあっさりとした反応に、エリーシアは戸惑った。しかしそれはアルテスも同様であり、怪訝な顔で尋ね返してくる。

「どうかしたのか?」
「あの……、言う事はそれだけですか?」
「他に言う事があるのか?」
 そこでエリートシアは、益々言いにくそうに話を続けた。

「その……、王妃様が私の養子縁組をファルス公爵家に依頼した時、『王太子妃を出すチャンスを出してあげます』云々と仰っていたじゃありませんか。その時は全く意味が分からなかったのですっかり忘れていましたが、こういう事だったのかと今回漸く分かりまして」
「それでレオン殿下をこっぴどく振ったので、私に怒られるとでも思ったのか。なるほど」
 納得した顔になって頷いたアルテスだったが、すぐに口元を手で押さえて小さく笑い始めた。いきなり怒鳴りつけられなくて安堵したものの、エリーシアはかなり居心地が悪い思いをする羽目になり、一応尋ねてみる。

「どうして怒らないんですか?」
 その問いかけに対し、アルテスは誰が見ても明らかな笑顔で応じた。
「怒る必要など無いからな。そもそも養子縁組の話が出た時、確かに王妃様から話は出たが、あれはもし我が家の中で反対意見が出た時に、説得する理由の一つとして話したに過ぎない」
「そうなんですか?」
 いかにも疑わしげに問いかけたエリーシアに、アルテスがどこか傷付いた様な表情で続ける。

「王妃様もそれだけを目的として、我が家が君と養子縁組したとは思っていらっしゃらないだろう。寧ろ、今でも本気で我が家が王太子妃を出したがっていると思われていたら、傷つく」
「はあ……、そういうものですか」
 微妙な顔をしながらの台詞に、アルテスは苦笑いしながら続けた。

「本人に結婚する意思が無いのだから、求婚を断るのは当然だ。別に私の意向など、気にする事はあるまい。これからも遠慮無く断りなさい」
「ありがとうございます」
 重ねて言われて、漸く安堵したエリーシアが微笑むと、アルテスは面白そうな表情になって話題を変えた。

「そう言えばこの前の公休日は、出征準備の他に野暮用に付き合わされたのだったな」
 それを聞いた途端、エリーシアががっくりと項垂れる。
「お父様……。あまりにも馬鹿馬鹿しくて、一刻も早く記憶から消去したい出来事を、ほじくり返さないで貰えますか?」
 その訴えに、アルテスは含み笑いで応じた。

「それは悪かった。しかし人伝に話を聞いた時は面白さのあまり、一瞬自分の耳を疑ったぞ。それで、盗られたり破壊された物とかは皆無だったんだな? 必要があれば訴訟の手続きを取るが」
「いえ、ご心配には及びません。全員本格的な捜索に入るまでに、動きが止まっていましたので」
 慌てて弁解したエリーシアに、アルテスが真面目くさって頷く。

「それならば良いが。この事は貴族間で、結構噂になっている」
「……なりそうですね」
「ルーバンス公爵家は自業自得だから、同情はしないが。今回参加する近衛第四軍や現地の貴族には、ルーバンス公爵家の関係者もいるので、注意しておくように」
 その忠告にげんなりしながらも、エリーシアは確認を入れた。

「お父様にはその関係者と言うのは分かっているんですか? それに現地の貴族って、どういう事でしょう?」
 素朴な疑問を呈したエリーシアに、アルテスが丁寧に解説を加える。

「取り敢えず、ルーバンス公爵の三男が、近衛軍第四軍所属だ。それに国境付近の領地を持つ貴族が、各家の私兵を連れて作戦に参加する予定になっている」
「近衛軍だけじゃ無いんですか?」
「今回は王家直轄地での紛争になるが、そこを突破されたら隣接する領地も被害を受けるからな。だから近隣の領主に、兵を出す要請をしているんだ」
「そういう事ですか」
 納得して頷いた義娘に、アルテスは淡々と付け加えた。

「今回は二家に要請しているが、確かそのうちスペリシア伯爵の娘婿が、ルーバンス公爵の六男だ。おそらく舅に代わって、現地の案内役も兼ねてその男が出てくるだろう」
「うげ」
 思わず潰れた呻き声を上げたエリーシアは慌てて両手で口を押さえたが、それを見たアルテスは、笑いを堪える表情になって評した。

「今のは聞かなかった事にしておこう。フレイアの前では、さっきの様な声は出さない方が良いな」
「気を付けます。でもそんな奴も関わってるんですか……」
 一気に気が重くなったエリーシアを宥める様に、アルテスが話しかける。

「あまり顔を合わせた事は無いが、あまり才気溢れるという感じの青年では無かったし、精々嫌味を言う程度だろう。心配する必要は無い筈だ」
「ありがたくて涙が出ます」
 次々明らかになる異母兄弟が、父親から認知されている人間に限り、揃いも揃って微妙な評価しか貰ってないってどうなんだろうと彼女が考えているうちに、馬車は無事ファルス公爵邸に到着した。

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