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20.宴の終わり

「見事だったぞ、エリーシア。それにどんな派手な術式を行使するのかと思いきや、ドレスとアクセサリーの意匠を変えるとは……。その意外性にもしてやられた」
 そう言ってからからと笑ったランセルに、エリーシアは神妙な顔付きで返した。
「過分なお褒めの言葉を頂きましたが、今回のこれは本来の術式の使い方からすると邪道に当たりますので、恐縮です」
「邪道? それはどういう意味だ?」
 怪訝な顔になったランセルに、エリーシアは落ち着き払って、その意図する所を告げた。

「実を申しますと、宝石を光らせる為に、自動で光源を集約して発光させる、本来灯台などに使われている術式の応用をしておりますし、氷結している布地を柔らかに保つ為に、衝突時の衝撃や乗り物の振動をさせる為の物質軟化の術式を応用しております」
「なるほど……、本来様々な用途があるわけだな。それで?」
「本来魔術と言う物は、人々の生活を向上させ、より豊かで住みやすい環境を整える為に必要とされ、生み出されてきた物です。それを今回の様に自らの虚栄心を満たす為の手段とする事には、正直、先人の皆様方に対して恥ずかしく、申し訳無く思う気持ちが生じておりました」
 エリーシアがそう神妙に述べると、ランセルも重々しく頷く。

「成程。そなたが邪道と述べた意味は分かった。しかし確かにそうかもしれんが、今回のこれは決してそなたが自らの虚栄心のみでドレスを魔術で着飾らせた訳では無いのは分かっているから、安心しなさい」
「寛大なるお言葉、ありがとうございます」
 そこでエリーシアが笑顔になって一礼すると、予めフレイアと打ち合わせをしていたミレーヌが、如何にも懸念する様な声音で意見を述べてくる。

「ですが陛下。これまで誰もやった事が無かった事を彼女が公の場でしてしまった事で、面白半分に追従する者が出ないとも限りません。彼女が申しました通り、虚栄心を満たす為に無闇に魔術を行使するのは愚かな行為かと思われます」
「ふむ……、王妃の申す通りだな」
 指摘されて顎に手を当てて考え込んだランセルだったが、結論を出すのは早かった。

「それではタウロン。至急、衣装・装飾品に対する過度な魔術使用を禁じる旨を法令化し、速やかに国内で周知徹底させる様に」
「畏まりました。その様に取り計らいます」
 謹厳そうな顔付きで頭を下げた宰相から視線を移し、再度エリーシアに目を向けたランセルは、上機嫌でエリーシアを褒め称えた。

「ご苦労だったエリーシア。今回の行為は、事前にミリアが術式を披露する許可を出した事でもあるし、問題無しとする。加えて女性ならではの視点で、いかに自分の力量を知らしめるかと考えた末のこの術式、実に見事だった。これからも我がエルマース国の為、エリーシア・ランディス・グラード・ファルスの名に恥じぬよう、王宮専属魔術師の務めを果たしてくれ」
「はい、陛下。誠心誠意、務めさせて頂きます」
 そこでエリーシアがスカートを両手で軽く持ち上げつつ、完璧な淑女の礼をすると、ミレーヌが嬉しそうに述べた。

「有能な若手が台頭して来るのは、それだけ国内の治世が安定し、繁栄している故かと。これは陛下や次代の王太子殿下にとっても、大変喜ばしい事。お喜び申し上げます」
 そのミレーヌの祝辞に、タウロンも尤もらしく同意を示す。

「誠に。彼女に続く有能な人材が、これからも出て来る事を期待致しましょう」
「それではここで、陛下の治世の繁栄を願って、皆で乾杯してはどうだろうか?」
 レオンが機嫌良くそんな提案をすると、笑顔でミレーヌが応じた。

「それは宜しいですね。それならば是非、乾杯の音頭はエリーシアに取って貰いましょう」
「わ、私がですか!?」
 予想外過ぎる事を言われて、本気で仰天したエリーシアだったが、動揺しているうちにタウロンとレオンの指図で、給仕達が素早く手が空いている者達にグラスを配り始めてしまう。それが一通り出席者の手に渡ったのを確認したミレーヌが、目線でエリーシアを促した。その為、この間になんとか覚悟を決めたエリーシアが、軽くグラスを掲げて口を開く。

「それでは……、陛下の治世が今以上に繁栄する事を願って、乾杯!」
「乾杯!」
 エリーシアに続いて出席者達が揃って唱和し、それから大広間は活気に満ちた和やかな空気に包まれた。

(よ、良かった~! 何とか無事に済んだわ。ミレーヌ様ったら、いきなり乾杯の音頭なんて取らせないで下さいよ! 緊張して、舌を噛むかと思いました!!)
 気合で何でも無い風を装いながら、グラスの中身を少しづつ味わいつつ、エリーシアは心の中でミレーヌの無茶振りについて泣き言を漏らした。そこにミリアとシェリルが笑顔で歩み寄って来る。

「エリーシア! 本当に凄かったわ! でもドレスに魔術を使うのを不真面目だなんて、誰も思わないんじゃない? それなのに、もう人前で見られないなんてつまらないわ」
 如何にも残念そうに訴えるミリアの横から、シェリルが年長者らしく苦笑しながら宥める。
「でもミリア、今後見れなくなるからこそ、今日は貴重な機会になったんじゃない?」
「それもそうね。ありがとう、エリーシア」
「どういたしまして」
 元来素直な性格のミリアは、それ以上周囲を困らせる様な真似はせず、あっさりと引き下がった。それにエリーシアは内心安堵したが、ミリアが何か言いたげに口ごもる。

「それで……、あの……」
「どうかされましたか? ミリア様」
 不思議そうに小首を傾げたエリーシアに、シェリルが微笑みながら告げた。

「あのね? ミリアが本当に霜が付いているのかどうか、実際にエリーのドレスを触ってみたいんですって。でも淑女にあるまじき行為だって、恥ずかしがってるのよ」
「シェリル姉様……」
 あっさりと暴露されて少々恨みがましくミリアが姉を見やると、そのあまりにも可愛らしい申し出に、エリーシアは小さく噴き出した。そして満面の笑みになって、ミリアの要求を受け入れる。

「今夜は、ミリア様が十五歳になったお祝いの夜会ですし、殿方に触られるなら御免ですが、ミリア様でしたらどこでも幾らでも触って頂いて結構ですよ?」
「本当!?」
「はい、勿論です」
 途端にミリアは瞳を輝かせたが、それは並んで立っていたシェリルも同様だった。

「エリー! 私も良い!?」
「シェリルまで……。まあ、良いわ。好きなだけ触ってみて」
 苦笑しながらのその台詞に、二人は嬉々としてエリーシアのドレスを触り出す。

「それじゃあ、遠慮なく……。きゃっ、この白い所、本当に冷たいわ!」
「でもどう見ても、霜になんか見えないんだけど、不思議ね」
「それは光の屈折率とかを変えて、一見表面上は滑らかに見える様にしているから」
 しみじみと感想を述べたシェリルに、エリーシアが苦笑交じりに簡単に説明する。するとミリアが、次にアクセサリーに興味を示した。

「ねえ、エリーシア。そのチョーカー、引っ張ってみても良い?」
「はい、どうぞ。力一杯引いて下さって構いませんよ? バラバラにはならない筈ですから」
「本当? 本当に思いっきり引っ張るわよ? 姉様、そっちから引っ張って!」
「そんな無茶な……、う、びくともしない」
「やっぱりエリーシアの魔術の腕は凄いわね」
 少女達のそんなやり取りを、周りを取り囲んでいる者達の多くは微笑ましく、または感嘆した風情で見守っていた。

「ほぼ筋書き通りに進んで良かったですわね?」
 少し離れた場所から、義娘の奮闘を見守っていたフレイアは、満足そうな表情で隣に立っている夫を見上げた。そのアルテスは先程配られたグラスの中身を飲み干してから、いつも通りの表情で淡々と告げる。

「ああ。これでエリーシアの王宮専属魔術師就任に、表立って不平不満を言う輩は居なくなるだろう」
「陰で色々言う方々が、完全に居なくなる事はないと思いますが」
「だろうな。どこぞの公爵家縁の方々が、私達とエリーシアを睨んでいるぞ?」
 そう囁かれた為、フレイアが何気なさを装いつつ周囲を見回すと、自分達の斜め後方にルーバンス公爵家の一党が、憤怒の形相で自分達とエリーシアが居る辺りを睨んでいるのを認めた。

「まあ……、ただでさえ品の無いお顔をされているのに、あんな顔をされていると醜悪そのものですわね。アンジェス嬢が酒乱扱いされたのはお可哀相ですけど、それは自業自得に加えてレオン殿下が勝手に勘違いなさったせいでしょう? ですがエレノーラ嬢も妹君にそんな噂が立ってしまったら、王太子妃の座獲得レースで、一歩も二歩も出遅れてしまいましたわね。お気の毒に」
 そう囁いて含み笑いを漏らした妻に、アルテスは小さく溜め息を吐いた。

「……お前は、相変わらず見かけに似合わず辛辣だな」
「私、正直なだけですわ」
「取り敢えず、調査は続行だな」
「ええ。私も十分、気を付けます」
 にこやかに微笑みつつ、その表情に似合わない物騒な会話を交わし合ったファルス侯爵夫妻は、それから挨拶する為に寄って来た貴族達からエリーシアに対する称賛の言葉を受けつつ、和やかに社交辞令を交わしながら夜会の終了時刻までを過ごした。

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