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19.余興の披露

「王太子殿下、あそこまで大袈裟に仰らなくても。確かに女性が王宮専属魔術師に就任するのは珍しい事ですから、色々な憶測を呼んでしまうのは仕方のない事です」
「そうは言ってもだな」
 未だ納得しかねる顔付きのレオンに、ここでエリーシアは優雅に微笑みつつ、ある提案を口にした。

「実はその様な皆様の疑念を払拭できればと、今回、ちょっと仕込んできた物がございます」
「何だ、それは」
 怪訝な顔になったレオンに、エリーシアが余裕の笑みを浮かべながら懇願する。
「それはミリア様の前で披露しようかと考えておりましたので、できればミリア様の所にお連れ頂けませんでしょうか?」
 そう頼まれたレオンは、一瞬迷う素振りを見せたものの、すぐに踵を返しながら彼女に指示を出した。

「そう言う事なら……、付いて来い」
「ありがとうございます。それでは皆様、失礼致します」
 そしてエリーシアは周囲の者達に軽く一礼してレオンの後を追い、必然的にレオンを追いかけてきた令嬢の集団や物見高い者達を引き連れて、ミリアの前に現れる事になった。

「一体、何事なの? 先程から騒がしいと思っていたけど、随分仰々しい登場ね、エリーシア」
 王座に程近い所で、貴族達からの祝いの言葉を受けていたミリアが、ギャラリーを引き連れてレオンとエリーシアがやって来た為、目を丸くして尋ねた。それにエリーシアは礼儀正しく一礼してから、神妙に願い出る。

「お騒がせして申し訳ありません、ミリア様。少しの間、私に協力して頂けないでしょうか?」
「協力って、何をすれば良いの?」
 不思議そうに問い返したミリアに、エリーシアは淡々と事情説明を始める。

「実は、私が王宮専属魔術師に就任以来、その資質について色々と取りざたされる事がございまして、周囲の方にご迷惑をかける事態になっているのです」
「まあ……、あなたを任命したのはお父様よ? その判断に疑問を差し挟むなんて、それだけで不敬だと思うのだけど」
「私も同様かと思いますので、この際、私の力量がどれ程のものかを、公式の場で披露しようかと愚考した次第です」
「なるほど。あなたの考えは尤もだわ」
 話を聞いて、当初レオン同様不快な表情になったミリアだったが、彼女の申し出に納得して頷いた。それを受けて、エリーシアが話を続ける。

「ですが、自分の力を誇示する為に魔術を人前で行使するなど、王宮専属魔術師としての品位に欠ける上、公の場で何かを破壊する様な術式を行使するわけにもまいりません」
「それもそうね」
「ですから、この夜会はミリア様が十五歳におなりになった記念の夜会ですし、ミリア様に楽しんで頂ける様な余興の形で披露させて頂きたいと思いました。宜しければミリア様に、その術式を披露する許可を頂きたいのです」
 エリーシアがそう申し出た途端、ミリアは目を輝かせた。そして両手を組み合わせつつ、了承の言葉を口にする。

「面白そう! そういう事なら許可するわ。エリーシア、私にその余興を見せて頂戴!」
「畏まりました」
 機嫌良く申し出を受けてくれたミリアに感謝しつつ、エリーシアがぐるりと周囲を見回しながら、自分達を取り囲んでいる貴族達に神妙に告げた。

「それでは皆様。危険性は全くありませんが、念の為、私から半径3ガズ程の距離は取って頂けますか? その方が見やすいとも思いますし」
 その指示に従い、周囲の者達は等しくエリーシアから十歩程の距離を取る位置まで下がった。そしてそれを見届けた彼女が、再びミリアの方に向き直り、術式を解除させる呪文を唱え始める。

「それではいきます。シェン・リーダ・ムンド・ラ・ジェス・テン・リーム……」
 するとエリーシアの首元を飾っていた、所々に宝石を配置した三連の銀のネックレスと花をモチーフにした髪飾りが一瞬にして分解した。加えてドレスの鮮やかな翠色の裾や袖口に、蔦模様に縫い付けられていると思われた、細かい宝石の粒と一緒に空中に浮かびあがる。それらは少しずつ移動して、銀の粒と宝石の種類ごとに綺麗に分類されて、上に向けられたエリーシアの両手の掌に収まった。

「え? 嘘!? そのアクセサリーって、魔術で連結していただけだったの!?」
「ドル・エンタス・ミューラ・レ・フォス・ナティール……」
 ミリアを始め、それを目の当たりにした出席者達は揃って目を丸くしたが、その反応は予測の内だった為、エリーシアはそのまま呪文を続行させた。すると呪文を唱えるに従って、エリーシアのドレスの色が、徐々に変化してくる。
 術式を作動するまではウエストの切替え部は純白で、上下の襟ぐりや裾に向かって徐々に濃い翠色になるグラデーションだった筈が、次第に白い部分に色が付き始め、全身の濃淡に差が無い状態になった。

「ドレスまで!? 色が変わって……、じゃなくて、もしかしてそれって、元々翠色単色のドレスなの!?」
「……カーディ・ナル・ソン・エスタ・ジン。ご覧下さい、ミリア様。これが元々の私の装いです」
 呪文の詠唱を終えて、両手に銀や宝石の粒を山盛りにしたエリーシアが微笑んで報告すると、ミリアから吐息と共に感嘆の声が漏れた。

「……信じられない。魔術で、そんな細かい装飾までできるなんて」
 するとエリーシアは笑みを深くし、再び呪文を唱え始める。
「それでは、もう一度お目にかけましょう。ジェール・イスタ・ロー・ムジャン・レ・リム……」
「元通りにするのね。……じゃあなくて、まさかさっきとは別の形!?」

 ミリアが思わず叫んだ通り、首回りには先程緩やかに三連で下がっていた銀の粒は、今度はチョーカーの形でしっかり首にフィットする形になり、正面に配置された宝石は一か所に固まって豪華さを演出した。そしておそらく髪飾りに使用していたと思われる分は、イヤリングに変化したらしく、大きな落涙型になって耳元を煌めかせる。

「タステ・ヴェラ・キュレム・ロゥ・レーン……」
「もう一度、同じ術式をかけると思っていたのに……」
 そう呟いたミリアの目の前で、エリーシアのドレスの色が再び変化し始めた。しかし先程とは逆に、上下の縁が純白になり、ウエスト部分に行くに従って濃い翠色に変化していくグラデーションになる。そして当初蔦模様だった装飾は、腰の切替え部から放射状に何本も走る細い線になって、裾へと広がって行った。

「……キュレル・ニスタ・アム・ハーリ・ジェン」
 そして完全に呪文を唱え終わったエリーシアは、再度ミリアに一礼してから、その旨を報告した。

「ミリア様、これで私の余興は終了です。同じ物をお見せしてもつまらないかと思いまして、異なる装いにしてみました。どうでしょう、お楽しみ頂けましたか?」
「楽しむ以前にびっくりよ! まさかこんな繊細な術式を見る事ができるなんて、予想していなかったわ。どうやってドレスの色を変えたの? 幻視系の魔術?」
 興味津々で問いかけてきたミリアに、エリーシアが苦笑しながら答える。

「実は、空気中の水分を凝縮させて、ドレスの表面に薄い霜状にして張り付けてあります。その厚さを場所によって替えて、生地の色の濃淡の変化を出しているわけです」
「霜!? 冷たくないの? それにドレスが硬くならないわけ?」
「それに関しては、ドレスと肌の間で冷気を遮断する術式や、滑らかな形状を保つ術式を併用しておりますので」
 淡々とエリーシアが説明を続けたが、ここでミリアが顔色を変えた。

「ちょっと待って。私、魔術の才能はあまり無いから良く分からないんだけど……、ひょっとしたらそのドレスとアクセサリー全体で、幾つもの術式を併用していない?」
「はい、全部で二十ニの術式を同時起動させております」
「二十ニですって!? そんなに一度に術式を行使した例なんて、見た事も聞いた事も無いわよ?」
「はい、ですから今回、ミリア様にご覧頂きました」
 ミリアが悲鳴じみた声を上げると同時に、彼女達の周囲からもどよめきがわき起こる。それににこやかに微笑んでから、エリーシアはゆっくりと王座のある方向に足を進めた。

 進行方向に居た貴族達が揃って左右に分かれ、彼女は五歩程歩いただけで、ランセルとミレーヌの前に到達する。すると人垣の向こうに居ても、数段高いと目にしていたらしく、彼女が何か言うより先に、賞賛の言葉を口にした。

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