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運命の歯車

 これ以上は無い寝覚めの悪さを感じながら、幼いエリーシアは覚醒した。
 頭まですっぽりと布団を被っていた為に、普通ならくしゃくしゃになってしまいそうな髪は、もともと癖が付きにくいサラサラの髪質だった為、布団から顔を出すとその綺麗な銀髪は絡まりもせず肩と敷布団に流れる。そして部屋の反対側の、粗末とまでは言わないまでも自分の物と同様の簡素な作りのベッドに誰も居ない事を認めた彼女は、ゆっくりと起き上がって周囲を見回しながら無言で寝室を出た。

(おかあさん、いない……)
 寝間着では無く服を着ており外が暗くない事から、今が夜ではなく昼間だという事は何となく分かったものの、母親の葬儀の為に近所の人間が大勢集まったり、いつもと違う事ばかりして疲れてしまった自分を、周りの大人達が寝かしつけてくれた事などは、全く分かっていなかった。物心がついたばかりで、彼女には自分の母親の葬儀の意味も良く理解できていなかった為、無理のない事である。そして彼女が何気なくドアを開けて隣の部屋に入ると、そこでは小さなテーブルを挟んで、二人の男が何やら話しているところだった。

「これで誓約書は完成だな」
「その様ですね。不備は無い筈です」
(だれ?)
 見慣れない男二人に歩み寄りながら、エリーシアは無言で彼らを見上げた。すると金髪と自分と同じ紫の瞳を持つ男が彼女を発見し、指差しながら相手に念を押す。

「これでこの娘がどこで野垂れ死にしようが、どんな問題を起こそうが、私には一切責任は無いわけだな?」
「そうなりますね。全く、結構な事です」
 金髪の男は晴れ晴れとした表情になったが、一方の茶褐色の髪の男は舌打ちするのを堪える様な、如何にも忌々しそうな顔付きになった。そんな二人を眺めて、エリーシアは密かに困惑する。

(どうしてうちにいるの? おかあさん『しらないひとをいれちゃだめ』って。わたし、いれてない)
 そんな自問自答をしていたエリーシアの前を、椅子から立ち上がった金髪の男が横切り、外へ続くドアの前に立った。そして思い出した様に、背後を振り返る。

「言っておくが、それをネタに我が家を強請ろうとしても無駄だからな」
 本人は恫喝したつもりだったが、相手は冷笑で応えた。
「そんな事を仰るとは……。以前、同様の事で脅された事でもお有りなんですか? ロナルド殿」
「……ちっ!」
 忌々しそうに小さく舌打ちして勢い良くドアを開けた男は、外に出るなり乱暴に音を立ててそれを閉めた。すると残された男の方は、疲れた様に溜め息を吐き出す。

「あいつの性根の腐り具合は、相変わらずらしいな。……あの方の実の兄とは、とても思えん」
 そんな独り言を漏らしたアーデンに、エリーシアは不思議そうに問いかけた。
「なにしてるの?」
 先程までは話の邪魔をしては駄目かと子供心に思ったのと、『あの金髪の人には係わらない方が良い』との本能に従って声をかけるのを控えていたのだが、そんなエリーシアの問いかけに、アーデンは膝を折って屈み込み、彼女に視線を合わせながら逆に問い返した。

「エリーシア。君のお母さんは死んだんだ。分かるかい?」
 その問いかけに、エリーシアは何回か瞬きしてから、思いついた事を述べた。
「……おうち、もどってこない?」
「そうだね」
「まっても、だめ?」
 若干心細くなりながら尋ねた彼女の両肩を軽く掴みながら、アーデンはできるだけ穏やかに言い聞かせた。

「駄目なんだ。だけどエリーシアはまだ小さくて、一人で暮らせないから、おじさんの家で一緒に暮らす事になったんだ」
 そう言われたエリーシアは、再び考え込んだ。

「おじさんのうち? そこのこども?」
「そうだよ」
「えっと……、おじさん、おとうさん?」
「ああ、本当のお父さんじゃないけどね」
「ふぅん? ほんとうとうそのおとうさん、あるの?」
 そこで怪訝な顔になったエリーシアに、アーデンは驚いた顔になって問い返した。

「え? エリーシア、まさか君、お父さんが誰か知らないのかい?」
「おとうさん、いないよ? しらない」
「……そうか」
 キョトンとして正直に告げたエリーシアに、アーデンは苦い物を飲み込んだ様な表情になって小さく呟いた。しかしすぐに気を取り直し、立ち上がりながら促す。

「じゃあ必要な荷物はもう纏めて荷馬車に積んであるから、おじさんの家に行くよ?」
「『おじさんのいえ』はちがう、『おとうさんのいえ』」
 自然に手を繋ぎながら訂正を入れてきた彼女に、アーデンが笑みを深くする。

「エリーシアは頭が良いな。それに潜在的な魔力も強いし、魔術師としての才能があるのが私には分かるよ。立派な魔術師にしてあげるから、安心しなさい」
 そこでエリーシアは、歩きながら首を傾げた。
「まじゅつし? おんなのこ、あまりうまくできないって」
「偶に、例外もいるんだよ。エリーシアはひょっとしたら、私以上の才能の持ち主かもしれない」
 そんな事を言われて、嬉しくなった彼女は自然と笑顔になった。

「ふうん、いろんなまほう、できる?」
「使えるようになるよ。私が持っている知識を全部、教えてあげるからね」
「うん、がんばる!」
 そうして笑い合いながら荷馬車に乗り込んだ二人は、アーデンが暮らしている王都外れの森へと向かったのだった。

 ※※※

「……あれ?」
 朝になって自然に目を覚ましたエリーシアだったが、いつも通り視界に広がる自室の天井をぼんやりと眺めながら、ひとりごちた。

「何か、凄く懐かしい夢を見てた気がするんだけど……、何だったかしら?」
 そして少しの間布団の中で考えてみたが、答えが出る気配が無い為、早々に諦める。
「まあ、いいか。今日もお仕事、頑張ろうっと!」
 そう自分自身に言い聞かせる様に声を上げ、勢い良く起き上がったエリーシアは、着替えをする為隣室へといつもの様に歩いて行った。

 本人はすっかり忘れている事ながら、初対面の時に義父に言われた通り稀代の女魔術師に成長したエリーシアは、エルマース国内の魔術師としては最高峰である王宮専属魔術師としての職務に、日々勤しんでいるのだった。

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