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空き家暮らしの魔女

 全ての真相を暴いてから一ヶ月が過ぎ――これまでの騒動が嘘であるかのような、平穏な日々が続いていた。
 秋も深まり、朝夕は寒さを覚えつつある日の夜……まだ夜も明けきらぬ頃にも関わらず、鬱蒼とした木々に囲まれたレゴンの旧街道では、大荷物を乗せた荷車がガラガラと音を立てていた。

「はぁ……大変だったわね」
「本当にそうですね……多くの真実が知れたのは良いですが、色んな事が起きすぎました……」

 荷車を引いているのはセラフィーナと、それをミラリアが後ろから押し、横をブラードがついて歩く。
 積荷は来た時の倍近く……馬が二頭必要なほどであるが、セラフィーナの手には<パワーグラブ>がはめられているため、それほど重く感じていないようだ。
 ここにやって来た時と似た光景であるが、いでたちはその時とは違う。覆面付きの黒いローブは処分する事にし、城館に置いてきた。それは、“来訪者”がやって来るまで、しばらく変わる事のない光景となるだろう。
 そのせいか、後ろから荷車を押すミラリアは、どこか浮かない顔をしている。

「……よろしいのですか?」
「ん? あー……真相を暴いても、根本が解決してないからね。
 別に今生の別れって事でもないし、落ち着いたらまたその内帰って来るから」
「テロちゃん、泣いちゃうかもしれませんね」
「……これでいいのよ。あまり長く居すぎれば、私たちが泣くことになるんだから。
 あの子にとっても、王位継承に向けて忙しくなるから、しばらく集中させた方がいいわ」

 セラフィーナもどこか浮かない表情である。
 テロールには、出立する日どころか、城館を出る事すら伝えていないのだ。
 突然やって来ては、突然消える――“灰の魔女”の姉妹は、風と共に舞う“灰”のように生きてきた。そのせいか、言葉を並べて別れを惜しむ事には慣れていないのである。
 せめてもの想いからか、出立の日は、遊びに来たテロールが帰った直後にしようと決めていた。

 事の起こりは数日前――ミラリアの“魔女の勘”が“黒”と告げた事から始まった。
 テロールに調査を依頼すると、レゴン国の王子・エリックがシントン国に婿入りした事により、“白の魔女団”が強硬策に出始めたのである。
 シスターズの町に彼女らの拠点を置くとの提案から始まり、流行病の恐れなど、様々な手を使って侵略を行おうとしていたのだ。

 ――ここに居ては更に状態が悪化する

 テロールやエリックは彼女らの封じ込めを図っているが、『病が起る』と言えば本当に起る……病を起こしに来るような相手だ。
 一度彼女たちが撤退し、()()()()()が無い事を知らしめる必要がある。
 そのためには――()()()()()()()
 ()()()を移動させねばならない。

『おい、今どの辺りだ? バタ国か? 何百年ぶりに外の景色が見たい』
「まだレゴンよ。アンタがやたらに外に出たらパニックになるから、じっとしてなさい!」

 金色の鎧と共に荷車に乗っている、()()()()()を然るべき場所で明かし、双方の魔女に無駄な争いを続けている事を教える。
 どれだけの時間を要するか分からず、下手をすれば二度と戻れぬ可能性すらあった。

「――ついでに、母の墓参りにも行きましようか」
「そうね。こんな時でなきゃ行かないし。
 ああでも、姉さんの見合い話が殺到するかもしれないわね……そっちでも忙しくなりそうだわ」
「はぁ、それを思うと気が重くなってしまいます……」

 憂鬱な気持ちを引きずっていると、彼女たちの視線の先にレゴンの検問所が見えて来た。
 ここが最大の難関であった。即座に“魅了(チャーム)”をかけ、切り抜けなければならないのだ。
 検問所に差し掛かった彼女らは、ローブのフードを目深に被った検閲官の様子を窺っていると――

「ふふふっ――女のわたくしには効かなくってよ!」

 聞き慣れた、女の声が響き渡った。
 ばっとそのローブを脱ぎ捨てると、何とそこから見慣れた縦巻きの金髪をした少女・テロールが姿を現したのである。

「へ……? って、あ、アンタなんでここに……!」
「おほほほっ、わたくしが気づかないと思いまして?
 あのような状態になっていれば、きっとここを出ると予想していましたの。
 いつ出発までは分からなかったものの、あのような食事を出されれば大体の察しがつきますわ」

 テロールとの最後の食事の時、ミラリアたちは保存食や日持ちのしない物を全て出したのである。
 それは置いていけないのもあるが、テロールは自前で肉を持って来たりするほど、彼女たちの作った燻製肉がお気に入りだったのだ。
 それをふんだんに使っただけでなく、ミラリアも彼女が好きだった芋餅をどっさりと作っていたのだから、バレるのも無理はないだろう。
 そんなテロールは気丈に振舞っているものの、時おり強く唇を噛んで堪えている。

「その……渡さなきゃと思っていたのがありますの。
 冬はすぐそこまで来ておりますし、その恰好では目立って仕方ありませんわ。
 食糧も少ないでしょうし、どうかこれを、お持ちになって――」

 テロールは言葉が詰まり、全て言いきれなかった。俯きがちに脇に置いてある彼女がいつも使っているバスケットを手渡すと……中には、真っ黒な面覆い付きのローブと、ワインや干し肉などの携行食糧と、クッキーが入っていたのである。
 彼女はこれを渡すため、このような外れまでやって来た。つまり、これを渡すと言う事は――彼女のやるべき事を終えた、と言う事なのだ。

「このバスケットごとお持ちになってくださいな。
 そうすれば、わ、わたくしの、ことを……」
「ええ、そうするわ――」
「え……」

 セラフィーナはバスケットの取っ手を握ると、同時に彼女を強く抱きしめた。
 テロールは何が起ったのか把握できていなかったが、もう秋も深まったこの寒空の中で感じる親友(セラフィーナ)の温もりに、彼女はずっとこらえていた物が、目の奥で凍らせていたはずの涙が溶けてゆくのが感じていた。

「うっ、ひぐっ……うぅぅっ、ど、どうしって行ってしまわれ、るのっ……」
「私たちは、やらねばならない事があるの……それはアンタにも関係してる。
 それに、今日で……お別れじゃないんだから。泣くのはよしなさい、何十年も離れるわけじゃないんだから」

 泣きじゃくるテロールの涙は、セラフィーナの褐色の肌を滑り落ちてゆく。
 そんな二人に、目元を拭いながらミラリアもテロールに歩み寄った。

「そうですよ。全てを知った私たちは、辟易するような魔女間の確執を解かねばならない義務がありますので」
「み、ミラ゛リア゛様っ……う、うぅぅ……」

 テロールはもう顔をくちゃくちゃにしながら、ミラリアとの抱擁を交わした。

「あらあら、ふふっ……ですが大丈夫ですよ。
 決して平たんな道ではありませんが、ここに“始祖”がおりますし、そう大ごとにならないでしょう。
 そして、この“始祖”を埋め――ではなく、然るべき場所に置いたらまた戻ってきますよ」

 ミラリアの言葉に、荷台から『おいっ!?』と声が聞こえたが、それは全員が無視していた。
 その“始祖”の飼い犬、ブラードはどこか困った顔で彼女たちに歩み寄った。

「ぐすっ、ぶ、ブラードもお別れを――え?」

 彼はテロールの傍で這いつくばると、『くぅーん……』と寂し気な声をあげ、潤んだ目でセラフィーナたちを見つめ始めた。

「……ああ、アンタは残りたいのね」
「あの城館は空とは言え、一応は墓場でもありますからね……墓守が必要でしょう。
 私たちが戻るまで、しっかりとお留守番をお願いしますね」
「そうだ、ついでにテロールの番犬もやっておきなさいな。ガード甘いから色々嗅げるわよ」
「ちょ、な、何を言うんですのっ! わ、わたくしはこのような犬は必要あり――」

 ブラードは、任せておけと言わんばかりに『バウッ!』と吠えて答えた。
 犬の吠え声は“魔”を祓うと言われている。その吠え声により“魔”が去ったそこには、三人の“女”が和気藹々と話す場となっていた。
 しかし、それもそう長くはない。“魔女”に戻った姉妹は、最後の抱擁を済ませると小さく頷きあった。

「……じゃ、行ってくるわね」
「テロちゃんも、女王目指して頑張って下さいね」
「はいっ! 貴女方が帰る頃には、この国は“魔女”でも住みやすい国を――貴女方が帰る場所を間違えたかと思える国にしておきますわっ!」
「ふふっ、頼もしいわね――じゃ、行きましょうか」
「ええ、それでは出発しましょう」

 セラフィーナたちは、深々と頭を下げたテロールに手を振り検問を通り抜けた。
 互いに小さく、見えなくなるまで何度も確認し合う。
 どこか遠くで犬の遠吠えが聞こえ、ガラガラと音立てる荷車を引く“魔女姉妹”は口元を緩ませながら、次なる空き家を目指して歩いてゆく――。

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