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11.歴史の真実

手にした“メダル”を投入口に差し込みながら、セラフィーナは躊躇いがちに口を開いた。
これでもし間違えていれば……考えたくない末路が待っているのだ。

「責任は取るわ……と言っても、既に運命共同体だけどね」
「ふふ、ここまで来ればもう誰も咎めませんよ」
「わ、わたくしは早く帰りたいですが……と、友と最期を迎えられるのなら、それも良いですわ」

皆の覚悟は決まったようだ。それを聞き、彼女は小さく頷いた。
ごく……と固唾を呑みこむと同時に手を離し、チャラッ……と音を立て吸いこまれてゆくのを見守る。

――もう後戻りできない

元からそうであったが、重い責任が彼女にのしかかる。
“メダル”を飲み込んだ鳥の像は、ウィーン……と音を立てると同時に、地面の虫を啄むように身体を前に倒し始めた。
セラフィーナは慌てて、強く握り締められた人形を鳥の口元に持ってゆくと――こぽこぽと、人形の中に“赤い液体”を注ぎ込まれ始めた。
ちょうど首元までの量を出したそれは、再び作動音と共に元の静かに佇む像へと戻っていた。

「終わったわね……ん?」

“中身”を満たし終え、目的の場所に向かおうかとした時であった。
鳥の台座の下に、『①:152244』『②:1112324493』との番号が浮かび上がってきたのである。
皆はその数字に首を傾げながらも、とりあえずメモをするだけにし、セットの場所に急ぐ――。
セラフィーナは先ほどのミラリアと同じく、脚の関節を動かしていると……ちょうど、その股ぐらに穴が開いていることに気づいたようだ。

「凝ってるのか、作り手はただの馬鹿なのか……。
 こんな()()()までいらないのよ……」

彼女は呆れながらも、そのベッドから飛び出した突起物と、人形の穴を()()込むと――

「に、人形が動いてますわ……っ!?」
「こちらの……教会の方も動いていますね」

ベッドの上に赤い染みが広がったかと思うと、人形の各所が動き始めたのである。
“妹”の人形の腹が膨れ始め、“姉”の人形は神父と手を繋ぎ合っている――それは、まるでそれぞれの姉妹の行く末を示しているかのようだ。
各々の“物語”を終えると、そのケースの底から一枚の“メダル”が飛び出て来た。
それはミラリアの方も同じらしく、何を受け取っているのが見える。

「また“メダル”? でも、今度も赤茶色で人の絵が描いてあるわね――あ、姉さんの方はどう?」
「ええ、こちらも“人が描かれたメダル”が出てきましたよ。色は黄色ですが」

ミラリアはそう言うと、セラフィーナとはまた違った“黄色のメダル”を差し出してきた。
色もさることながら、そこに描かれている人物も全く違う顔である。
それをじっと見ていたテロールは、ある事に気づいた。

「これ、もしかして……レゴンの先王ではありませんの?
 赤茶色のは“愚かな王”と呼ばれた〔ナード王〕、黄色の方は……その後、ここを取り戻した〔ギーク王〕の肖像画にそっくりですわ」
「ああ……そう言う事でしたか。ならば、次に行くべき道は“姉妹の像”ですね」

その言葉に、ミラリアは何となくであるが察しがついた。
すたすたと先を歩き始めた彼女の後ろを、残された者たちが慌てて追いかけ始めた。彼女は最後の“物語”は、“姉”の像にあると睨んでいたのだ。

【 姉の考えは上手くゆきました。
  彼女の妹は無事に王子様と結ばれ、富と権力を手に入れます。
  同時に、何をするにも一緒だった姉妹はそこで終わりを告げました。

  一カ月後、一人きりになった彼女の下に若い司祭が尋ねてきました。
  姉は驚きます。何とその司祭は、姉を診察した者だったのです。
 『王妃がご懐妊されました』彼は淡々とそう告げました。
  姉は複雑な心境でした。あまりにも早すぎるのです。
 『やはりそう言うことなのですね』司祭は、そう呟きました。
  顔に出ていたのでしょう、『何のことか』ととぼけました。
 『私が診た時、秘所近くにホクロがありました』司祭は言いました。
 『しかし、王妃の検診を行った時、それがありませんでした』
  そう続けられた時、姉は目の前が真っ白になりました。】

それを読んだセラフィーナは、『あーあ……』と漏らした。
時期は合っていても、それが王族の子とは限らない――司祭は、その“恐ろしい真実”に気づいてしまったのだ。

【『一つだけ方法があります』呆然としている姉に、司祭はそう続けます。
 『私は王族の血を引いています』驚くべき真実を述べ始めました。
  何とその司祭の母は、先王の庶出(妾の子)だと言うのです。
  すると突然、司祭は姉を押し倒しました。“方法”はこれでした。
 『正直に言えば、私は貴女が欲しくてたまらない。理由は何でもいい』
  妹は“偽りの王族”を産んでしまう事になってしまう――姉は抵抗しません。

  姉もすぐに子を宿し、妹と一ヶ月違いの子を産みました。
  その子は、美しい金色の髪をしています。名はギーク。
  方や、妹の子は赤茶色の髪をしています。名はナード。
  王族の子は金髪――妹は、親がそうだったと嘘を突き通しました。】

この事実に、テロールは言葉を失ってしまっていた。
彼女たちがこれまで明かして来たのは、彼女の国――レゴンの偽られた歴史部分なのである。
“愚かな王”と呼ばれたナード王で、正統王家が途絶えてしまっていたのだ。
しかし、その王と共に没した国は再び蘇る……金色の髪を持って歴史を紡いできた。
同じ金色の髪を持つ彼女が、正当王家の末裔との証である、と。
それと同時に、セラフィーナはふと気になる事が頭に浮かんでいた。

(あの盗賊団の頭って……赤茶色の髪だったわよね?)

まさかね、と彼女はすぐに鼻で笑った。
その像を挟んでいる壁を更によく見ると、それぞれに見慣れた黒い溝が、縦に二つ走っているのが分かる。
これまでに無かったため、探索中に浮かび上がった……開かれたものであろう。
取っ手は無い。だが、“真実”を暴いた証明をすれば、必ず開かれるとの確信が、彼女たちにあった。

「姉の所には“黄色のメダル”、妹の所には“赤茶色のメダル”ね」
「ええ、恐らくそれで開くでしょう」
「じゃあ姉さんは、世話焼きらしくこっちの“姉”の方ね」
「はいはい」

口元を緩ませながら、ミラリアは小さく息を吐きながらそれを受け取り、妹と共に投入口に構えた。
テロールとブラードは、その様子をじっと見守っている。それは、息をするのを忘れてしまうほどの緊張感である――。
姉妹は合図する事もなく、チャリン……と聞き慣れた音が重なり合わせた。

「し、心臓が破れそうですわ……」

それはすぐに反応があった。ギィィッ……と音を立てるそれに、ブラードも同意するように『うぉん……』と小さく吠えた。
蝶番(ちょうつがい)の軋みと共に、更に深い闇が口を開いてゆく。
セラフィーナの<スフィア>の明かりすらも飲み込みそうな漆黒の壁に、誰もが口や喉が渇き、“生命”の感覚が失われてゆく錯覚を覚えてしまっていた。

「ここが、最後であって欲しいわね――」

皆が僅かに躊躇いを見せる中、セラフィーナは一歩前に踏み出す。
それ見たミラリアも後に続き、テロールも慌てて後を追った。

部屋と部屋の境目、敷居を跨ぐと、そこはこれまでとは違った部屋の雰囲気に包まれていた。
ツン……とした薬品の臭いの中に、古びたホコリの臭い。明らかにこれまでとは違う、“何者か”が存在していた痕跡が残されている。

「まぁ、フィーちゃんの部屋のようですね!」
「うっ!? わ、私のは少し汚いだけで――」
「少し?」
「凄い汚いです……はい。
 ……って、“灰の魔女”の部屋は大体、研究資料とか埋め尽くされるじゃない。
 姉さんの、小奇麗にされてる部屋の方がおかしいのよっ!」

乱雑に詰まれた分厚い書籍のタワーや、床を埋め尽くす紙のカーペット、壁に張り付けたメモの壁紙、机にはインテリアかと言わんばかりの実験器具が並べられている。
その中で、この部屋で不似合な――棺桶だけが異彩を放っていた。

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