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第52話 真相の暴露

「それでは陛下にご報告致します」
「あ、ああ……、宜しく頼む」
 その彼の頭部には、おそらくエリーシアの物かと思われる、ピンクの大きな花柄の薄手のストールらしき物が目以外の部分を覆ってぐるぐる巻きにされており、はっきり言って彼の方が不審者そのものであった。しかしそれは、内偵組織の中心人物であるアクセスが、自分の身元を隠す為の緊急措置だと分かっていた為、ランセルはそれについては触れない事にした。

「結論から言えば、そちらに身動きできずに転がっている男は、ハリード男爵令息のディオンでは無く、トレリア国第九王子で魔術師のサイラス・ヒューラ・トリルです」
「何だと!?」
 さすがに国王以下、皆が驚きの声を上げる中、アクセスが短く指示を出す。

「エリー」
「了解しました。さあ化けの皮を、今、剥いであげるわよ? ディルス・シェイ・デア・クアル!」
「……っ!!」
 エリーシアが呪文を唱えた瞬間、手首から伸びている紐を伝わって、小さな光と何かの力が走り、ラウールと名乗っていた男に到達し、その全身を包み込んだ。すると見る間に髪の色が黒から暗褐色になり、彼女を睨み付けている瞳が琥珀から深い青色になる。

「なるほど……、これなら《ラウール》だと主張できる筈が無いな……」
 その変化を目の当たりにしたレオンが思わず呟くと、それまで必死の形相で拘束を外そうとしていた彼が、急に意識を失った様に瞼を閉じ、手足を投げ出した様にぐったりした。それを見たクラウスが、彼女達に近寄りながら声をかける。
「エリー。毒の他に何か混ぜたのか?」
 すると、エリーシアはきょとんとしながらその問いに答えた。

「あぁ……、手強そうなので五本使いましたが拙かったでしょうか? 全部に同量染み込ませてあります。でも相当な腕前の魔術師ですし、毒物に対する耐性魔法術式位、構築してあると思ったので」
 それを聞いたクラウスは、はっきりと顔色を変えた。

「ちょっと待て! 五本のうち、毒が含有されているのは一本だけじゃ無かったのか!? それじゃあ、彼は他の人間の五倍は毒に接していると!?」
「勿論、そうなります」
「エリー! 今すぐ彼の拘束を解除してくれ! 下手したら呼吸が止まるぞ!!」
「え? そうでしたか? 人体で試した事が無かったもので」
 瞬時に紐を腕輪に収納し、真顔で謝罪したエリーシアだったが、クラウスは目の前の蒼白な顔で横たわっている男を見下ろしながら、矢継ぎ早に会場に居る部下の魔術師達に指示を出した。

「誰でも良い! 大至急、魔封具を持って来い! それと薬師の手配もだ! あと奥に転送させるから、受け入れの術式構築もしておけ!」
「は、はいっ!」
「直ちに準備致します!」
「あ、こいつ結構な魔力保持者ですから、安全に運ぼうと思ったら、魔封具は一つや二つじゃ駄目ですからね」
 急に緊迫感が増してきた会場の中で、どこか間延びしたエリーシアの声が響き、シェリルは(半分以上はエリーのせいで大騒ぎしているのに)と、がっくり肩を落とした。そんな騒ぎの中、アクセスの報告は淡々と続けられた。

「それでこちらが国境付近で張っていた時に手の内に転がり込んできた、トレリア国王から駐在大使への使者で、この者が持っていた密書がこちらです。宰相閣下、どうぞお受け取り下さい」
 絨毯の上に紐で縛られて項垂れている男を視線で指し示してから、アクセスは服の合わせ目から一通の封書を取り出した。タウロンが無言で歩み寄ってそれを受け取り、その内容を確認してから、招待客としてこの場にいたトレリア大使を皮肉っぽい視線で見やる。

「確かにこの封蝋は、陛下への親書に押されているトレリア国王の物と同一ですな。そしてこの密書の内容は、『我が国とエルマース国の間に位置するローランド国を、将来挟撃する為の布石として、今回必ずラウールを王家に押し込め』との事。これは是非ともマース伯爵に、話をお聞きしなければ」
 そう言って彼が指を鳴らした途端、近衛兵達が音もなくトレリア大使であるマース伯爵の周囲を取り囲み、口調だけは丁寧に彼を拘束する。

「マース伯爵、我々とご同行願います」
「なっ!? わ、私は何も知らんぞ? 無礼な! 手を離せ!」
「こちらは騒々しいので、静かな所でお話を伺いたいだけです」
「誤解の無いようにお願いします。トレリア国の評判を、更に落としたくはございませんな?」
 タウロンが平然と詭弁を述べているうちにマース伯爵は大広間から別室へ連行され、アクセスの報告は次へと移った。

「それで、こちらが例の短剣に宝石を埋め込んだ細工師です。……すみませんね。こんな場所に同行して貰う羽目になって。俺の部下に話した内容を、もう一度陛下の御前で話して頂きたい」
「は、はぁ……」
 如何にも職人らしい、擦り切れた作業着と思しき物を身に着けた男は、着飾った人間ばかりの場所、しかも国王の前に引っ張り出されるとは予想していなかったらしく、促されておっかなびっくり座り込んでいた絨毯から降り、おずおずとランセル達の前で両膝を付いた。

「さて、どういう話かな?」
 これ以上委縮させないようにと、タウロンができるだけ穏やかに声をかけると、それに幾分救われた様に、一度深呼吸をしてから男が話し出した。
「一年程前、私の仕事場に、『宝石が落ちた所に元通り嵌め込んでくれ』と、この人が黄金造りの短剣を持ち込んだんですが、微妙に形が違っているので『別の宝石が付いていた筈ですが』と言いました」
 男が、まだ絨毯に転がっている、紐で縛り上げられた上に猿ぐつわまで噛まされた人物を指差しながら述べると、タウロンは笑いを堪える表情になって続きを促した。

「ほう? それでどうなったのかな?」
「そうしたら『それなら合うように研磨して嵌め込め』と言われまして。変な話だったので、記憶に残っておりました」
「確かに変な話だな」
 そして男に鷹揚に頷いてから、アクセスに視線を戻す。

「それで? その者の身元は?」
「ラミレス公爵の王都の屋敷の、副執事長です」
「なるほど」
 些かわざとらしくタウロンが頷いてから、アクセスは更に報告を続けた。

「それから、こいつがライトナー伯爵と取引のある商人で、トレリア国との通商を手広くやっている奴です。実はつい先程連絡を貰いましたが、近衛騎士団第四軍司令官閣下が、こいつが王都の端に所有している屋敷で、トレリアと繋がっている証拠と証人を確保したそうです。後程王宮に配送するとも言っておりました」
「配送? 護送とは言えんのか、あの馬鹿が。まさか証人を箱詰めして送り付けるつもりではあるまいな?」
 報告を受けたタウロンが、渋面になって悪態を吐いたが、シェリルは心の中で(気持ちは分かりますが、あの柱ごとなら確かに配送だと思います)と突っ込みを入れた。するとここで、ランセルが穏やかに口を挟んでくる。

「宰相。そうなると、今回の件、トレリア国による我が国への内政干渉の疑いがあり、トレリア国王と手を組んだと思われる、ラミレス公爵達の企みに係わった国内の人間は、多かれ少なかれ王家に対する反逆の意思ありと取られても、文句は言えないと言う事だな?」
「全くもって、陛下の仰る通りでございます」
 そんな真面目くさった主従のやり取りを聞いて、これまで静かに経過を見守っていた、ラミレス公爵に近い貴族達が一斉に騒ぎ始めた。

「そんな、馬鹿な!?」
「それは誤解です!」
「私は、そんな大それた事には無関係だ!」
「ラミレス公爵が勝手に」
「静まれ! 陛下の御前だ!!」
 口々に自分に非が無い事を訴えようとした面々だったが、宰相の一喝を受けて、途端に静まり返った。

「それでは、今捕縛されている以外の者に関しては、順次個別に詳細を聞き取る事にする。陛下、宜しいでしょうか?」
「その様に取り計らってくれ」
 そこで今回の騒動についての基本方針が固まった事で、関係する文官武官がわらわらとエリーシア達の周りに集まり、事後処理を始めた。
 エリーシアに声をかけたいのは山々だったが、自分が急に姿を現したら周囲に驚かれると思った事と、彼女が未だに紐でラミレス公爵達を縛り上げつつ、担当の魔術師や近衛兵と何やら相談している事から、シェリルはまっすぐミレーヌの元へと駆け寄った。

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