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第50話 夜会への乱入

 王宮での夜会開催時刻とほぼ同時刻。その正門から延びている大通りを、疾走して来たみすぼらしい荷馬車が、そのまま正門に向かって突進してきた。

「おい、あの馬車……」
「何でまっすぐこっちに……、うわあっ!」
「危ない! 避けろっ!」
 門前の近衛騎士に向かって突進して来た、一見無人に見える荷馬車は、正門に衝突する直前に不自然に曲がって停まった。そして回避した騎士の叫び声や馬のいななきを聞いて、内側から横の通用門を開けて飛び出して来た数人の近衛騎士が、不思議そうに荷馬車を取り囲む。

「何だ、この荷馬車? どうして暴走した?」
「街中を無人の馬車が走っていれば人目に付くと思うが……、誰も気が付かなかったのか?」
「取り敢えず、馬は大人しくなったから、ここに待機させておけ。後から部隊長の判断を仰ぐ事にする」
「そうだな。騒いで悪かった。中に戻ってくれ」
 そんな会話が交わされている間に、ディオンは姿を消しているシェリルを抱えたまま物音を立てずに荷台から地面に降り立ち、開け放たれていた通用門から堂々と王宮内に入った。そして魔術灯が明るく煌めいている主要棟に向かって、シェリルを抱えたまま足を僅かに引きずって走り出す。

「シェリル。俺は、王宮の構造は殆ど分からないんだ。会場は分かるかな?」
「任せて! 大広間の筈だから、最短コースで案内するわ! まずこの庭園を左の方向に直進よ!」
「分かった」
 そうして一人と一匹は、波乱の気配を漂わせている夜会の会場に向かって、植え込みの隙間をすり抜けて行った。

 当初、その夜会は滞りなく進行していくかに見えた。
 まず主催者であるランセルから、出席者への挨拶と開会の宣言がなされ、続いて招待を受けた周辺各国の大使や、国元から派遣されてきた特使達が、タウロンが紹介する順に進み出て祝辞を述べ、贈答品の目録を献上する。国王夫妻は何食わぬ顔でそれに応対していたが、タウロンが次に進めようとした所で、予想通りラミレス公爵からの横槍が入った。

「それでは皆様、国王ご夫妻が一曲踊られます。その後皆様で」
「陛下! お待ち下さい! この場で暫し、お時間を頂きたく存じます」
「何事だ、ラミレス公爵。場をわきまえろ!」
「私がラウール殿下を陛下の御前にお連れして、どれだけの日数が経過していると思っている。未だにお立場を認めて頂けないとは、殿下がお気の毒で仕方がない。全て貴様の怠慢故だろうが!!」
 タウロンとラミレス公爵ケーリッヒが、一段高い所にある国王夫妻の席の前で睨み合う光景は、否応なしに各国の招待客から好奇の視線を集め、それを無言で眺めている国内の貴族達の表情は、期待に満ちたものと憤怒の表情とにほぼ二分された。
 そして予想通りの茶番が展開されるのを見ながら、ミレーヌは手にしていた扇を強く握りしめつつ、冷めた目でケーリッヒを見つめていた。

(良くもここまで、王家を馬鹿にしてくれましたね。ここで王家の権威が失墜しても、あなたを確実に道連れにしてあげます)
 夜会が始まる直前、未だに明確な証拠を掴んだとの報告を得ていなかったランセルは、ミレーヌだけにはいざとなったら真相を明らかにし、混乱を抑える為に退位するつもりだと打ち明けていた。それを受けて完全に腹を括っていた彼女の目の前で、見苦しい論争が続く。

「認めろと言うのは、何についてだ?」
「しらばっくれるな! あのラウール殿下を、陛下の第一王子と認める事だ!」
 そう言って、自分同様最前列に並んで控えていたラウールを指差しながらケーリッヒが絶叫した為、会場中の視線が彼に集まる。しかしラウールは平然と突き刺さる視線を受け止め、タウロンは彼を一顧だにせず主張を続けた。

「その事でしたら調査致しましたが、事実と認めるに至りませんでした」
「何だと!? あれだけの証拠も出したというのに、真実をねじ曲げる気か! この逆賊が!!」
 ケーリッヒは顔を真っ赤にして相手を怒鳴りつけたが、タウロンはそれに怯む事無く、寧ろ目を細めて静かに恫喝する。

「ほう? この私を、逆賊とぬかしたか。どこの馬の骨とも知れない者を、王子だと戯れ言を言って引っ張り出した、この愚か者が」
「貴様、あくまでも殿下を偽者呼ばわりする気か!? ハリード男爵! 貴様からも一言言ってやれ! 相手は宰相だろうが構う事は無い! ラウール殿下の名誉に係わるぞ!」
 ケーリッヒが勢い良く振り返り、背後に控えている貴族達の並びに向かってそう叫ぶと、何となく人垣が左右に割れ、身分上最後尾に近い場所に控えていたハリード男爵の姿が現れた。しかし彼の顔色は蒼白であり、その様子はランセルやミレーヌにも見て取れた為、ここら辺が潮時だろうと顔を見合わせて頷く。そしてランセルが静かに立ち上がった。

「ラミレス公爵、少し控えて貰おう。皆、私から話があるので、このまま聞いて欲しい」
 唐突にそんな風に呼び掛けられ、出席者は何事かと思いながら、彼の言葉を待った。それはケーリッヒも同様で、不満げな表情ながらも一応口を閉ざす。しかしランセルが本物のラウール王子、つまりシェリルが行方不明になった経緯を口にしようとしたところで、予想外の騒ぎが勃発した。

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