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第47話 ちょっとだけ現実逃避

「ふざけんなよ!? 構わねぇからやっちまえ!」
「あいつが隠れている場所を聞き出すのは、叩きのめしてからでも十分だ!」
「ラルク・ジュート・ユン・ビスタ……」
 忽ち殺気立った男達の背後で、向きでは無い体格の男が何やら呟き始める。ジェリドの後ろでそれを耳にしたディオンは、シェリルを抱えながら焦って囁いた。

「あの男、魔術師だ。この至近距離から攻撃する気か? ジェリドさんを無傷で捕える気が無いな?」
「え? 本当!?」
「ラ・エス・バゥ・ガレ・シズ!」
 しかしシェリルが動揺して問い返したその時、素早く剣を構えたジェリドが左から右斜め上に勢い良く振り上げながら一気に呪文らしき言葉を叫ぶと、それと同時に剣の軌跡が明るい光線となって真っ直ぐに伸び、前方に飛んで行った。そしてそれは鞭の様にしなりながらジェリドを攻撃しようとした全員に到達し、飛んで行ったそのままの勢いで連中を背後の壁に叩き付ける。

「あ? ぐわぁぁっ!」
「そんな!? どわっ!」
「ぐぇぇぇっ!!」
「え?」
 男達がまとめて吹っ飛び、全員が廊下に蹲ったのを見てシェリルとディオンは呆気に取られたが、そんな二人を振り返ったジェリドが事もなげに告げた。

「さあ、行って下さい。この突き当たりを左に曲がると、裏庭に面した窓がある通路に出ますので、窓から出て庭を回り込んで、門に向かえば良い筈です」
「分かりました」
「後はお願いします」
 ジェリドの荒技に驚愕したものの、取り敢えず逃げ出すのが先だと思い直したディオンは、素直に彼の指示に従ってシェリルを抱えつつ、自分達の背後に伸びていた廊下を駆け出した。そして説明を受けた通り庭が見える窓が見えた為、注意してそこから裏庭へと出て姿が見えなくなっているのを幸い、塀に向かって一直線に進む。その間も先程ジェリドが用意してくれた蝶もどきは付かず離れず少し先を進んでおり、二人はそれ程不安を感じてはいなかった。
 そこで背後の屋敷から派手な爆発音が数回響いてきた為、ディオンは思わず足を止めて振り返った。その眼前で屋敷から火柱が激しく噴き上がり、よくよく耳を澄ませれば複数の人間の悲鳴や怒声も微かに聞き取れる非日常的な光景を認めて、呆然としながら腕の中のシェリルに問いかける。

「シェリル。あの人、近衛軍の司令官だと言っていたけど、魔術師としての腕前も相当だよね? かなりの威力、しかも調整の難しそうな攻撃魔法を、あんなに詠唱呪文を短縮して操れるなんて」
「そんなに凄いの? ジェリドさんより父や姉の方が、もう少し短縮していた様な気がするけど。術式発動時の動きも少ないと思うし」
 アーデンやエリーシアが未知の物を解析したり、新しい術式を構築する時に長々と呪文を唱えたりする場合は別として、既に習得済みの術式を構築するのには時間をかけていないのを知っているシェリルは、今一つピンとこないままディオンに尋ね返した。すると彼は声に疲労感を漂わせながら、独り言の様に呟く。

「ごく簡単な魔法なら、一通り修練した事のある人ならあれ位の詠唱で可能だと思うけど……。あれ位威力と速さがある攻撃魔法を繰り出せるとなると、相当凄い筈だよ。そうか、ここは王都だから。能力の高い人間がゴロゴロしている上、シェリルはかなり上位の貴族みたいだから、そんな人は見慣れているのか。うちの様な田舎の感覚を基本にしたら駄目だな」
 そう言って虚ろな笑いを漏らしたディオンだったが、ここでシェリルが驚愕の叫びを上げた。

「何、あれ!?」
「え?」
 ディオンは何気なく背後の屋敷の方に目を向けると、炎上している屋敷から巨大な柱状の物が幾つも飛び出しており。最悪な事に、その中の一つが放物線を描きながら、シェリル達目指して勢い良く飛んで来た。

「うわぁぁぁっ!!」
「ディオン!?」
 咄嗟に避けられる速さではないそれに、ディオンは下手に動く事を諦め、迷わずシェリルを庇う様にしっかり腕の中に抱え込んでその場に蹲った。そして起こりうる衝撃に備えたが一向にそれは無く、代わりに自分のすぐ横の地面に何かが突き刺さったらしい衝撃を感じる。そして恐る恐るそちらに顔を向けると、自分達目指して飛んで来たと思われる角柱状の物が、不自然な角度で地面に斜めに突き刺さっていた。

「ディオン、大変! この中に人が居るわ!!」
「はぁ!?」
 自分の腕の中から飛び出たシェリルが焦った声を上げた為、ディオンは慌てて薄闇の中、その中を覗き込んだ。すると確かに中年のくたびれきった服を着た男が一人、手に短剣を握ったまま透明な柱の中で目を見開いたまま固まっているのが目に入る。
「何? この人、どうしたの?」
 透明な柱の前でパニックを起こしかけたシェリルだったが、慎重にそれを観察していたディオンは、何とか平常心を取り戻して彼女に声をかけた。

「落ち着いて、シェリル。多分この人は死んでいない。仮死冷却魔法をかけられて、ギリギリまで体温を下げられていると思う。時々、俺の領地でも見たことがあるよ。周囲が山ばかりの土地だから、新鮮な魚介類が乏しくてね。死んだ魚はどうしても傷みが早いし、これで周囲と隔絶した状態で運んで、目的地に着いてから術式を解除すると、魚は仮死状態から回復して、元気に水の中で泳ぎ始める。そしていけすの中から取って、いつでも新鮮な魚が食べられるんだ」
「あの……、でも、それって、人に使っても大丈夫なの?」
 根本的な疑問を口にしたシェリルだったが、そんな彼女からディオンは視線を逸らした。

「人に応用したのを見たのは初めてだ……。ひょっとしたら近衛軍って、捕虜の確保とかにこういう荒業を使用するのが、日常茶飯事なのか?」
 半ばやけっぱちに、現実逃避気味の事を述べたディオンを見て、シェリルはすこぶる真面目に声をかけた。

「ディオン」
「何?」
「これ……、見なかった事にしましょう」
 それは極めて後ろ向き、かつディオン以上に現実逃避的な台詞だったが、彼は一も二も無くそれに同意した。

「そうだな。先を急ごう。しかしどうしていきなりこれの軌道が曲がったんだ?」
 再び歩き出しながら首を捻った彼に、シェリルが推論を述べた。

「私の首輪の紅いガラス玉には、魔法による影響を無力化する術式が封じてあるの。だからこれが飛んできたのが魔法によるものだったから、自動で効果が発動して跳ね返したとか?」
「それなら自然な落石とかに遭遇した場合は?」
「無反応かと……」
「やっぱり、なんか中途半端っぽいよな。その首輪の術式」
 ディオンがしみじみとした口調でそう感想を述べた時、二人は塀まで到達した。

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