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第44話 密談

 自分の置かれている状況に憤慨していたディオンだったが、突然どこからともなく現れた様にしか見えない猫が、鉄格子の隙間を通り抜けて中に入って来た藻を見て、本気で面食らった。

「こんな所に猫? 一体どこから、どうやって入って来たんだ?」
「初めまして、ディオンさん。私はシェリルって言います」
「え?」
 思わず独り言を漏らしたつもりが、目の前にちょこんと座った黒猫が礼儀正しく自己紹介してきた為、ディオンは一瞬呆けてからパニックに陥った。

「ねっ、猫が喋ったぁ――っ!! これが噂に聞く化け猫って奴か!?」
 無意識に毛布を引き寄せたディオンがそれを両手で掴み、勢い良く上下に振って目の前の猫を追い払う動作をした為、さすがにシェリルも怒って怒鳴り返した。
「誰が化け猫ですか、失礼な!? 第一、私は猫の姿をしているだけで、れっきとした人間です!!」
 噛み付く様にそう言われたディオンは手の動きを止め、まじまじとシェリルを見下ろす。

「……本当に、人間?」
「些細な事を言い合っている場合じゃ無いわ! 今夜は国王即位記念の夜会があるの。ラミレス公爵達は、そこであなたの偽物のディオンが、この国の第一王子だと主張するつもりなのよ!」
「そこまで話が進んでいたか……。俺が事も有ろうに、長年行方不明になっている第一王子? そんな事、有るわけ無いだろう!!」
 驚きがおさまると同時に、徐々に後に怒りがこみ上げてきたらしく、ディオンは拳で床を叩きながら吐き捨てたが、シェリルは困った様に付け加えた。

「でも、王宮から派遣された調査団が、ハリード男爵の領地での調査でも、あなたの本当の両親が不明で、男爵夫妻が拾った子供を育てたのは間違いないって報告が上がっているそうだけど」
「俺の両親ははっきりしている」
「え? 嘘!?」
 ミレーヌから聞かされていた内容を口にしてみると、あっさり否定されてしまい、シェリルは目を丸くした。

「本当だ。実は本当の母親と養母は、遠縁に当たる関係でね。実母が結婚前に火遊びして、できたのが俺だ。それが表沙汰になったら、不名誉極まりない事になる。それで実母の家では実母を密かに出産させた後、密かに俺を殺す事にしたそうだ」
「殺すって……。それに火遊び……」
 想像の限界を軽く超える話に、シェリルは唖然としたが、ディオンが申し訳無さそうに話を続けた。

「ごめん、不愉快な話で。だけど実母方の祖母が不憫に思って、子供がいなかった俺の養母に相談して。それで両親は、その人の手引きで俺を密かに引き取ったって言うのが真相だよ。その祖母は秘密を抱えたまま亡くなり、実の両親も、実母と結婚した現在の夫も、俺の存在すら知らない」
 そこまで聞いた内容を、頭の中で吟味してみたシェリルは、ディオンに控え目に確認を入れてみた。

「えっと……、それって、世間に公表すると拙い話なのよね?」
「勿論、だから両親が口を割れなくて、こんな困った事態になっていると思う。母と実母は結構交友が有ったらしいから、余計に庇っていると思う」
 そこで重い溜め息を吐いたディオンにシェリルは同情し、この間のもう一つの疑問を口にした。

「それならディオンは、どうして王都の社交界に、この数年顔を出していなかったの? それで殆ど交流する人がいなかったから、いきなり現れた『ハリード男爵子息』が本物かどうか、判断できる人がいなかったのよ」
 それにも彼はよどみ無く答えた。

「もともと、うちの様な国境沿いの弱小貴族は、そうそう王都に出てこないし、五年前に領地の館が火事になってね。その後始末や財政が苦しくなって両親も三年ほどは用事が無ければ王都まで来なかったから。俺はその時に折れた梁の下敷きになって怪我をした後遺症で、足が不自由になってしまったし。最近腕の良い魔術師に治療して貰って、何とか普通に歩けるようになったけど、ダンスとか乗馬は無理で」
「そういう事情だったの……」
 ダンスの特訓を受けたシェリルは、そこでしみじみと納得して頷いた。そして気を取り直してディオンを促す。

「本当に、会えて良かったわ。急いでここを抜け出して、ハリード男爵を止めましょう」
「そうだな。俺が逃げたと分かったら、絶対父さんは本当の事を陛下に言ってくれる。王族の名を詐称するなんて、下手すれば国外追放、良くても爵位と領地没収だからな。俺のせいで、そんな目に合わせてたまるか! しかしどうするか……。ここの出入り口の鍵は、上の見張りが持っている筈だし……」
 釣られてシェリルも鉄格子の方に何気なく目を向け、床に置かれたトレーの中の空の食器を眺めた。

「ねぇ、ディオン。食事はどうなっているの?」
「食事? 1日二回、担当の人間が運んで来て、そこの差し入れ口から入れている。代わりに空のトレーを渡しているが、どうしてそんな事を?」
 いきなり何を言い出すのかとディオンは怪訝な顔になったが、シェリルは構わず問いを重ねた。

「ちなみに、お夕食が運ばれて来るまで、まだ結構時間がかかる?」
「いや、そろそろ来てもおかしくない時間帯だ」
「それなら良い考えがあるの!」
「え? 本当か!?」
 話を聞いて瞳を輝かせたシェリルに、表情を明るくしたディオンが詰め寄る。そしてシェリルは早速、自分の思い付いた作戦をディオンに語って聞かせた。

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