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第40話 ひと時の息抜き

 王宮全体が慌ただしく落ち着かない日々が続く中、何事も無くランセルの国王即位二十周年記念式典当日を迎えた。
「とうとうこの日が、今日になったわ……」
 もそもそと昼食を食べながらシェリルがぼそりと呟くと、控えていたリリスとソフィアが応じる。

「今の台詞は言い回しがおかしいですが、お気持ちは良く分かります」
「緊張して食欲は無いかと思いますが、式典の最中にお腹が鳴らないように、召し上がって下さいね?」
 そんな会話をしている所に、突然カレンが現れた。

「お食事中、失礼致します。至急のご連絡です。午後の即位記念式典ですが、シェリル様は出席しなくとも良くなりました」
「どうしてですか?」
 願っても無い話ではあったが、これまで出席が当然の流れで準備が進んでいた為に、シェリルは不思議に思って尋ね返した。するとカレンが、忌々し気に理由を説明する。

「昼前にラミレス公爵が、『まだ存在が公になっていないシェリル姫が式典に出席するのに、ラウール殿が出席要請すら無いのはおかしいのでは』と陛下の執務室に押しかけて直談判したのです。ただでさえ忙しい時に、そんな屁理屈を言われて『それならシェリルの出席も見合わせる。それなら文句は無かろう!』と陛下が言い放って叩き出したとか」
 それを聞いたソフィアが、苦笑しながら口を挟んできた。

「本来式典には王族の他は、貴族各家の当主夫妻のみが出席できる筈。ラミレス公爵はそれに自称ラウールを出席させて箔を付けるつもりだったのでしょうが、これで完全に無理ですね。陛下の不興まで買って、馬鹿な事をしたものです」
「おかげであちこちに変更が出て、大変です。陛下が理由を明らかにしたので、各所からラミレス公爵に苦情がいっていますよ。事が済んだ後は、この事を理由にラミレス公爵の領地を一部むしり取って、シェリル姫の領地にする腹積もりらしいですね」
 そこまで聞いたソフィアは、話の筋を完全に理解したらしく、カレンに向かって宣言した。

「それでは『姫に取りなして欲しい』と、ラミレス公爵一派が泣きついてくるかもしれませんね。こちらで撥ねつけておきます」
「頼みます」
 話の早い彼女に安堵の微笑みを向けてから、カレンは忙しなくその場を後にした。それを見送ったシェリルはあまりの馬鹿馬鹿しさに溜め息を吐いたが、そんな彼女を凝視してから、ソフィアが何気なく言い出した。

「シェリル様。私には正直理解し難いのですが、シェリル様は猫の姿になると、そんなにリラックスできますか?」
 すこぶる真顔でのその問いかけに、シェリルは神妙に頷きながら答えた。

「それは……、何と言っても、ここに来るまでは、専ら猫の姿で生活していたので……」
 控え目にそう口にすると、ソフィアは再び黙り込んでから、自分自身を納得させるように予想外の提案をしてきた。
「それでは式典に出席されない分、時間が空きましたし、食事が終わりましたら猫の姿で少しお散歩に行かれませんか?」
 いつもは厳しい彼女のいきなりな方針転換に、シェリルとリリスは目を丸くした。

「ソフィアさん、良いんですか!?」
「ちょっと待って下さい。こんな大事な日にどうして?」
「大事な日だからこそよ。ここ暫く保護者のエリーシアさんは国境沿いに貼り付いたまま戻られないし、姫様は有象無象の輩に纏わり付かれて、散々神経をすり減らしていたもの。外部の人間の後宮の出入り自体頻繁になったせいで、姫の素性と本当の事情が万が一にも露見しないようにと極力人の姿でいて頂いて、本当に申し訳なく思っていたわ」
「ソフィアさん……」
 カレンに勝るとも劣らない厳格さで取り仕切っていた彼女が、そんなに気を配ってくれていたと分かって、シェリルは泣きそうになった。そんな彼女に、ソフィアが優しく笑いかける。

「ですからシェリル様。夜会で一波乱も二波乱もある事は確実ですから、今のうちに英気を養ってきて下さい。ただ夕刻前には戻って来て下さいね? 軽食をつまんでから、身支度を整えなくてはいけませんので」
「……本当に、構わない?」
 シェリルが控えめに念を押すと、完全に開き直った態でソフィアが言い返した。

「要は、私達以外の誰にもばれなければ問題はありません」
「ソフィアさんが、話が分かる人で良かったです!」
 完全に自分達の味方をしてくれると理解したリリスが喜びの声を上げたが、ここで一応ソフィアが、リリスに釘を刺した。

「そういう訳だから、誰かが姫様を訪ねて来ても、何とか粘って追い返すのよ? 女官長を含めてだから、覚悟しておいて」
「分かっています。お任せ下さい!」
「胸を張って言う事じゃ無いわね」
 そう言ってソフィアが苦笑したところで、他の二人も盛大に声を上げて笑い出した。
 そして手早く食事を済ませたシェリルは、早速リリスに手伝って貰って術式を発動させて猫に姿を変えた。そしてシェリルは付けて貰った首輪の中央の石に触れてから、見逃してくれる二人に頭を下げた。

「リリス、ソフィアさん。ちゃんと夕刻前には部屋に戻って来ますので、待っていて下さい」
「はい。姫様を信用しております」
「気をつけて、いってらっしゃいませ」
 そうして笑顔で見送ってくれた二人に背を向け、シェリルは広いベランダの手すりに苦もなく飛び乗り、更に少し離れた位置にそびえ立っている大木の枝に勢い良く飛び移って、ご機嫌な散歩を開始した。

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