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第32話 ファルス公爵の告白

「シェリル殿下、今、お時間を少し頂いても宜しいですか? お話ししておきたい事がございます」
「あ、はい!」
 唐突に廊下に響いた声にシェリルが慌てて振り返ったが、エリーシアは抱えていたシェリルと廊下に下ろしてから、ゆっくり歩きだした。

「シェリル、私は少し離れているわ」
 そんな彼女にアルテスは小さく会釈し、シェリルの目の前にやって来た。そして廊下に片膝を付いて、彼女を見下ろしながら話し始める。

「実は殿下が見付かった時、その直後に王妃様から直々にご連絡を頂きました。『希望するなら面会の機会を設ける』と申し出て下さったのですが、こちらから丁重にお断り致しました」
「そうでしたか」
「正直……、殿下の事を逆恨みしておりました。『姉が産んだのが本当に王子だったら、何も問題は無かったのに』と。あの事件は姉の独断であったにも係わらず、関与を疑われた父は半ば強制的に隠居させられて隔離状態。なし崩し的に家督を継いだ私も、両陛下に対して面目なく……。どうしても家勢の衰退に歯止めがかかりませんでした。長年、そんな想いに囚われておりましたので、ご挨拶に伺ってもお互いに不快になるだけかと、控えさせて頂きました」
「はぁ……」
(そんな事を言われても……。挨拶に来なかった理由としては、私も何となく想像できていたし)
 半ばふて腐れながら話を聞いていたシェリルだったが、ここで彼女の顔を凝視していたアルテスが、真摯な表情で話を続けた。

「姫には到底信じて頂けないと思いますが、姉は死ぬ前、自分の行為をとても後悔していたのです」
「え?」
「父や私の立場まで悪くした上、迷惑をかけて申し訳ないが、もし万が一娘が見付かったら、できるだけの事をしてやって欲しいと遺言しました。ですが殿下が見付かった後、王妃から内々に私どもに後見の話が有った時、それをお断りしました。私は不幸な生い立ちの姫君を逆恨みする様な狭量で凡人なもので。我が家衰退の直接の原因となった殿下を、諸手を上げて歓迎する気になれなかったのです」
「……正直ですね」
 思わず瞬きしてシェリルが思ったままを口に出してしまったが、アルテスは特に気分を害した様子は見せず、一層真摯に訴えた。

「ですが、その姫君の名前を騙る偽者が現れたとなっては、話は別です。姉の不始末の結果で王家が揺らぐなど、言語道断。今回は全力であの偽者が第一王子と認定されるのを阻止しますので、その点に関しては信用して頂きたい。その為にあの男の仮の後見を引き受けましたので」
 その表情からは気持ちを偽っている様には到底思えず、シェリルも真顔で頷いた。

「分かりました。そのお話は信用します。公爵様にとっても相当面倒な事になってしまったみたいですが、宜しくお願いします」
 そして軽く頭を下げると、相手は微かに笑う気配を見せたものの、何も言わずに一礼して去って行った。その背中をシェリル同様複雑な表情で見送ったエリーシアが、しみじみと感想を述べる。

「王妃様から聞いていた通り、悪い人じゃなさそうね。変な風に生真面目だし」
「ミレーヌ様が何か言っていたの?」
 不思議そうにシェリルが尋ねると、エリーシアは些か気まずそうに口を開いた。

「王宮に来た直後に王妃様に『シェリルの母方の親族はどうしていますか?』とお尋ねしたら、さっきファルス公爵が言った通りの事を説明されたの」
「私のお母さん……。自分のお姉さんの事が好きだったのよね。だから私の事が嫌いなのね」
 分かってはいたつもりだったが、軽く落ち込みつつそう口にしたシェリルに、エリーシアは困った顔をしながら腕を組みつつ答えた。

「本人の心境が、複雑なのは確かだと思うけど……。王妃様の話ではそれだけじゃないの。あの人、子供の頃から優秀で、シェリルが産まれた頃は公爵家の嫡男なのに、王宮で官僚として勤めていたらしいわ。上級貴族で実務に長けている人間は珍しくて、宰相様や陛下が随分期待していたらしいの。でも例の事件が起こって」
「それで責任を問われて、王宮を追放されちゃったのね……」
 そこでシェリルが納得して益々暗い顔になりかけたが、エリーシアは苦笑いで手を振った。

「ううん。だってアルメラ妃の行為は、表沙汰になっていないもの。当時あの人は姉の言う事を鵜呑みにして、王妃様やレイナ様を面と向かって罵倒したそうよ。それで真相が内々で明らかになった後に謝罪して、引き止められたのに面目ないと領地に引き籠ったのよ」
 それをきいたシェリルは正直な感想を述べた。

「やっぱり生真面目な人みたい」
「そうね。陛下は才能以上に、その気性を好ましく思っているのね。あの事件はアルメラ妃の独断で、公爵親子は無関係なのが明らかだったし、それもあって陛下は真相を明らかにしなかったの。真相が公になったら、アルメラ妃は勿論、実家のファルス公爵家も責任を追及されるわ。良くて爵位と領地没収の上、生涯軟禁は覚悟しなければいけないもの。……言い方は悪いけど、陛下達は今後発見が望み薄なシェリルについての真実を明らかにするより、ファルス公爵家を厳罰に処した場合の国内の混乱を防ぐ事と、ファルス公爵の才能を失わない事を重要視したのよ」
 そのエリーシアの説明を聞いて、シェリルは何回か瞬きしてから、ゆっくりと理解できた事を口にした。

「そうか。ファルス公爵家にとばっちりが行かない様に、肝心な所は誤魔化す事にしたのね?」
「そういう事みたい」
 そこでエリーシアが、小さく肩を竦めた。

「だから今回、陛下があの偽王子の後見人にファルス公爵をねじ込んだのも、この機会に公爵の気構えを試したかったのと、中央に復帰する足掛かりにさせたいと考えた結果だと思うわ。そんなのを引き受けたら、忽ちレオン殿下に次ぐ抹殺対象ナンバー2に格上げ確実だし」
 エリーシアが素っ気なくとんでもない事を言ってのけた為、シェリルは仰天した。

「どうしてそうなるわけ?」
「だって別の後見人が付いたら、ラミレス公爵が偽王子の威光を振りかざす事ができないもの」
「さっきの話し合いの場で、そんな事一言も言ってなかったけど!?」
「だって、一々言わなくても当然だし。でも実際問題、《ラウール王子の血縁者》と言う大義名分が有って、ラミレス公爵やあの得体の知れない偽王子をしっかり監視できる人物となると、現実的にファルス公爵位しかいないみたいね。だから陛下は危険性を十分認識した上で、ファルス公爵に声をかけたのよ。暗に『王家の為に命をかけてくれるか?』って含みを持たせて」
「そういう事だったの……」
 事の重要性が漸く認識できたシェリルが、半ば呆然と呟くと、エリーシアが笑いながらシェリルの肩を軽く叩きながら言い聞かせる。

「それでさっきのご挨拶になるわけ。王子で無いシェリルの事は無条件で好きでは無さそうだけど、お姉さんの忘れ形見の事は結構気にしてくれているみたいだし、全力を尽くしますので信用はして下さいって事よ。まあ今回のこれで気持ちの整理を付けられたら、ひょっこり挨拶に来るかもね」
 そう言って苦笑しながらエリーシアが抱き上げてきた為、シェリルも吹っ切れた様に頷いてみせた。

「私もそれで構わないわ。私もできる事は頑張る」
「ええ、頑張りましょう。さあ、今夜は徹夜かしら。色々準備しなきゃ!」
 そして二人は意気揚々と後宮へと戻った。

(エリーと離れるのなんて初めてで、本当は不安で仕方ないけど……。それ位、我慢しなくちゃ)
 表面的にはエリーシアと笑顔で話しつつ、シェリルはどうにも誤魔化しようのない不安を抱えていたが、しかしそれを絶対に表には出さない事を心に決めて、自室へと戻って行った。

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