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第30話 エリーシアの推測

「これが先程、謁見の間であった事です。驚きましたか?」
「はい。もう訳が分かりません」
 未だ茫然としたままシェリルが答えると、眉間に皺を寄せて黙り込んでいるエリーシアを振り返って、ミレーヌが声をかけた。

「エリーシア。あなたは先程謁見の間に同席して、直に公爵達を見ていた筈ですが、何か言いたい事があるのではないですか?」
 それを受けて、エリーシアが考え込みながら口を開く。

「考えと言うか……、意見を申し述べたい事がありますので、私にその機会を頂けないでしょうか?」
「分かりました。陛下達はすぐに対策を講じている筈です。付いていらっしゃい、シェリルもです。カレン、後は任せましたよ?」
「はい。行ってらっしゃいませ」
 即座に立ち上がったミレーヌに続き、その場の女たちはキビキビと動き出した。そしてシェリルを抱えたエリーシアを従え、あっという間に後宮を抜け出て執務等に入ったミレーヌは、行き交う官僚たちの驚きの視線を綺麗に無視し、両脇に護衛の近衛騎士が立っている、大きな扉を押し開けた。
 どうやら会議室らしいそこには特大級の円卓があり、正面にはランセルが座っている他、レオンを初めとする国政の重要人物がずらりと顔を揃えていた。その一角に見慣れない人物が座っていた事にエリーシアは一瞬首を捻ったが、ミレーヌはそのまま進んでランセルに声をかける。

「陛下、私と当事者であるシェリルに同席の許可を。それからエリーシアに発言の許可をお願いいたします」
「分かった、許可する。誰か、椅子を用意してくれ」
 丁度対応を協議するために、喧々諤々の論争を繰り広げていたらしい面々は、疲労感に満ちた表情で、一旦口を閉ざした。すると侍従が二人分の椅子を準備したところで、ランセルがエリーシアに声をかける。

「それではエリーシア。何か発言したい事があるのだろう? 言ってみなさい」
 早速促されたエリーシアは、周囲を見回して一瞬迷う素振りを見せてから、慎重に申し出た。

「その……、本当にこの場で、発言させて頂いても?」
「構わない。ここは一つ、第三者の立場から、冷静な意見を貰いたい」
 本来ならば官位も爵位も無いエリーシアが、この様な王族や重臣が集まっている席で発言できる筈も無いのだが、ランセルの了承を得た事で瞬時に腹を括った。

「ありがとうございます。それではこちらをご覧下さい」
 そして先程ミレーヌの私室で投影した映像を、エリーシアは再び壁に映し出した。
「謁見の場に急遽呼ばれて横に控えていた時に、記録を取っておいたのですが、あの短剣が少々気になりました」
「短剣? だがあれは確かに、私が職人に作らせた物だが」
 憮然としてランセルが応じたが、彼女は画像の一部を拡大表示した。

「ここの短剣の柄の、宝石がはめ込まれている周囲を見て下さい。目立たない様にしてはいますが、幾つも傷がついて、それを修復した跡が残っています。私はこれまで修繕の仕事もしていましたので、鍍金(めっき)等のやり方も存じていますので」
「それが?」
「この傷の付き方は、取り落としたとか、ひっかけてできた類の物ではありません。宝石を無理やり剥がす為に抉った跡を補修した物です」
 それを聞いた室内の者達が、はっとした様に画像に見入る。するとミレーヌが、思わずといった感じで、声を出した。

「……思い出しました。あの短剣を見た時の違和感ですが、アルメラに贈られた時、あの柄に嵌め込まれていた宝石は、確かクリセードではなくミストリアでした。同じ緑色の石ですが、全く輝きと深みが違います」
「確かにそうだな。すっかり忘れていた」
 軽く目を見張ったランセルとミレーヌの間で、そんな会話が交わされたのを聞いて、エリーシアは自分なりの推察を述べた。

「恐らくシェリルを捨てた人間が欲を出して短剣を持ち去り、宝石だけを引き剥がして短剣自体は処分したのでしょう。それがどうやってかラミレス公爵の手元に渡った後、石が欠けていては大事に肌身離さず持っていたという話の信憑性に欠けると思って、同じ緑色の石を嵌めこんだのではないでしょうか? 公爵は緑色の宝石が填め込まれているのを知ってはいても、どんな石かは正確には知らなかったのだと思います」
「そうするとその点だけでも、ずっと手放さずに保管していたという話が嘘だと、追及できる証拠にはなるな」
 レオンが幾分顔色を明るくして独り言の様に呟くと、エリーシアが思わせぶりに言葉を継いだ。

「ハリード男爵の息子の容姿と、彼が養子である事実を知った人物の手元に、偶々第一王子が行方不明になった時に一緒に所在不明になった短剣があったとしたらどうなりますか?」
 その仮定話に、レオンが筋書きを読んだ様に呟いた。

「男爵と公爵の間を繋いだ人間がいるか……。そして男爵を仲間に引き込んで、その子息を偽者に仕立て上げたと?」
「もしくは何らかの事柄で脅迫したか、です。あのハリード男爵は、どう見ても息子に王子の名前を騙らせる様な、そんな大それた企みに進んで乗るタイプには見えません」
「確かに……」
 その場全員が、先程見た男爵の様子を思い返して納得していると、エリーシアが話を続けた。

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