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第24話 シェリルの受難

 その日、シェリルは唐突に宰相であるタウロンの訪問を受けた。

「本日はお忙しい中、お時間を取って頂きありがとうございます」
「いえ、大して忙しくもありませんでしたし、お気になさらず……」
 最初の挨拶を社交辞令で返したシェリルだったが、急かされてドレスを身に着けた彼女の本音は(今日は何も予定が無かったし、猫の姿のままお庭に散歩したかった)であった。そんな彼女の心の中を読んだ様に、タウロンが窓の外に視線を向けながら、何気ない口調で言い出す。

「今日は良い日和ですね。木漏れ日の漏れる枝の上でそよ風を受けながらお昼寝などされたら、さぞかし気持ち良く熟睡できるでしょう」
「はい、それはもう! ここのお庭には良く手入れがされて、枝振りが良い木が何本も」
 ついうっかり本音をダダ漏れさせたシェリルが、慌てて口を噤んでタウロンの方を見やると、相手は穏やかな表情を浮かべたまま両眼を光らせ、軽く威嚇してくる。

「姫……。あなたのこれまでの境遇は十分理解していますし、心よりご同情申し上げますが、外聞を憚る言動はお慎み下さい。猫になるなとは申しませんが、節度を守って頂かないと」
「……気を付けます」
「ところで、今日こちらにお伺いした理由ですが、そろそろ姫のお披露目の準備を進めたいと思います。具体的には、貴族名鑑の暗記とダンスです」
「はい?」
 予想外の単語を耳にして、シェリルは本気で面食らった。そんな彼女の戸惑いは想定内だったらしく、タウロンが淡々と詳細を説明する。

「姫様の事を、再来月の陛下の即位二十周年記念式典日の夜会でご紹介する事になりましたが、全く予備知識なしに皆様と応対などできません。最低限の方のお名前と爵位と領地名と家族構成に容貌程度は、頭に入れておいて頂きます。更に最初のダンスは王族の方が行うのが前提ですから、今回はレオン殿下とシェリル様のお二人で、踊って頂きます」
 形は一応依頼するものだったが、にこやかに微笑んでいるタウロンの目は全く笑っておらず、暗に(しっかりご精進下さい)と厳命していた。それを容易に察したシェリルの顔が盛大に引き攣る。

「因みに、貴族名鑑と言うのは、どれ位の分量……」
 戸惑った声のシェリルに、タウロンは自分の横に無造作に置いておいた、紐で綴った用紙の束を取り上げ、二人の間に置かれていたテーブルに乗せる。

「こちらで厳選しておきました。ダンスの教師については、こちらで手配致しますので、ご安心下さい」
「ありがとう、ございます」
「それでは失礼致します」
 どうやら宰相業務はそれなりに忙しいらしく、タウロンはシェリルにリストを渡すと、あっさりと辞去していった。その途端シェリルはソファーに突っ伏したが、近寄って来たリリスが興味津々にリストを取り上げ、パラパラと捲ってから、彼女に慰めの言葉をかける。

「姫様、元気を出して下さい! タウロン様も鬼じゃありません。このリストは本当に厳選してありますから、覚えやすいですよ?」
「リリスは、それに載っている人達を知っているの?」
「はい、一応家が伯爵家ですから、最低限のお付き合いをする上でそれらの知識は必要ですし」
「やっぱり良いお家のお嬢様だったのね」
 思わずシェリルが遠い目をすると、リリスはそんな彼女を励ます様に声を張り上げた。

「さあ、下手をすると間に合いません。早速、暗記を始めましょう!」
「ええ!?  お散歩に行きたかったのに!!」
「そんなのは後です、後!」
 そんなシェリルの予期せぬ受難は、その後も続いた。

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