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第5話 王妃直々のスカウト

 昼前の腹立たしい一幕の後、憤然としながら過ごしていたエリーシアは、夕刻になって外部からの魔力を感知した魔導鏡が、その縁を点滅させている事に気付き、盛大に顔を顰めた。極力人付き合いをしていなかった彼女にとって、連絡を取って来る人物は片手で数えられる人数であり、更に現状を考えると、今最も顔を合わせたくない人物からの連絡である可能性が、大だったからである。

「クラウスおじさん。何時間ぶりですね。お元気でしたか?」
「ああ、エリーシア、なんとか」
「それは何よりです。王宮勤めは何かと気苦労が多いかと思いますが、どうか末永くご壮健で。それでは失礼します」
「ちょっと待ったぁぁ――っ!! 切るな、頼むからこのまま切らないでくれ!!」
 予想通りの不愉快な顔を見て、エリーシアが仏頂面で通話を終わらせようとしたが、ここでクラウスが血相を変えて鏡に掴みかかって絶叫した為、盛大に顔を顰(しか)めた。

「はっきり言わせて貰いますが、人でなし野郎の巣窟の飼い犬のおじさんに、用はありません」
「だから、もう少し冷静に話を」
「まあ……、王宮専属魔術師長も、彼女にかかると形無しなのね」
 そこで突然クラウスの背後から、女性の笑い声が聞こえて来た為、エリーシアは無意識に眉を寄せた。

「傍に誰かいますか?」
「ああ、王妃様から是非君と直に話がしたいと言われて、魔導鏡の回線を繋いだ。王妃様、こちらにどうぞ」
「ありがとう」
「あ、おじさん!!」 
 いきなり予想していなかった人物の事を口にされ、流石にエリーシアは狼狽した。しかし鏡の向こうで、あっさりと相手が入れ替わる。

「あなたがエリーシア・グラード殿ですか? 私はミレーヌ・ジェラルディス・エルマインです」
「初めてお目にかかります。エリーシア・グラードです。王妃様にはご機嫌麗しく」
 穏やかに微笑まれて仏頂面を見せるわけにもいかず、エリーシアは礼儀正しく頭を下げた。しかしそんな彼女に、予想外の冷静な声が返ってくる。

「本日あなたと同居している猫が、長年行方知れずの我が国の第一王女である可能性が出てきましたが、その彼女の教育はどうされていたのですか? レオン殿とジェリド殿の報告では、猫のままでも普通に会話はできているそうですが」
 その率直な問いかけに、エリーシアは瞬時に真顔になった。

「シェリルが満月の光をその身に浴びた時に限って、術式に何か影響が生じるのか人の姿に戻ると判明してからは、父と私でその間に読み書きを教えていました。その後何年かして、父が猫の姿の時も人の言葉が喋れる術式を組み込んだ首輪を作ってからは、猫の時にも会話や音読は出来るようになったので、できる限りの一般常識や歴史等を、文書や口頭で教えていました」
 それを聞いたミレーヌが、小さく息を吐き出した。

「エリー殿や亡きアーデン殿には、本当にご苦労をおかけました。ですがやはりその猫は、例え王女で無くても我が国の民の一人として、王家が責任を持ってきちんとした教育を受ける機会を与えるべきだと思うのです」
「ありがとうございます。それは私も同感です。シェリルはれっきとした人間ですから」
 さっき来た男達よりは、よほど話が分かる方らしいと安堵しながらエリーシアが頷くと、ミレーヌは嬉しそうに顔を綻ばせる。

「意見が合って嬉しいわ。それでこれまでの対応に色々思う所があるかとは思いますが、まず一度王宮に出向いて、ここの魔術師棟に保管してある解除術式を彼女に試して貰いたいのです。それでもしその猫が王女で無かったと判明しても、王家でしっかり保護すると約束します。王妃としての私の保証では不足でしょうか?」
「滅相もありません!!」
「それであなたは、王宮専属魔術師として働く気はありませんか?」
「……はい?」
 いきなり話題を変えられたエリーシアは、驚いて絶句したが、そんな彼女を見たミレーヌは、おかしそうに笑った。

「王妃自ら魔術師の勧誘をするのが、そんなに意外ですか?」
「おかしいとか以前に、その理由をご説明願います」
「そうですね。少し簡潔過ぎました。先程も言ったように、王女でもそうでなくても、彼女を王宮で引き取りたいのですが、一人で来て頂くのはどう考えても無理だと思うのです。それであなたを王宮お抱えの専属魔術師にして、彼女と一緒に王宮内に住居を手配しようと考えています。その為の立派な、大義名分と前例もありますし」
「どんな大義名分があるのですか?」
(私のような庶民を、侍女としてならともかく、王宮専属魔術師? まあ、シェリルの面倒を見られるなら、別に仕事とか肩書とかは何でも良いけど)
 流石に当惑したエリーシアだったが、ミレーヌは落ち着き払って話を進めた。

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