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第3話 とんでもない話

「十七年前、今と同様、当時も王妃には子が無く、時同じくして二人の側妃が身ごもっていた。姉上の母親である第一側妃のアルメラ殿と、私の母親である第二側妃のレイナだ。エリーシア殿はアルメラ殿について、何か噂を耳にした事はあるか?」
 そう問われた彼女は、頭の中で過去の記憶を引っ張り出した。

「記憶違いで無ければ……、出産された第一王子は間もなくお亡くなりになり、アルメラ様も産後の肥立ちが悪く、産後一年経たずにお亡くなりになったかと。そのアルメラ様がシェリルの生みの親と言う事は、シェリルはその亡くなった第一王子様と双子なのですか?」
 一番可能性の高い事を口にしてみたエリーシアだったが、レオンの答えは完全に彼女の意表を衝(つ)いた。

「違う。実は、その第一王子が姉上だ。姉上を生んだアルメラ殿が、《第一王子の生母》の肩書き欲しさに、自分は男子を出産したと周囲に嘘をついた」
 それを天井越しに聞いたシェリルは唖然として固まったが、エリーシアは鋭く疑問の声を上げた。

「殿下、そんな小手先の嘘なんて、普通すぐに露見しますよね?」
「姉上の姿が後宮から消えた直後、アルメラ殿が『白昼堂々、後宮から息子がさらわれた』と主張し、それを『先に王子が生まれて悔しがった、第二側妃達の陰謀だ!』と声高に唱えて、後宮内が大混乱に陥ったんだ。当時、アルメラ殿の悲嘆にくれる様子がとても偽りとは思えなかったらしく、父上も簡単に騙されて、直後に私を産んだ母の元にも、暫く足を運ばなかったらしい。当然、第一子の性別など、確認しようも無かった」
 神妙にそう告げたレオンを見たエリーシアは、右手でこめかみを押さえながら、地を這う様な声で問いかけた。

「殿下……、下々の者には理解に苦しむ内容ですので、一応確認させて貰いますと、アルメラ様は娘を産んだ事実を隠ぺいして第一王子の生母の立場を確保し、その上で第一王子が行方不明になれば周囲からの同情も買えるし、ライバルに王子誘拐の汚名をきせる事ができると踏んで、秘密裏にシェリルを王宮の外に出したと聞こえるのですが?」
「……まさしくその通りだ」
 静かにレオンが肯定した途端、エリーシアが礼儀をかなぐり捨て、右手の拳でテーブルを力一杯叩きつつ怒鳴りつけた。

「殿下!! あなたに責任は無い事は理解していますし、無礼を承知の上で言わせて頂きますが、『その通りだ』の一言で済ませて良い問題では無いでしょう!? 第一、どうしてシェリルが、姿替えの術式をかけられる羽目になったんですか!!」
「それは……」
 ここで糾弾されているレオンを不憫に思ったクラウスが、話に割り込んだ。

「エリーシア、ここからは私が説明する。第一王子の姿が後宮から消えた後、後宮から王子が行方不明になったなど体裁が悪い為、それを公表せずに内密に捜索が始められたが、全く行方が知れない。それで見方を変えてアルメラ様の周囲を探ったら、王宮専属魔術師の一人が彼女に買収されていた証拠を掴んだ」
「最低ね、そいつ」
 思わず吐き捨てる口調でエリーシアが口を挟んだが、クラウスはそれを咎めなかった。

「同感だ。そいつを捕縛した後、ありとあらゆる手段を駆使して、実は生まれたのが姫君で、目立たない様に猫の姿に変えて、後宮から外に連れ出した事を白状させた」
「とんでもありませんね」
「姫が黒猫の姿のまま、道端に放置されたと分かって慌てて捜索したが、話を聞いた場所には姫の姿は既に無くて。かなり長い間周囲を探させたが、それきり行方知れずになられた。加えてレオン殿が第二王子として認定されていた後に、奴の自白で王子が姫だった事が判明したから、性別を訂正できない状況に陥っていて……。それが明らかになった結果、アルメラ殿は秘密裏に離宮に幽閉され、程なく失意の中で病死したというのが真相だ」
 そこでエリーシアは何やら思い付いたように、慎重に確認を入れた。

「まさか、巷で何年も前から出されている《黒猫保護令》は、シェリルを探す為の手段だったとか?」
「ああ。奴に猫から人の姿に戻す解除術式も吐かせたが、肝心の姫君を見つけない事には話にならん。一縷の望みをかけて黒猫を見付けて王宮に連れて来たら、賞金を与えると触れを出した」
 それを聞いたエリーシアは、こめかみに青筋を浮かべながら問いを重ねた。

「もう一つ、聞いても良いですか?」
「ああ、構わないが……」
 エリーシアが怒っている事は分かったものの、彼女が何に対して怒りを覚えているのか分からないままクラウスは頷いた。そんな彼女から、押し殺した呻き声が漏れる。

「その外道魔術師が、シェリルを王宮の外に連れ出す時に目立たない様に猫の姿に変えたのはまだ分かりますが……、どうして猫のまま放置したんですか?」
「私達も聞いたが……。人の姿に戻したら、捨てるのに罪悪感を覚えたらしい。何とも中途半端な罪悪感だが」
 それを聞いたエリーシアの堪忍袋の緒が切れ、小屋の外にまで響き渡る声量で絶叫した。

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