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5.双子の“姉妹”

 翌日から、城館内では探索が始まった。
 レゴン城で見つけた手がかりは、“双子の姉妹”と言うワードのみ。明確でありながら漠然としているヒントに、姉妹は頭を抱えていた。
 舞いあがる埃に顔をしかめながら、玄関ホールからそれぞれの部屋、ダイニング、浴場――空き部屋の隅々まで調べるも、一向に手がかりがつかめないようだ。

「あー、もう休憩休憩……」
「そうですね。私も少し頭がボーっとしてきました……」

 玄関ホールに戻って来た姉妹は、入口のステップに腰かけ庭を眺め始めた。
 腰の高さまでの青々とした雑草が、秋の風に揺れてさらさらと音を立てる物寂し気な光景が広がる。
 ぼうっとそれを見続けていると、セラフィーナはここに来た時の事を思い出していた。

「ここに来て、あまり間がないのに……色んなことあったね」
「そうですね。主に、フィーちゃんが撒いた種が芽吹いた物ですが」
「うっ……。で、でも姉さんには迷惑かけちゃったわね……大事なティーポットまで割っちゃったし」
「ふふ、構いませんよ。()()()を頂きましたし――それに、妹が困っているのに、ただじっと見ている姉がいるものですか」
「でも。姉さんがいなきゃ何もできなかったんだよね、私……。
 ここのR.I.P.は五十としても、その内の大半が姉さんだしさ……」
「私はいわば雑兵を倒したようなもの。
 フィーちゃんは、一人で十人に相当するようなのを自分の力――罠と知恵で倒したのですから、質では上回ってますよ」
「そう言われると、ちょっと救われるかな。
 でも、この城館にも罠が仕掛けられていて助かったわ――」

 城館に仕掛けられた罠、にどこか引っかかる物を覚えていた。
 手がかりを探していた時、“メダル”の投入口を塞いでいた鉄板に、“姉に向けた伝言”が刻まれていたのを思い出したセラフィーナは、それの事かと睨んだのだ。
 鉄板には、五十枚で何かあると刻まれている――城館で得た“メダル”は四十九枚、城で得たそれを加えればちょうど五十枚となる。
 ……が、最後に得たそれだけは色が違うため、五十枚目に数えて良いものかと考えあぐねていた。

「うーん……考えられるのは、あの鉄板だけどなぁ」
「あれは明らかに歴史が新しいですし、そもそも『平等』と言うワードが欠けています」
「そうなんだよね……でも、姉妹ってワードが示すのはそこだけだからなぁ……」

 ぐーっと身体を伸ばすセラフィーナの視線の先、錆びた格子門に見慣れた人影が差した。
 その者は二人を見つけるや、縦巻きの金色の髪を揺らしながら、とてとてと駆けくるのは、この国の王女・テロールである。
 その手には大き目の編みカゴが握られており、セラフィーナ達の前に来ると、それをすっと差し出した。

「ミラリア様がご所望されていた品を、お持ちしましたわ!」
「あら、もう手に入ったのですか?」
「おほほほっ! わたくしに出来ないことはなくってよ――と、言いたいところですが、実はうちの倉庫にストックがございましたの。
 取り寄せると時間がかかってしまうため、少し古いので良ければ、これを差し上げられますわ」
「まぁっ、こんなにたくさん――よろしいのですか?」

 カゴの中には、中瓶一杯に入った紅茶の葉が二本入っていた。
 ずしりと重いそれを両手に持ったミラリアの目は、まるで子供のようにキラキラと輝いている。
 レゴン城を訪ねた時に飲んだそれを、彼女は貰えないかとテロールに頼んでいたのだ。

「ええ、実はわたくし、この茶葉はあまり好きでは――って聞いてないですわね……」
「この人、紅茶に関する事になると周り見えなくなるからね……。
 ってか、アンタしょっちゅう来てるけど、城の方は大丈夫なの?」
「もちろんですわ。
 ……と言うより、兄様といると話をややこしくされそうなので出て来たのですわ」
「ああ、今頃は王子派と王女派に分かれた所ね――アンタの圧勝ってとこかしら」
「……わたくしのために、あれほど人が動いてくれるとは思いもしませんでしたわ。
 それを見た兄様も『この国を担う覚悟があるのなら』――と、言葉をかけてくださいましたし」
「それだけ信頼されてるって事よ。ま、城の奴らがアンタを見る目で分かるけどね」
「そ、そうなのですの!? わたくし、それほど変な目で――」
「うんにゃー? 逆に好意を寄せる目、ドMな目、放っておけない目ばっかりよ」
「え、えぇ!? ……と言うか、途中おかしなの混じっておりませんの?
 それと……貴女、兄様にとんでもなくおかしな事してませんこと?」

 テロールは怪訝な目でセラフィーナを見つめていた。
 彼女の兄・エリックに“魅了(チャーム)”をかけたと言うが、あれ以降、ずっと上の空なのだ。

「あー……洗脳して途中で解けたらアレだから、別の方法を取ったのよ」
「フィーちゃんは言わば毒蜘蛛や毒蜂――甘い蜜を味わえば、それの虜になるのですよ」
「え、ええっ……!?」

 毒と聞き、テロールは驚きの声をあげた。

「それは“酸”のように心を溶かし、そこに出来た空虚の名が……“絶望”なのです。
 望む物が得られないそれを埋めるため、別の何かで誤魔化すのですよ。
 フィーちゃんのは、淫魔の生まれ変わりではないかと思えるほど、それはもう根深い物に……」
「あ、あはは……でもこれで、決心がつくはずよ。うん」
「ま、魔女ってそんなに恐ろしい事までするんですの……?
 まぁ、お父様みたいに我を忘れないのであれば、それでいいですわ」
「まぁ、空しさも相当ですけどね。相応の物をこちらも失うわけですし」
「ね、姉さんっ!?」

 魔女の事情を知らぬテロールは首を傾げた。
 “唾液”を通じて支配するそれは、それなりの“好意”を代償にせねばならない。そのため、魔女の方もそんなつもりはなくとも、“失恋”に近い感情を味わってしまうのだ。
 寂し気な風がひゅうと吹く。テロールは、周囲の草木を撫でつけてゆく庭を見やった。

「――にしても、何度見てもみすぼらしい庭ですわね。
 雑草もさることながら、噴水が片方しかないのが何ともアンバランスですわ。
 花を植えるとまではいかなくても、それだけでもここの印象がぐっと変わりましてよ」
「……アンタ今、何て言った?」
「え……いえ、別に文句を言ったわけではないですのよ。
 ただ噴水が片方だけなのはバランスが悪い、と思っただけで……不快に思われたなら謝――」
「それよっ!」
「へ……?」

 突然大きな声を出したセラフィーナに、テロールとミラリアは驚いた顔を向けた。

「それよそれ! 双子の姉妹は不平等を嫌う――これは片方の水がない噴水の事なのよ!」
「ああ、なるほど……確かにあの噴水は左右対称。
 片方だけが満ちて、片方だけが空なのは確かにおかしいですね」
「ど、どう言う事ですの? 片方は故障しているから枯れているのでは……」
「この前の雨でも水が溜まっていない所から、恐らく水が流れ出てゆく穴があるはずなのよ。そこに栓をすれば、もしかすると――」

 セラフィーナはそう言いながら噴水に歩み寄り、慎重に周囲を探り始めた。
 双子と言えど、成長と共に微妙な差異が生じるという事なのだろうか――時間をかけて調べると、それは全く同じ噴水ではない事が分かる。双方でハッキリと違う所は、中央の柱部分に水が抜けてゆく、半球体状の孔が空いていることであった。その大きさに、彼女は覚えがある。

(あれ、この大きさって……)

 そこでハッとした表情を浮かべた。
 <マジックスフィア>の大きさとぴったり合う――彼女がよく使う物であるため、その大きさは把握している。
 片方の噴水は、“メダル”を投入して起動させ、その次に旧型の<マジックスフィア>が出て来た。
 当初は侵入者撃退のために用意された物かと思っていたが、その内の一つをここに使うと考えれば合点がゆく。

(“(から)”の<スフィア>を使う……わけでもなさそうね)

 ただの水留めに使うなら、あちこちに転がっている石を詰め込めばいい。
 何かヒントとなる物がないか、と周囲を見渡した時――

「こ、これがあの茶葉ですの!?
 ただ渋いだけでしたのに……これは全く違いますわっ!?」
「私がお城で飲んだ時、あれは二番目に淹れられた物だと分かりました。
 恐らくは一番目のは毒見役が……もしくは、別の茶の淹れ方と勘違いして捨てたかもしれません。
 そして、火傷せぬよう冷めた湯で注ぎ、薄くなるので長めに漬けた上に絞ったのでしょう――どれもチグハグな淹れ方を茶葉に対する冒涜です!」
「わたくしは、飲めればいいと思っておりましたが……これを飲めば考えが変わりますわね」
「あの茶葉は高級なだけあって、風味も味も一級品なのですよ。
 手順を間違えていたせいで、その味を全て台無しにしてしまってたのです」
「これは、城に戻ったら言ってやらねばなりませんわね。
 ――って、セラフィーナさんはもう終わりましたの? お茶、先に頂いてますわ」
「二人とも何やってるのよ……」
「暇だったので、お茶にしてました――フィーちゃんも一息ついてはどうですか?」

 のほほんとティータイム中の二人に、セラフィーナは大きなため息を吐いた。
 作業に没頭すると時間を忘れてしまう癖があり、気が付けば調査だけで結構な時間が過ぎてしまっていたようだ。

「根を詰めても何も良い事はありませんよ。
 分からない時こそ、ゆったりと心を落ち着かせるのです――テロちゃんがシロップ漬けも持って来てくれていたので、一緒に食べましょう」
「ま、それもそうだね」

 セラフィーナは、調査して分かった事を二人に伝えると『なるほど』と頷いて見せた。

「片方だけが足りないのなら、多い方にあるんじゃないでしょうか?」
「あ、あー……そう言う事ねっ!」

 ミラリアの言葉に、セラフィーナは水が絶え間なく溢れ続ける噴水の方に目を向けた。
 甘い蜜に漬けられた果実を口に運び、指先についたそれを舐めとると、ぐっと紅茶を飲み干す――当然、ミラリアは不満げな顔を浮かべるが、セラフィーナにはそれを気にしてる余裕はない。
 この手のことになると、彼女は気もそぞろになり、取るもの手につかずな状態になってしまうのである。

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