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2.お泊り会

 それと同じ頃――魔女の城館には、レゴンの王女・テロールが訪ねて来ていた。

「……え? 兄様は、まだ来られておりませんの?」
「ええ、誰も来てないですよ。
 少し前に、ここを通り過ぎて川に向かった人ならおりましたが」

 セラフィーナは釣りに出かけたため、城館にはミラリア一人で留守番をしている。
 こちらに向かってくる者の存在に気づいたものの、どう言うわけかスル―して川辺の方に向かったため、ミラリアもそのまま放置していたのだ。
 それを聞いたテロールは、ガックリと落胆したように肩を落としていた。

「――兄様は方向音痴なので、必ず誰か付かねばなりませんのに……。
 まさか、一本道で迷うとは思いもしませんでしたわ……」
「川にはフィーちゃんが居ますし、大丈夫じゃないでしょうか?」
「なッ――!? あ、あの女と兄様を会わせてはいけないですわッ!」
「あら、どうしてですか?」
「兄様は真面目な方ですが、ややムッツリな所があるのです!
 そんな人に……嫁を迎える前の人に、男たちの前で胸を曝け出すような女と関わってはいけませんわっ! 川はっ、川はどこですのっ!」
「あー……それはフィーちゃんの大好物――いえ、何でもありません。
 ですが、既に会っちゃってるので、今から向かっても手遅れかもしれませんね」
「なっ……あ、あぁ……なんてことですの……」
「まぁ、こちらに向かっているようなので問題は起っていませんよ。
 フィーちゃんは食虫植物と同じで、ゆっくりと溶かしてゆくので」

 まだ、“色香(どく)”が回りきる前に対処すれば大丈夫、とミラリアは続けた。
 しかし、テロールは気が気でなかった。彼女の執事――リュクは、目の前の魔女のそれを受けたせいで、どこか様子がおかしくなっているのだ。

「……それで、テロちゃんのお兄様は一体どうしてこちらに?」
「ああ、この前の一件ですわ。ようやく落ち着きまして、挨拶に窺わせていただきましたの。
 <魔女狩り>と、ここ一帯を脅かしてきた盗賊団の殲滅を成し遂げた――我々王族に対する支持も高まり、動かしやすくなりましたわ」
「ああ、なるほど」
「それで、わたくしから――これをお持ちしましたの」

 テロールはそう言うと、手にしていた包みをテーブルの上に置いた。
 はらり……と包みが解かれたそれを見るや――ミラリアの顔が変わった。

「ま、まぁっ、これはっ!」
「かの名匠・ルバート親子が手掛けた茶器――これを是非、お納めになってもらいたいのですわ。
 今回の偉業とも言える行いは、貴女方がいなければ成し得なかった。にも関わらず……表向きにはわたくしが策謀した事にし、貴女方・“灰の魔女”の姉妹は存在すらしておりませんの……。
 得る物はないのに、ミラリア様は大切な茶器を失われてしまった……これは、せめてものお詫びですわ」
「いつの時代も、我々は裏で生きる存在……そこまで気を使って頂かなくても」
「いえ、こうでもしなければ私の気がすみませんわ――と、言わないと駄目そうですわね……」

 顔は平素を装っているが、綻んだ口元は喜びを隠せていない。ミラリアは口では謙遜しながら、いそいそと鞄の中に納め始めていたのである。
 その中に入っていたティースプーンもまた、名匠の一品なのだから無理もないだろう。

「ですが……盗賊団も呆気なく片付いたようですわ。
 手練れも多いと聞いておりましたが、肩すかしのようでしたの」
「ああ、そこは裏で操っていた魔女に感謝ですね。手練れを全員ここに連れてきて、私に始末させたのですから。
 組織の要を潰せば、後は烏合の衆――彼女はそれをまとめる(かなめ)になろうとしていたようですが」
「それすら利用するとは思いもしませんでしたわ……。
 そうそう! 盗賊は移動檻を用意していたようなのですが、それが何と、貴女方を捕えた時に収監するために用意した物らしいですの!
 回り回って、自分たちがそこに入ることになった――その様子は実に滑稽だったようですわ」
「まぁっ、そんなことが――」

 女同士の話は終わりを知らない。そして、話に花が咲けば茶会となる。
 女二人でも長いと言うのに、そこに戻ってきたもう一人の女……セラフィーナが加われば、それはもう長い長いお喋りタイムとなってしまう。
 論点がずれ、時には内容のない無駄話が延々と続くそこは、男が入り込む余地なぞなく……一緒に戻って来た王子・エリックは、外で呆れた表情で伏せている黒犬・ブラードが唯一の話し相手であった。
 当のブラードは『どうして男と……』と不満げな表情であるが――。

 ・
 ・
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 女たちの長いお喋りが終わったのは、陽がすっかり落ちた頃である。
 誰とはなしに、空腹感を覚えたところでお茶会はお開きとなったようだ。
 暗いホールで男一人と一匹。ようやく終えた事に、安堵の息を吐いていた。

「あら、兄様。ようやくお着きになられましたの?」
「あの魔女が戻った時、共に挨拶したではないか……」
「そうでしたっけ? 話に夢中で忘れておりましたわ」

 エリックは、はぁ……と深いため息を吐いた。
 しかし、テロールがこのように女同士の無駄話に興じる妹の姿は初めてであり、驚きを隠せない。城の中ではどこかつまらなさそうにしているのに、ここでは活き活きと、年相応の女の姿を見せているのである。

「もう暗いから早く――」
「夕食を頂き、ここに泊まることにしましたわっ。
 だから兄様だけお帰りになって、お父様にそうお伝え願えませんこと?」
「な、なんだとッ!?」

 エリックにとってそれは、とても信じられない言葉であった。

「じゃ、ブラード。この王子サマを城まで案内してあげて。
 私たちは夕食の準備してくるから」

 ブラードにとっても、それは信じられない言葉であった。
 城まで行って戻ってくれば、夕食はずいぶんと遅くなってしまう――それでなくても、彼の餌の時間はとうに過ぎてしまっているのだ。
 そして何より、その頃には女たちの入浴が終わっている……そんな大事な時間を、誰が好き好んで男と一緒に歩かねばならないのか、と抗議の目を向けた。

「ブラちゃん、よろしくお願いしますね。
 夕食はフィーちゃんが釣って来たお魚を揚げましょうか」
「オッケー! じゃ、さっと下ごしらえしちゃいましょ」
「あ、わたくしも宜しいかしら? どのように作るのか、興味ありますわ」

 悲しいかな、男と雄には拒否権と言うものがそこに存在しないようだ。
 それだけでなく、ブラードはミラリアにお願いされると拒否する事ができない――エリックの顔を見ると、『ブフッ……』と小さく口を鳴らした。

 重い足取りの男たちに対し、女たちは始終楽し気であった。
 テロールは初めて自分で小魚をフライし、その庶民の味に舌鼓を打つ。その光景はティータイムの延長……もはやパーティーである。
 夕食が終えれば、そのまま入浴となるが――

「んんーっ、やはりここの大きな湯船は快適ですわねーっ」
「最初はあれだけ裸になるの嫌がってたのに……人間の適応力って凄いわね」
「ふふっ、こうした女たちの裸の付き合いっていいですね」

 女同士だからか、一度セラフィーナと共に入ったからか……テロールに、最初ほどの羞恥心はなかった。むしろ、楽しさがそれを上回っている様子である。
 しかし、それもミラリアやセラフィーナの身体を見ると、彼女の顔に落胆の色が浮かび上がる。

「はぁ……二人が羨ましいですわ」
「あら? テロちゃんも問題ないと思いますよ」
「そうよ。ほどよい肉付きしてるし、男にはそっちの方がウケるわよ」
「む、むぅ……そうですの?
 でも確かに、貴族とかそんなのは確かに多いですわね。
 ああ、嫌な事を思い出してしまいましたわ……思い出す度に腹立たしいっ!」
「どしたの?」
「お父様が洗脳されていた時、わたくしが辱められたと知るや、金と権力のために侯爵の家にやろうとしたのですわ!
 考えていた相手は、もう齢五十を越えたような方――いくら操られていたと言えど、許せませんわっ!」

 テロールはバチャッと水面を叩いた。
 国王には洗脳されている間の記憶がない。覚えていても、薄ぼんやりと覚えている程度である。
 にも関わらず、臣下からそれを聞かされ怒ったテロールは、知らぬ存ぜぬの一点張りの国王に、延々と非難し続けたのだ。

 ――王子か王女のどちらに着くか……?

 と、真剣に話し合いがされるほどの剣幕であったらしい。

「五十かー……女を知り尽くしてるなら、それぐらいのが味わいありそうな気もするけど」
「そう言えば、フィーちゃんは二十年くらい前、そう言う人引っかけて遺産相続でモメましたね」
「あ、あれは勝手に向こうが惚れて『全部やる』って言ったからよ……酒飲みの相手してただけなのに」
「二十年って……貴女方は一体いくつですの……?」
「ん? 今年でいくつだっけ……二六四歳かな」
「私は二八七歳ですよ」
「にっ――にひゃくっ!?」

 三十は超えていないと思っていたが、まさかその十倍近い数字を言ってくるとは予想だにせず、大きく仰け反ってしまっていた。
 その様子にミラリアはくすくすと笑いながら、テロールに“理由”を話し始める。

「魔女は人よりも十倍ほど年を取るのが遅いのです」
「そ、人間で言えば私は二十六歳だし、姉さんは二十八歳――ただ問題が、オババ時代が長いのが難儀よねー……」
「も、もしかして魔女が老婆のイメージが多いのって、老化が遅いからですの!?」
「そうよ。若いうちは“自分たちのしたい事”をやってるから、あまり表に出てこないの。
 “若さ”が剥離し始める頃……三百歳半ばから、それにすがり付く研究に没頭し始めるからね。
 色々諦めたのは表に出て騒ぎまくるから、そんなイメージが出来たのよ」
「魔女が大釜で薬を作っている絵が多いのは、主に“若返り薬”を開発しているからなのですよ。
 成功者はいるのかいないのか……はた迷惑な失敗作を、外に広めるばかりですが」
「し、知りませんでしたわ……」

 衝撃の事実に、テロールは驚きの顔を浮かべるばかりであった。
 もし彼女が老いても、この魔女たちは人間の三十歳を超えたばかり――そう思うと、どこかにもの悲しさを感じてしまう。

「わたくしも……そのような薬が欲しいですわね。
 ん? そう言えば、あの魔女は執拗にレゴンに拘っているように見受けられましたわ。
 もしかすると、この国に何かヒントがありましてっ?」
「んー……あー、確かにその可能性もあるわね。
 ここまで大仰な仕掛けをしているし、“王の財産”を狙うにしても、あそこまでのリスクを犯さないわよね」
「仕掛け……とは何ですの?」
「ああ、そう言えば説明してなかったわね。姉さん、“メダル”ある?」
「ええ、ありますよ――」

 ミラリアは“メダル”をテロールに渡すと、セラフィーナはこの城館に設けられた仕掛けについて説明をし始めた。
 死者と引き換えに“メダル”が貰え、それを使って城の仕掛けを起動する……雲をつかむような話に、彼女はどこか怪訝な表情を浮かべている。
 しかし、実際に城館の罠を目の当たりにしているため、頭からは否定していないようだ。

「何かある、と思うでしょ?」
「うーん……そうですわね。と言うか、この“メダル”――」
「ん? “メダル”がどうかしたの?」

 “メダル”をじっと見ていや彼女は、突然信じられない言葉を口にした。

「――これと同じ物を、城で見た事ありますわ」

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