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ⅩⅩⅩⅤ

アイリスは自信満々の顔で仲間たちに説明し始めた。
「この法衣が汚れるまで仕事をしろってことだけど、本当に仕事をする必要はないと思うの。この法衣は真っ白だから少しの事で染まるようになっていることが分かるでしょう?なら、別の方法で法衣を染めてしまえば簡単に済む話じゃないかしら」
アイリスは仲間たちに同意を求める。
しかし仲間たちはあまり乗り気ではなかった。
確かにここにとどまっていないで早く旅に戻りたいという気持ちはある。
ただ、旅をするにあたって神に願うことはよくあることなのだ。
故に旅人には信仰深いものが多い。
それはレイチェルたちも同じだった。
「神を冒涜することにならないかな…」
レイチェルの言葉に仲間が小さく頷いた。
アイリスは消極的な仲間たちに苛立ちを覚える。
「何よ皆して。こんなところで止まっていることなんてできないわ。これは提案じゃない、ノーツアクトを率いる旅団長としての命令よ」
アイリスはいつになく鋭い目で仲間たちを見た。
その眼を見た仲間たちは少し考えてからため息をついた。
「分かった。アイリスの言うとおりにしよう。だが、失敗したときはアイリス、君がちゃんと責任を取ることだ」
ネジ子はそう言ってアイリスの肩をポンと叩いた。
「それで、どうやって法衣を汚すんだ?」
やけにノリのいいロイがアイリスに聞く。
「そうねぇ…塗料は露骨すぎるし、泥とかのほうがまだ自然に見えるかしら」
実のところアイリスもしっかりとしたことを考えずにアイディアを口にしてしまった。
しばらくの間アイリスは思考を巡らせる。
「一つだけ思いついたわ」
アイリスはそう言って仲間を集めた。
「こんなことであの墓守たちが騙されてくれるとは思わないけれど…」

「誰か来てください!」
館中にアイリスの声が響く。
奥から一人の墓守がかけてきた。
「一体どうしたのですか?」
「外で仲間が!」
アイリスは息を切らしながらなんとか墓守に伝えた。
墓守はアイリスに連れられて外に出る。
するとそこには白い法衣を真っ赤に染めて倒れるロイたちの姿があった。
「大丈夫ですか!?」
墓守は必死に声をかけるが反応がない。
法衣に触れた手にべったりと赤い“何か”が付く。
「うぅ…」
呻くような声を上げてロイが目を覚ます。
「とりあえず中へ入れましょう。手伝ってください」
墓守の言葉にアイリスは頷く。
アイリスと墓守はロイたちを館の中へと入れた。
「一体何があったのですか?」
墓守は温かいお茶をロイに渡した。
「ああ、外の掃除でもしようかと思ったら急に後ろから襲われてね。顔を見ようとしたんだが、その前に意識がなくなってしまった。全く、情けないな…」
ロイはうつむきつつお茶の入ったコップを握り締めた。
「何の手掛かりも無しね…」
アイリスは真剣な表情であごに手を当てる。
「しかしすっかり法衣が汚れてしまいましたね。今すぐに他の墓守に替わりをもってこさせましょうか?」
墓守の言葉にアイリスの肩が浮く。
「い、いえその必要はありませんよ。一つ考えたのですが、私たちをこのまま旅立たせてはくれませんか?私たちとしては墓守の皆さんに被害が及ばないように一刻も早くここから離れたいのです。どうか、このまま私たちを送り出してください」
アイリスは少し裏返った声をして早口でそう言った。
墓守は少し違和感を覚えたが気にしないことにした。

「本当に大丈夫ですか?」
墓守たちが心配そうにアイリスたちを送る。
「ええ。幸い傷も小さいようですし大丈夫です。ね?」
アイリスの呼びかけに答えるように仲間たちがうなずく。
「それならよいのですが…」
墓守はまだ心配そうにしている。
「それにあまり墓守の皆さんに迷惑をかけてはいられないので」
アイリスは墓守に優しい笑顔を向けた。
その笑顔を見た墓守は何も言わずに一回頷いた。
「分かりました。あなた方の旅路に神の祝福がありますように」
墓守はアイリスに加護の言葉を授けた。
「それじゃあ皆さんお元気で」
アイリスたちは墓守たちに手を振って歩きだした。

しばらく歩いて墓守たちの姿が完全に見えなくなるとアイリスは安堵の息を漏らす。
「何とかなったのかしら?」
「意外とやってみるもんだな」
ロイは赤い液体の付いた顔で元気にしゃべりだす。
「まさか本当にただの木の実の汁だけで騙せるとは…。墓守たちの心配そうな声を聞いていると少し罪悪感が残るが、まぁ背に腹は代えられまい。しかし…」
ネジ子は複雑な顔をしている。
「まぁいいじゃないか、こうして再び旅ができるのだから」
クラークが能天気な声でネジ子に言った。
「クラークさんの言う通りですよ。旅を再開できたことを喜びましょう」
アルヴァがそう言うとアルヴィンが大きくうなずいた。
「あまり深く考えないほうがいいわ。私まで頭が痛くなってくる」
レイチェルがネジ子に言うとネジ子はため息交じりに
「分かったよ。もう深く考えないことにする」
と言った。
「さてと、ノーツアクトの旅も改めてここから始めるとしましょうか」
アイリスは口角を上げて手を前に出す。
ロイはその意味をすぐに理解してその上に手を重ねた。
クラークもそれに乗じる。
アルヴァとアルヴィンは首をかしげたが意味を理解したらしく手を上にのっけた。
ネジ子はアルヴァに手を引かれ一番上に手を置く。
「よし、それじゃあこれからも楽しく愉快に旅を続けていきましょうか!」
アイリスの掛け声とともに仲間たちは天高く手を掲げた。
こうして個性豊かで心強い仲間を手に入れたアイリスはノーツアクトの旅団長として旅を続けていくのであった。
ただ、彼女たちの進んだ道は困難ばかりの茨道。
この先彼女たちの身に様々な試練が降りかかるのだが、そのことを彼女たちはまだ知る由もなかった。
                    第一章 完

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