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ⅩⅩⅩ

「お疲れ、アイリス」
レイチェルがアイリスに汗を拭くための布を渡す。
アイリスは布を受け取り顔を拭く。
「しかしほんとに素質があるわね。もしかしたら私を超えるかも」
レイチェルの言葉にアイリスが謙遜する。
「そんなことないですよ。レイチェルさんのおかげです」
その二人にクラークが声をかけた。
「二人とも、こっちに来てくれるかな」
二人が首をかしげてそっちのほうへ行った。
そこには真剣な表情をしたロイが立っていた。
「レイチェル。少し話があるんだ」
その眼を見てレイチェルが気を張る。
「僕たちは今旅をしている。君が見ることができなかった町にもいくつもりだ。だから、君も来ないか?」
レイチェルは目を点にしている。
その後すぐに困惑した表情になった。
「え?でも、私死んでるんだよ?行きたくてもいけないわ」
「誰が行けないと決めたんだ?」
「でも、死の谷から出たなんて話、聞いたことないわ」
二人は半ば喧嘩のような口調で話し合う。
やがて死の谷に靄に遮られた光がさす。
朝が来たのだ。
「私ここにきてから朝が苦手になったのよねぇ…」
レイチェルは目を細めて太陽を見る。
「私はちょっと休むことにするわ。また夜になったら会いましょう」
そう言って彼女は姿を消した。
アイリスたちは辺りを見渡す。
夜の不気味さはみじんもなく、静かで落ち着いた雰囲気を纏っていた。
「夜までここを見て回りましょうよ」
アイリスは自分の好奇心に従うことにした。

死の谷は案の定葉がついた木は一本も生えていなかった。
どことなく異様な雰囲気。
中でもあの像の近くは枯れ木すら生えていなかった。
アイリスは像をまじまじと観察する。
苦悶の表情を浮かべた人の像。
見ているだけで心が痛んだ。
「禁書か…」
ロイがアイリスの隣で考え込む。
「禁書って何ですか?」
アルヴァが首をかしげた。
「禁書っていうのは、読むことが禁止されている魔導書の事よ。禁書は持っているだけで罪になるの。だから魔法院は禁書の回収、保管をしているのよ」
アイリスは自分が知っている知識をできるだけわかりやすく伝えた。
アルヴァは真剣に聞き入る。
やがて一つの疑問を口にした。
「でも禁書っていうくらいだから本じゃないんですか?これ、ただの不気味な彫像ですよね」
アルヴァの疑問に答えられるほどアイリスは賢くなかった。
アイリスはうなだれてしまう。
「ものによっては本の形をしていない禁書も存在する。だが、こんなものは初めて見たな」
ロイはアイリスに代わってアルヴァの疑問に答えた。
ロイは試しに像に触ってみることにした。
ゆっくりと像に触れる。
「…っ!」
触れた瞬間におぞましい光景が脳裏に広がる。
目を閉じてもその光景が見えなくなることはなかった。
ロイが像から手を離した時には脂汗を顔中にかいていた。
「大丈夫?」
アイリスが心配そうにロイの顔を見る。
「ああ、大丈夫だ」
ロイは何とか平静を保った。
しかしその足はふらついていた。
(確かに禁書と言うだけあるな。触れただけで相当精神力を持っていかれる)
ロイは汗を拭きながら考えた。
「何とかしてあげたいけれど…」
アイリスはじっと像を見つめた。
何も言わないはずの像が何だか助けを求めているように見えた。

夜になって死の谷から光が消える。
墓の前にレイチェルが立っていた。
「それでロイ、まだ私を連れて行こうとしているの?」
レイチェルはロイに呆れるような目を向ける。
「ああ、もちろんだ。君に世界を見せてあげたい」
ロイは恥ずかしげもなくそう言った。
「でもここから出ようとすれば墓守たちにばれてしまうわ。そこはどうするつもりなの?」
レイチェルがそういうとロイは言葉を詰まらせる。
「まさか、考えてなかったの?」
レイチェルの質問に申し訳なさそうにうなずいた。
はぁ、とため息をつく。
その時ネジ子が一つの提案を持ち掛けた。
「私の体に入るというのはどうだろうか」
突拍子もない意見に全員がネジ子のほうを見る。
「私は機械の身体だ。もとより魂は入っていない。まぁ、魔法を使えるかと言われたら試してみないと分からないが」
ネジ子の意見は意外としっかりしていた。
しかし、大丈夫だという保証はどこにもない。
レイチェルはグレムリンではない。ただの死者の魂なのだ。
「試してみましょう」
レイチェルは決断を下した。

「それじゃあ、行くよ?」
レイチェルの合図にネジ子がうなずく。
皆に見守られる中レイチェルの魂がネジ子の中へ入っていく。
ネジ子はうつむいたまま動かない。
「どう…なった?」
ロイが恐る恐る近づく。
すると突然ネジ子は顔を上げた。
そして両手を握ったり開いたりする。
「うん、成功ね」
声はネジ子の物だったが、口調はレイチェルだった。
「入ることには成功した。次だ」
ロイの合図でネジ子は手を前に向ける。
「第三級“フレイムボール”」
するとネジ子の手の前に大きな火球が出てきた。
「魔法も使えるみたいね。じゃあ、最終段階」
ネジ子が目を閉じて手を地面につける。
「拒絶しろ“リジェクション”」
すると光がネジ子の体を包んだ。
それを確認したロイがネジ子に向かって魔法を唱える。
しかし、その魔法はネジ子の体に当たった瞬間消え去った。
「ノーツも使えるみたいね。実験は大成功よ」
レイチェルがネジ子から出て来ながらそう言った。
「ずっと入っていればいいのに」
ロイがそういうとレイチェルは黙ってネジ子のほうを指す。
ネジ子は今まで見たことない息切れをしていた。
「たとえ機械だとしても魂をずっと留めておくには相当消耗するみたいね。あれ以上やったら可哀想だわ」
レイチェルはそう言った後しばらく考え込む。
そして決心したようにロイのほうを見た。
「決めたわ。私に世界を見せてくれるんでしょう?これからよろしくね」
また一人、ノーツアクトに個性の強い団員が加入したのだった。

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